町長の屋敷と敷地内にいるのは、おおよそ130人程度。子供や老人など非戦闘員を含めてその数であり、これとは別に冒険者が12人。守備隊生き残りが8人。ほか避難した住民の中で、防戦に協力した大人はそこそこいた。
町中からゴブリンの角笛が聞こえる。町に広がっていた仲間を集めているのだろうか。
ダイ様のダークバードの偵察によると、町中でゴブリンが他に密集している――つまり人間が抵抗している場所はないそうだ。
町長の屋敷以外で集まっていたなら全滅。後は家屋などに息を潜めている者がかろうじて生き残っているかもしれない、というくらいか。
そしてルカたち後続隊が到着した。ニニヤとイラが、ディーを手伝い怪我人の治療に加わった。
ベスティアに警備を任せて、俺は残りメンバーと、町にいた冒険者らと状況確認をする。
「王都からの救援がどれくらいで到着するかわからない。だが俺たちで、できるだけ町に入り込んだ敵を掃討する」
町の建物に侵入し、破壊や物色をしているホブゴブリンどもがいる。ジョー――町で戦っていた冒険者の青年が口を開いた。
「だが、町にはトロルがいるぜ」
他の冒険者も頷く。ちなみにその顔ぶれは、戦士系7人、魔術師系2人。他に僧侶系が2人いるが、避難民や負傷兵の手当てでここにはいない。
「だいたいの奴らは石化してるが、陰に潜んでいるのがいるかもしれないし、日が沈んだら、石化している奴らも動き出す」
「よろしくないお知らせだが――」
ダイ様が頭をかしげた。
「町中のゴブリンどもが、この屋敷周りに集まってきておる。掃討以前に、そやつらを倒せねば進めんぞ」
「向こうからやってくるなら、面倒がなくていい!」
シィラが自身の手のひらに拳を打ち付けた。アウラが顎に指を当て考える。
「でも、この屋敷は町のほぼ中心だから守るには不利よね」
全周から攻められたら、俺たちも迎撃要員を全周に配置する必要がある。どこか一方向だけなら、こちらも守りを固められるのだが。
「分散配置はやむを得ないんじゃないか?」
シィラは腕を組んだ。
「そもそも、頭数が足りないんだから」
「射線が取れるならガガンで遠くから撃てるんですけどねぇ……」
マルモがポンとガトリングガンを叩いた。
「でも建物があるところは。……もう壊れかけてはいますけど、さすがにさらに壊したらマズイですよね?」
「それができるなら、俺も46シーを使ってるって」
市街地で46シーなど使えない。これが無人の廃墟というなら話は別だが、隠れて
いる住民がいる可能性がある場所ではよろしくない。
というわけで、リベルタと冒険者グループは、それぞれ屋敷の周りを固めて、向かってくるホブゴブリンを迎え撃つという方針を決めた。
ルカ、マルモ、イラには屋敷の屋根に上がってもらい、広い射角を確保。上から敵に矢弾を浴びせてもらう。
後は向かってくる敵を迎え撃つ。状況に応じて臨機応変に対応、と作戦と呼んでいいのか怪しい策で立ち向かう。
だが、ただ待つだけというのも面白くない。
打ち合わせが終わり、それぞれが配置に就く中、俺は言った。
「ベスティア、そしてゴム。お前たちは町の中を捜索して、ホブゴブリンとトロルを見つけ次第片っ端から始末してくれ」
人間ではないものを突出させて、その能力で暴れまわってもらう。こいつらは、取り囲まれても殺される、破壊されることはまずないだろうと思う。
「もちろん、ヤバいと思ったら引き返して合流しろ。あと判断に迷う事態が起きたら、その時も戦闘を切り上げて戻ってこい」
『承知しました、我が主』
『しょうちー』
ベスティアが早速、町へと消えると、ゴムと分裂してそこそこ育っている分裂体がゾロゾロと屋敷の敷地外へと飛び出していく。
ディーが、黒スライムたちの後ろ姿を見やる。
「いいんですか?」
「守りについてもらおうかとも思ったけど、敵との交戦中に間違って攻撃されても困るしさ」
冒険者たちが、疲労でぼやけた思考の中、スライムを反射的に攻撃とか、嫌すぎるからな。
「ベスティアは問題ないだろうし、ゴムも数が増えているから、割と敵を削ってくれると思う」
そうすれば防戦する俺たちも少し楽になるんじゃないかな? ただでさえ、人数的に厳しいんだからさ。
町中でゴブリンらしい悲鳴が連続した。どうやらベスティアが狩りを開始したようだ。こんなに早くということは、つまり敵がすぐそばまで迫ってきてということだ。
「俺たちも守りに就くぞ。住民を守れ!」
ほどなくして、町の至るところから屋敷を目指していたホブゴブリンが姿を現した。
屋敷の屋根に陣取る、リベルタの射撃組がまずは遠距離攻撃を開始。マルモのガガンが道に沿ってを進むホブゴブリンに魔弾の雨を降らせ、イラが擲弾筒を敵集団に叩き込む。ルカは弓で突っ込んでくる敵先頭のホブゴブリンを狙撃した。
わらわらと向かってくるゴブリン軍団。まるで虫が湧いて出てくるみたいだ。
「ようこそ、ゴブリンども。ここから先は通さないぜ!」
俺は超装甲盾と魔剣を手に、ホブゴブリンを迎撃した。一撃で両断、または盾の染みになっていく魔物ども。
不利は承知だが根比べだ。頭でわかっている。圧倒的な数の差がある場で根比べなんて、劣勢のほうが不利なことくらいはさ。
だが近隣住宅の塀を超えて、四方八方から敵がやってくるこの状況だと、他に手がないんだよな。
アウラ、ニニヤの魔法がさらに敵を削り、肉薄してきた連中を俺とシィラ、冒険者たちで阻止する。やっぱ数がギリギリだ。射撃組と魔法組が減らしてくれてなければ、たぶん押し切られていた。
邪甲獣殺しの俺も、市街での物量にはさすがに如何ともしがたいな。いや、俺自身は一発でホブゴブリンも倒せるから、体力も全然余裕があるけど、他の冒険者たちの消耗がやばい。
一撃で倒せないから、その分疲れてしまうわけだ。しかもホブゴブリンは、雑魚ゴブリンと違って戦士だから、むしろこの人数でよく凌いでいるとさえ言える。下級冒険者なら、この集団戦でやられていたかもしれない。
「マルクがやられた! くそっ!」
「ディー! 手当てを頼む!」
ああくそ、やはりこうなった。したくはなかったが、予想はしていた。
「ヴィゴさーん!」
屋敷屋根のルカが上から叫んだ。空がたいぶ暗くなってきた。
「西側の敵、ほぼ沈黙しました! ベスティアが北、ゴムちゃんとお仲間たちが南側へ回り込んでいます!」
おおっ、あいつら、敵の数を減らしているようだ。しかし、西側の敵って本当にいないの? そんな早く掃討できちゃったのか?
……この時、俺は知らなかった。ゴムの分裂体の数がえげつないことになっていることに。
南側に侵食している一方、西側の敵の掃討も継続して行われていた。ホブゴブリンと石化トロルを取り込み、消化しまくって分裂を繰り返して、ゴムは数十体に増殖していたのだ。