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第166話、奇跡の石、入手


 奇跡の石が、どういう形をしているのか。見たことがないものだけに、それを識別できるのか、ラトゥンは不安になった。


 大聖堂の地下保管庫。聖教会が貯めこんだ宝に満たされたその室内。金塊以外の品、宝玉やアクセサリーなどを眺めるが、どれも違うという確信があった。


 広い保管庫の奥へと足を向ける。魔法武器などを流し見て、ふと異様に強い魔力を感じて、そちらに目を向けた。


 黄金と魔法金属で作られた小箱があった。周りには、近づくと電撃を放つ防犯魔道具が設置されている。

 いかにも厳重。この保管庫にあって、さらに触れられたくないほどの重要なものなのだろう。


「他に同じような仕掛けはなし。……とすると、こいつか」


 奇跡の石を保管しているものの可能性が高い。


「不用意に近づくと、電撃を浴びせて感電――」


 最悪、そのまま電流に殺されるかもしれない。ならば、その範囲外から手出しをすればよい。

 左手を伸ばし、魔力の腕を伸ばす。実際の手ではないが、これには反応するか?


 防犯魔道具から、電撃は放たれなかった。機能しないなら、存在する価値もない。ラトゥンは魔力の腕を伸ばしたまま、小箱を掴もうとして、バチリと弾かれた。


「! おやおや、もう一つ対策していたか」


 どうやら結界の魔法が、小箱の周りにかけられていたようだ。電撃罠で直接触れるのも困難なのに、さらに小箱に触らせない仕掛け。どれだけ盗られたくないか、わかるというものである。


 ラトゥンは、魔力の腕の代わりに暴食の腕を伸ばした。今度は電撃トラップが発動したが、それを暴食は飲み込んだ。グラトニーハンド――触れたものを喰らい、取り込む。

 電撃を腕が吸収しながら、結界に触れる。


 ――喰らえ!


 暴食が結界の魔法を喰らい、穴を開け、結界そのものを吸収し尽くす。小箱に触れ、しかしそれを腕が飲み込まないように意識しながら、それを手元に引き寄せた。

 右手でキャッチ。暴食の腕は元に戻す。

 その時、保管庫に耳障りな警報が鳴り響いた。


 潜入が気づかれた? あるいは箱を動かすことで、警報が鳴るよう仕組まれていたかもしれない。トラップの専門家ではないので推測だが。


「鳴ってしまったものは仕方がない」


 保管庫から出るよう移動しつつ、小箱を開けようとするが、鍵がいるようで開かなかった。暴食の腕に再び左腕を変え、その指先で鍵穴を侵食。その周りを喰らうことで、無理やり鍵を破壊。箱を開けた。


「これが……?」


 中には、乳白色の石が一つ収められていた。宝石のように綺麗に加工されたものではない。しかし莫大な魔力を秘めていて、ほのかに光っていた。


 箱から石を取り出して、留め具付きポケットに滑り込ませる。用のなくなった小箱は投げ捨てる。


「エキナ!」

「ラトゥン、敵です!」


 保管庫の外にいた彼女は、すでに自動人形兵と戦闘になっていた。警報が鳴ったら、動くようになっていたのかもしれない。

 左腕から暗黒剣を取り出し、エキナに加勢する。


「物は手に入れた! 脱出するぞ!」


 向かってきた自動人形兵の槍を躱すと、一閃。人形兵が真っ二つになった時、これも人間の魂が封じられているということが脳裏を過り、苦い気分になった。


 だがここは戦場。躊躇いは自分や仲間を殺すことになる。人を斬る時も同じだ。その人間の半生はわからない。いい人間だったかもしれない。それでも敵が殺しにきているのだから、躊躇ってはいけないのだ。


 さらに警報が流れた時点で、警備がすっ飛んでくるだろうし、宿舎で休んでいる武装神官や神殿騎士らも動き出すだろう。

 そうなると――


 ズウンと震動が、地下を揺さぶられた。


「ギプスがやった!」


 魔石爆弾を爆発させたようだ。それはつまり、あの警報は地上でも鳴り響いたということだ。それで敵がわんさかやってくるということでもある。

 だから、ギプスは打ち合わせ通りに爆破し、増援を断ったのだ。


 どれくらいの敵がここまで下りてくるかはわからない。しかし時間が経つほど、大聖堂以外にいた敵が集まってくる。奇跡の石を手に入れたから、長居は無用だ。


 カタカタとやってくる自動人形兵。所詮は雑魚だが、数が多ければそれなりに足止めになる。


「面倒だ……!」


 積まれた木箱を思い切り蹴飛ばして、倒れてきたそれらに人形兵らが巻き込まれた。あるものは荷物の重み耐えきれず潰れ、あるものは衝撃で倒された。

 エキナもまた処刑人の剣で、自動人形兵の首や足をへし折り、退路を開く。


「ラトゥン!」

「よし、行くぞ!」


 彼女が道を開いた。エキナに促しつつ、ラトゥンもその後に続く。保管庫前の部屋から通路へ駆け込もうとした時。


「ラトゥン!」


 後ろからドリトルの声が聞こえた。突然のそれに、足が止まる。振り返れば、別の通路からドリトルが現れたところだった。本当に迷子になっていて、ようやくお出ましか。


「こりゃいったいどうなってんだ!? 何でお前がいる?」

「それはこっちのセリフなんだよ! お前たちが戻ってこないから様子を見に来たんだ!」


 ラトゥンが叫び返す。ドリトルは保管庫の扉の前まできて、そこに大穴が開いているのを見やり、そしてラトゥンを見た。


「こいつを開けたのはお前か、ラトゥン!」

「きちんと、目的のものは手に入れたぞ!」


 ラトゥンはポケットの上からそれを叩いた。


「敵の増援が出てくる前に逃げるぞ!」

「手に入れたのか!? 確かか!?」


 ドリトルは駆けてくる。ラトゥンは首を振る。


「嘘をついてどうするんだ。……他の連中はどうした?」


 一人なのか、と追いついてきたドリトルに声をかける。


「ああ、皆やられちまったよ! ――こんなふうにな」


 キラリとドリトルの目が光り、ラトゥンの胸にダガーが突き刺さった。


 なっ――ラトゥンは絶句する。心臓を狙った一突き。暴食の体には致命傷ではないが、瞬時に体を電撃のようなものが走り、動かなくなった。


 ――麻痺した……?


 驚くラトゥンのそばで、ドリトルは笑みを深める。


「悪いなぁ、ラトゥン。――こいつは、もらっていくぜ」


 ポケットの留め具を外し、中を探ったドリトルは、奇跡の石を取り出す。体が動かない中、ラトゥンは愕然とする。


「何故……? お前は聖教会の……」

「いやあ、残念。オレは悪魔ではあるが、聖教会じゃあないんだ」


 したり顔のドリトルのすぐ後ろ、影からすっと人の形をしたものが生えてきた。その姿に、ラトゥンは衝撃を受けた。


「お前は……っ!」

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