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第155話、逃げる者、追う者


 アーチス武具店は、封鎖されていた。

 正面の入り口、そして裏口にもバリケードが設けられていて、扉の前には侵入者防止用のスパイク板が置かれていた。


「だが無人、と」


 クワンは、人の気配がないのを感じ取る。

 王都の守備隊か、はたまた神殿騎士団か。朝にここにきて現場検証をしたのは、封鎖を見れば間違いない。だがこれといってめぼしい情報もなく、早々に立ち去ったようだった。


「封鎖は破られた様子もなし……」


 一見しただけでは、彼らが立ち去った後、誰も入っていないように見受けられる。

 クワンは二階を見上げる。開けられた窓。この手の封鎖でこれはおかしい。後で再度、検証が必要になった際、現場が荒らされないよう、侵入者やあるいは動物などが入ってこれないようにしておくものだ。


「閉め忘れ……というか、そもそもあたしらが入った時も開いてなかったよな」


 開いてない窓を、現場検証で開ける、そして閉め忘れるというのは、よほどの間抜けだ。普通は不必要に開けたりしない。

 と、なると何故開いているのか? 誰かが開けたのだ。現場検証の後。


「クワンさん」


 裏口が開いて、エキナが顔を覗かせた。いきなりだったからビックリしたものの、敵ではなくてよかったとクワンは安堵する。


「やっぱりここにいたか……」

「どうぞ中へ」


 裏口に置かれたスパイク板が消えた。クワンは周囲に人がいない確かめつつ、室内に入る。


「何で罠が消えた?」

「わたしが出したからですよ」


 しれっと、エキナが答えた。彼女の能力の一つ、処刑技による武器複製。あのスパイク板は処刑にも使えるものということらしい。

 室内には、アリステリアがいて、クワンはさらに安堵した。


「聖女様も無事だったか。宿に戻ったら、神殿騎士団が見張っていて、どうなったか心配だったんだ」

「ラトゥンが連れ出してくれましたから」


 アリステリアが説明する。クワンは頷いた。


「そいつはよかった。……その旦那の姿が見えないが、どこだ?」

「今、ハンターギルドに行ってますよ」

「ハンターギルド? 何をしに?」


 手配書が張り出されているところに、そのまま向かうなんて捕まりにいくようなものだ。


「というか、エキナも旦那も手配されているの、知っているよな?」

「ええ、でなければ、こんなところに隠れていませんよ」


 エキナは肩をすくめた。


「ラトゥンがギルドへ行ったのは、ギプスさんの安否の確認です」

「なるほど。手配されているのを知ったら、そうなるか」


 ギルドへ情報収集に行ったギプスが心配になるのは当然の流れである。


「じゃあ行き違いになっちまったな」


 クワンは言う。


「ギプスの旦那は、あたしが拾った。ギルドで目をつけられて、追いかけられていたからな」

「ギプスさんは無事ですか?」

「地下道に隠した。まず大丈夫だと思う」

「地下道……?」

「この王都の地下にある古い地下通路さ。基本封鎖されて使われていないことになっているが……。まあ、裏の界隈じゃ、細々と使われているんだ」


 クワンが、王都の裏事情を語る。この地下通路は王都を網の目のように走っていて、王都の最貧層や犯罪組織が部分部分を利用していたりする。ラー・ユガーであるクワンは、盗賊時代に、王都のそうした裏界隈を知っていた。


「表は手配書が出回っているから、当面、地下を拠点にするのがいいと思う」

「そうですね」


 エキナ、そしてアリステリアは同意した。


「後はラトゥンの旦那が来たら、案内するんだが……」


 先に二人を誘導している間に、ラトゥンが武具店に来て、入れ違いになると、今度こそ行方を把握するのが困難になる。


「で、後どれくらいで旦那は帰ってくるんだ?」

「ギルドで登録して、ギプスさんの手配書が残っているか確認するだけですから……。もう戻ってきてもおかしくないのですが」


 エキナが心持ち眉をひそめた。


「少し遅いかも。……何かあったのでしょうか?」



  ・  ・  ・



 聖教会神殿騎士団、青の団が王都トレランティアに到着した。

 神殿騎士団王都守備隊のカルコスは、青の団長シデロスを出迎える。


「よう。久しぶりの王都はどうだ、シデロス卿」

「貴様が迎えに来るとは思わなかった」


 皮肉げに返すシデロスである。


「暴食を追い続けていたら、結局戻ってきてしまったな」

「つまりは、お目当ての暴食が、この王都に来ているってことだ」


 カルコスは、例の手配書を手渡す。


「どうだ、見覚えはあるか?」

「このドワーフと娘はな。……あの処刑人だったのか?」

「吃驚だろう? 常に仮面をしていたからなぁ。まさかここまで整った顔立ちだったとはな」


 カルコスは、残った二枚を見せつける。シデロスは眉をひそめた。


「どちらが、暴食だ?」

「こっち。独立傭兵で、ラトゥンと名乗っているらしい」

「ラトゥン。……そうか」

「何だ?」

「暴食になった男の名前だ。確か、ラト……だったような」

「ほーん……、案外似た名前を使っていたのだな」


 カルコスが他人事のように言えば、シデロスは王都中央広場から見渡した。


「やはり、あの時に遭遇した蒸気自動車の一行が、暴食とその仲間だったか」

「近づいていたのにな、見事に取り逃がしてしまったわけだ」


 意地の悪い顔になるカルコス。シデロスは淡々と返した。


「遭遇していないのであれば反論もするが、実際、あと一歩まで近づいていたのだからな。言い訳はできんな」

「殊勝な心掛けだ。お前らも、引き続き、暴食一行の追跡をするんだろう?」

「別命なくば、任務は継続だろう。貴様の領分に入ることになるが」

「構わないさ。というか、人手が足らん」

「というと?」


 シデロスは尋ねる。カルコスは自身の腰に手を置いた。


「手配書が出て、半日だ。だが連中もいち早くそれを察知したようでな。隠れられてしまったようだ」

「なるほど。一から捜索となれば、人手はいくらあっても足りないか」


 シデロスは首肯した。


「どういう経緯でわかったのかは知らないが、ここで捕まえることができれば、せめてもの慰めとなるか」

「このまま手ぶらでは、時間と金の浪費で終わるからな。大司教猊下へ面目が立たないだろう」

「わかっている。暴食は、必ず捕まえる」


 必ずだ。

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