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第154話


「それでは、先生方。今回私が一番訊きたいことを訊いてもよろしいでしょうか?」

 そう前置きすると、勅使河原たちが一瞬息を呑んだのが雫には分かった。勅使河原が「神山さんとのことでしょうか……?」と訊き返していて、雫にはわざわざ質問をする手間が一つ省ける。

「はい。単刀直入にお訊きします。守口さんと神山さんはどういった関係だったのでしょうか? 守口さんは友達だと言っていましたが、お二人から見ていかがでしたか?」

「そうですね……。入学したての頃は二人が話しているところは、私も見たことがあります。何しろ同じサッカー部に所属していたので。仲が良いとまでは言わなくとも、会ったら普通に話す間柄でしたね」

「そうですか。では、守口さんがサッカー部を辞めた後はどうだったのでしょうか?」

「そうですね。これはあくまで僕から見た印象なのですが、守口さんがサッカー部を辞めてからは、接点がなくなったこともあって、二人は特には話していませんでした。神山さんも、他の友達と話すようになって。単なるクラスメイト以上の関係ではなかったように思えます」

「そうだったんですか。守口さんが言うところでは、神山さんにゲームのデータを消されたことが、今回の事案のきっかけの一つになったようですが、このことについてお二人はどうお考えですか?」

「すいません。恥ずかしながら今初めて聞きました。守口さんと神山さんがお互いの家に行くような間柄には、私からは見えなかったもので」

「僕もです。もちろん、それは僕たち教師のあずかり知らぬところではあるんですが、二人がお互いの家に行くほど仲が良い様子は、僕からは窺えませんでした」

「そうですか。お二人の話を総合すると、守口さんと神山さんは友人関係にはなかったということでよろしいですか?」

「決めつけることはできませんが」と言いながらも、勅使河原たちは二人揃って頷いていた。もちろん、教師が生徒たちの関係性を全て把握しているわけではない。

 それでも、改めて二人に頷かれると、雫は高い信憑性を感じてしまう。

 守口は本当のことを言っていないのではないか。

 できれば雫は疑いたくはなかったけれど、でも勅使河原たちと言っている内容が食い違っている以上、疑念を向けないわけにはいかなかった。



「それで、上辻さん。今日はどうしたんですか? 上辻さんの方から連絡してくるなんて、珍しいじゃないですか」

 勅使河原たちに話を聞いた翌日、雫は駅前のカラオケ店にいた。休日になるとよく訪れるこの場所に、この日の仕事が終わってからやってきたのは、日中に上辻からラインで「少し会って話せませんか?」と、連絡を受けたためだ。

 カフェやレストランではなく、二人だけになれるカラオケ店を選んだところに、雫の背筋は少し伸びる。上辻はテレビの電源も切っていて、単にカラオケをするために自分を呼んだわけではないことは、雫にも明白に思われた。

「山谷さん。実は、今日は山谷さんに見てほしいものがあるんです」

 真剣な表情をした上辻は、さっそく本題を切り出していた。他の客の歌声が少し漏れ伝わってくる室内で、雫は小さく息を呑む。

「見てほしいもの、ですか?」

「はい」上辻は頷いて、背負ってきたリュックサックを手に取っていた。そして、中から一枚のクリアファイルを取り出して、雫に渡す。

 雫が受け取るとそれは白く、外からは中に入っている書類が見えないようになっていた。

「上辻さん。これは……」

「山谷さん。中を確認してみてください」

 上辻に促され、雫はクリアファイルの中の書類を取り出す。それは数枚のプリントだった。一枚目には新聞の一面が掲載されている。それは長野県内で多くの購読者数を持っている有力な地方紙で、日付は二〇〇〇年と書かれていた。

 今からちょうど二五年前の新聞。だけれど、雫には上辻が自分にこれを見せてきた意図がまだ掴めなかった。

「あの、上辻さん、これは……」

「新聞の縮刷版のコピーです。今日は仕事が非番だったので、図書館に行って調べてきました」

「いや、それは分かりますけど……」

「山谷さん、その一面の一番目立つところにある記事には、なんと書かれていますか?」

 上辻に言われて、雫は再びプリントに目を落とす。一目見たときから目に入ってきたそれを、雫は改めて目で追う。

 そこには間違いなく「長野市で刺傷事件 一三歳少年が被害」と書かれていた。

「この刺傷事件がどうかしたんですか?」

「山谷さん、まずは記事を最後まで読んでもらえますか?」

 言われるがまま雫は記事に目を通す。

 長野市の民家で、一三歳の少年が刃物で刺された。警察は現場にいた別の一三歳の少年を容疑者として逮捕。被害者は病院に救急搬送され、医師の迅速な処置により一命を取りとめた。記事の内容はそう要約できた。被害者は亡くならなかったとはいえ、雫にとってはその様子を想像したくない悲惨な事件だ。

 でも、どうして上辻はこのタイミングで、二五年前の事件を伝えてきたのだろう。疑問を抱いたまま、雫は顔を上げる。

「山谷さん、驚かないで聞いてくださいね」

 そう前置きをしてきた上辻に、雫も小さく頷く。それでも、次に上辻が口にした言葉は、雫の想定を遥かに超えた。

「実は、その記事に書かれている容疑者として逮捕された少年は、山谷さんの先輩職員である湯原賢哉さんなんです」

 上辻が口にした事実に、雫は一瞬頭の動きが止まるような感覚がした。言っていることが、すぐに呑みこめない。にわかには理解しがたくて、「えっ、どういうことですか?」と訊き返してしまう。

 それでも、上辻は少しも表情を変えてはいなかった。

「言った通りの意味ですよ。湯原さんはかつて一三歳のときに、殺人未遂で逮捕されたことがあるんです」

「それは本当のことなんですか……?」

「はい。残念ながら。ここで僕が嘘をつくわけがないじゃないですか」

 上辻の顔は真剣そのもので、本当のことを言っていると雫に嫌でも悟らせた。真顔でこんな嘘をついていたら、それこそ意地が悪すぎる。

 雫は、頭を落ち着かせるように試みる。それでも、別所が言っていた「湯原がかつて警察の世話になったことがある」という事実が最悪の形で繋がって、そう簡単には冷静さを取り戻すことはできなかった。

「あ、あの、もしそれが本当だとして、上辻さんはこの事件を以前から知っていたんですか……?」

「いいえ、僕も山谷さんから連絡を受けて調べるなかで、初めて知りました。何しろ僕が生まれた頃の、山谷さんにとっては生まれる前の事件ですから。でも、知ったときは本当に驚きました。まさか湯原さんに、このような過去があったなんて」

 そう言った上辻に、雫も同感だった。湯原に人を刺した過去があったなんて、想像できるわけがない。

 雫はそれ以上、上辻の話を聞きたくないとさえ思ってしまう。人が死にそうになった話は聞きたくないと。

 だけれど、湯原の過去を一部分でも知ってしまった以上、雫はそれを避けては通れなかった。同じ法務技官として、自分には知らなければならない義務がある。そう思えた。

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