ノルドチッタに夜が訪れる。太陽の光を嫌い、石化していたトロルたちの姿が元に戻る。
それらは、ホブゴブリン同様、領主の屋敷へと攻め込んできた。
3メートルほどの毛むくじゃらの化け物は、目の前の障害物を破壊しながら前進する。持っている石のハンマーで民家を砕きながら迫る姿はノルドチッタの住民を震えさせる。
こいつが厄介なのは、図体とパワーだけではない。瀕死の傷でも再生する自己回復能力だ。
「ダメです、ヴィゴさん! ガガンがまるで効きません!」
マルモが報告した。圧倒的連射力で、ホブゴブリン集団を蜂の巣にしてきたガガンを以てしても、1体の足を止めるのがせいぜいであり、しかも中々仕留めきれない。
「マルモはホブゴブリンを頼む! トロルは俺が引き受ける!」
いかに再生力が高かろうがなぁ……!
「その場で即死させればおしまいだ!」
魔剣でトロルの首をぶっ飛ばす。さすがにアンデッドではないので、胴と頭を切り離せば倒せる。
首から上を失い、突っ伏すトロル。だが次のトロルが岩壁を破壊して派手にご登場。飛んできた岩を超装甲盾でガード。この重量装甲は城壁の如し、巨岩の直撃でも吹っ飛ばされることはない。
トロルが吼えながら突っ込んでくる。その動き、遅えよ! 繰り出された拳を回避……からのジャンピング、斬!
「次はどいつだ!?」
後ろで壁が崩れる音がした。
領主の屋敷を囲む石壁に1体のトロルが突っ込んだのだ。中から化け物の姿を見ただろう避難民らの悲鳴が上がる。
「ええーい!」
ルカが大剣を手に屋根から飛び降りた。そのまま頭上からトロルを縦に一刀両断にする。
仲間たちも頑張っている。
シィラもルカに負けじと魔法槍タルナードを、トロルの顔面に突き刺し、突風の追加発動で、その首を無理やり胴体から千切り飛ばす。
ディーは治癒術士ながら、冒険者たちの抜けた穴を埋めて孤軍奮闘。白狼族らしく、身軽に移動してトロルの背後に回り込むと、飛び上がってその後頭部を肥大化した右手で掴む。
次の瞬間、黒い塊がトロルの頭を包み込み、素早く消化。元の腕に戻ると、そこには頭なしのトロルの出来上がり。……あれって、ゴムの能力だよな? 黒スライム製の特殊手甲をディーは右腕に装着しているが、何か新技を編み出したらしい。
戦場は、少しずつ落ち着いてきたように感じる。先ほどまであっちこっち駆けずり回って防戦していたのが、今では少し様子を見れる余裕が出てきた。
「ゴブリン軍団も、打ち止めか……?」
『だいぶ、数が減っておるのは間違いないな』
ダイ様が言った。
『ベスティアとゴムどもが、町中のホブゴブリンとトロルを食い散らかしておる』
「そいつは結構。つまり、俺たちはここを守り切ったってことだろ?」
『そうだな。……ふむ、案外どうにかなってしまったのぅ』
いいことだ。俺たちは生き残ったわけだから。
「ヴィゴ……」
「ジョー! 大丈夫か?」
屋敷の防衛に加わっていた青年冒険者がやってくる。左腕に包帯を巻いているが――
「治癒魔法を――」
「いや、かすり傷さ。魔法は本当に必要な奴のためにとっておけ。それより、敵の圧力がなくなったけど、どんな様子かわかるかい?」
「もう残敵掃討レベルのようだ。ここを守り切ったぞ、俺たちは」
「そうかい。一時はどうなるかと思ったけど、あんたらリベルタのおかげで命拾いしたな。いやマジで、一騎当千の連中ばかりだな」
ジョーはホッと息をついた。
「とくにヴィゴ。一体だけでもやべぇトロルを何体ぶっ倒したんだ?」
「さあて、目につく奴を潰しただけで、数えてなかったな」
はっきり言えば、数えている余裕がないほど走り回った。
「いまはうちの黒スライムとゴーレムが、町中の敵を片付けて回っているから、俺たちはここを守っていればいい」
「朝までに敵が全滅してくれればいいんだがなぁ」
「まったくだな」
残っていた冒険者と守備隊兵は半分に減っていた。さすがに犠牲者が出た。うちのメンバーは……。
シィラがかすり傷に、アウラの肩に矢が刺さって……!?
「大丈夫か、アウラ!」
「平気平気。ドリアードを殺すなら魔法の武器でも持って来いっていうのよ」
などとアウラは笑った。本当に痛みなどは感じていないようだ。
「そもそも、本体の木は、ダイ様の収納の中だからね」
「そうだった。だけど、矢が刺さったままってのは、心臓に悪いぜ」
「ごめんごめん」
そういうとアウラの肩から矢が落ちた。物に触れられるのだから実体はあるんだろうけど、不思議。
他のメンバーは怪我人はいなかった。マルモとイラは屋根の上にいて、ルカは終盤に下に降りたが、こちらも無事。
しかしニニヤは暗い顔だった。
「わたしは無事でしたけど、他の冒険者さんが前で庇ってくれたので……」
なお、その冒険者は治療中とのこと。それは気の毒にな。
ディーは右腕の手甲に触れる。
「これがなければ、ボクも怪我してました」
ゴブリンの放った矢が飛んできたらしい。ゴムの装甲手甲が貫通させなかったが、他の装備だったら危なかったかもしれない。
決して、楽観していい戦いではなかったということだな。口が避けても楽勝だったなんて言えないわ。
・ ・ ・
翌朝、返り血塗れのベスティアと、多数の分裂体を引き連れたゴムが戻ってきた。
「ご苦労さん、ベスティア。異常はないか?」
『問題ありません、我が主』
「お疲れさん。ゴムは……まあ、怪我はしないだろうけど、それにしても増えたな」
黒スライムが、えっと、何体いるのこれ?
ズラリと並んだスライム軍団。これ、全部合体したらどんだけ大きくなるんだろうな……。
というか、こんなに連れ歩くのって、ちょっと大変じゃね?