目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第154話、聖教会の暗躍


「お帰りなさいませ、大司教猊下」


 老司教、ガハバトは、王城から馬車で戻ってきたヒュイオス大司教を出迎えた。武装神官のみならず、神殿騎士が警護についているそれは、厳重そのものであった。


 無理もない。この王都に、かの暴食が潜入しているという情報がある。聖教会に恨みを持つ暴食が、いつ仕掛けてくるかわからず、聖教会は厳戒態勢をとっている。

 大聖堂へ入るヒュイオスは、顔色ひとつ変えず言った。


「暴食に動きはあったか?」

「いいえ、今のところは何も」


 神殿騎士団も動員し、暴食とその仲間たちの手配書を王都に配布している。目撃情報があれば、すぐに伝わるようできている。


「仲間については、目撃報告があり、尾行、もしくは捕獲に動いたのですが、見失ったというのが現状でありますな」

「暴食はともかく、人間の仲間すら捕まえられないのか」


 ヒュイオスの声は普段から重々しい。あまり感情を見せないのだが、それでも僅かに苛立ちが混じっているのを、付き合いの長いガハバトは気づくのである。


「まあよい。捜索はかかっているのであろう?」

「もちろんです、猊下」


 二人は、大聖堂の奥の別棟へ進む。神官たちが頭を下げるが、まるで壁の飾りとばかりに関心を示さない大司教と司教であった。

 会議室に到着すると、他の幹部はすでに揃っていた。ガハバトは口を開く。


「では大司教猊下……」

「うむ」


 王城にヒュイオスが行った、その報告を皆が拝聴する。


「王の病はますます進行しておる。もう二週間ともたないだろう。……国が荒れるぞ」


 その言葉に、ほとんどの幹部がニヤリとした。ここにいるのは悪魔ばかり。人間の王が死ぬこと、そしてその後に起こる騒動に、如何ほどの同情もない。

 むしろ、混沌を待っていた。


「第一王子と第二王子、どちらが次の王となるか……」


 ガハバトは、ヒュイオスを見た。


「あの王は、何か言っておりましたかな?」

「王としては、不出来の長男よりも、優秀な次男を王にしたい――その考えに変わりはないようだ」

「それは……」


 司教たちは小さく笑った。


「荒れますな。間違いなく」

「その不出来の王子は、自分こそ王にふさわしいと豪語しておりますから……」

「あれは人族にあって、尊大さと勘違いでできているゴミですからな。……よくもまあ、あの王からあのような馬鹿が生まれたものです」


 司教らは、第一王子に対して嘲りの言葉を吐いた。本人がいれば怒髪天を衝く光景が見られただろうが、あいにくとこの場に王子はいない。


 悪魔でさえ、聖書が読み、その文言を口にできるのに、あのボンクラ王子は、祈りの言葉さえ記憶できず、成人してなおスラスラ言えたことがない。


「まあ、そのように歪められましたからな。あまり言ってやりなさるな」


 とある司教はそう肩をすくめた。王子の教育係の一人は、聖教会から派遣された聖職者である。当然、その中身は悪魔なので、ろくな人間にならないよう仕込みはしてあった。幼き頃よりそうだったのだがら、歪で矮小な人間に育つのも無理もなかった。


「第一王子と第二王子は、争うだろう」


 ヒュイオスは告げた。


「欲に塗れた者たちが第一王子につき、国を思う者は第二王子につく。我々は両方を支援するが――」


 どちらが倒れても生き残れるように、であるが。


「どちらを優先するかと言われれば、当然、第一王子である」

「馬鹿が王であれば、国は乱れますからな」


 ガハバトはしたり顔である。


「暗君の時代こそ、人は救いを求める。我ら聖教会に」


 悪魔は狡猾である。実力行使に出れば、国一つ獲ることはできなくはない。だが悪魔の国となれば、周辺国も黙ってはいない。


 だから表には出ない。人間たちの裏で暗躍し、影の支配者ポジションにいる。そうすれば、国の乱れ、それに対する怒りは、人間の指導者に向き、悪魔たちは素知らぬ顔のまま、こっそり裏で支配できるのである。


 聖教会には枢機卿がいるが、それも表向きの盾であり、実質、大司教のヒュイオスが聖教会を牛耳っていた。


「さて、人間どもの話はこれくらいにして、各部門の報告を聞こう」


 ヒュイオスが指示すれば、ひとりずつそれぞれの担当においての近況報告を行う。


「――自動人形兵の新生産工房は、来月に完成となります。第一陣の魂は、工房製造に携わった労働者たちを使います」


 先日、暴食がランサの町の自動人形兵の地下工房を破壊した結果、聖教会では自動人形兵の補充ができずにいた。現存するものの整備や補修は可能であるが、新規補充ができないのは問題だった。


 特に今後の王国の情勢悪化を考えれば、自動人形兵の動員機会も増えると予想されている。


「王子同士の武力衝突の方が早いやもしれぬ。工房の完成を急がせるのだ」


 大司教はそう告げた。


「モンスター製造部門」

「はっ、現在、新型のフレッシュゴーレムの開発を急いでおります」


 担当部門の司教が答えた。


「従来の二倍の大きさを予定しておりますが、使われる新鮮な肉の調達については、問題なく」

「あまり襲撃などしてくれるなよ」


 別の司教が口を挟んだ。


「人間を殺しすぎては、収支に影響する。大事な金づるである」

「飢饉が発生して、税を納められなくなった村を処理する予定だ。心配なく」

「……その飢饉、仕込んだないだろうな?」

「まさか。だが二年連続だからな。さすがに去年と違って、もう出せるものもないだろう。どうせ飢餓で死ぬなら、使ってやろうというのだ」


 司教たちが話すのを、ヒュイオスは黙って聞いていた。

 人から搾取し、利用し、使えないとあれば実験や材料とする。聖教会の名とかけ離れた非道っぷりは、さすが悪魔の巣窟である。


 着々と、国内の乱れに備える聖教会であるが、ヒュイオスは、やはり暴食の存在が気になっていた。


 あの悪魔の力があれば、この世界にさらなる混沌を呼び寄せられる。今のままでも悪魔は強いが、より強大な力を得られれば、裏から人類を支配するという手を使わずとも、堂々と表から支配できるのではないか。


 ――そのためにも、暴食の力を手中に収めなくてはならぬ。


 ヒュイオスは、会議をよそに、窓から王都の風景を見つめるのであった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?