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第39話 謝るタイミング

「それ、だけか?」


 勘のいいレイが言う。元々ふたりには聞いてもらおうと思っていたけれど。

 実はね、とわたしはハッシュ領主様から養子にならないかと言われている話をした。

 一瞬言葉をなくすふたり。


「それ、いいかもしれねーな」


 わたしに視線を合わせようとせず言ったのはレイだった。


「確かに。ハッシュ領主様はいい方だし、メイは幸せになれるよ」


 ジークにもその方がいいと言われる。


「何を悩んでいるの?」


 ジークに覗き込まれる。


「わたしはこの孤児院に救われたから、ここを立ち直らせたいんだ」


「じゃあさ、お前が貴族に返り咲いてそれをやってくれよ」


 レイが伯爵様と同じことをいう。


「それにさ、ここは期限がある。14歳で出なくちゃならない。その後のことははっきりしない。孤児院育ちを受け入れてくれる働き口は少ないし、報酬だって少ない場合が多い。毎日暮らしていくことでやっとだ。そんなことをしながら、孤児院のことまで何かできるのはなかなかない。

 それより、貴族になって、ちゃんと学んでさ、それでここを立て直す方が、世話になった孤児院に恩を返せるってものなんじゃねーか?」


「僕もそう思う」


 ジークも頷く。

 ふたりのいうことはもっともだ。


「ありがとう。よく考えてみる」


 ふたりはそこからは口出しすることじゃなくて、わたしが考えることだと納得したみたいで、立ち去っていった。

 ふたりのいうことは、わたしを思ってのことだし、理にかなっている。そうわかっているのに、どうしてか気持ちが沈む。

 その理由をしつこく考えたけれども、わからなかった。


 夕方にはハッシュ伯爵様たちがお帰りになった。

 お嬢様はもっといたいと頬を膨らませていたけれど、宥めすかされて帰って行った。

 バトレット嬢は途中まで送ってほしいと含ませた発言をしたけれど、伯爵様にいなされていた。それでもめげない根性はなかなか凄いと思う。

 バトレット嬢は初婚のはず。それを子持ちの年もずっと上の伯爵様にそこまで入れ込むのも不思議だ。伯爵様はイケメンでかっこいいから、惹かれるのはわかるけどね。

 でも、もしわたしが養子になったら、わたしへのあたりもキツくなるんだろうなーと思って、ハッとする。

 わたしこんなナチュラルに養子になったことを視野に入れてる……。

 それは心が決めてるってことなのかな?


 ふとレイと目が合いそうになって、わたしは慌てて逸らした。

 何やってんだ、わたし。自分がなぜそうしてしまったかも良くわからないけど、よくない態度の自覚はある。


 夕飯の用意や後片付けなんかをしているときに、よくないと思いながら3回もレイから目を逸らしてしまった。その4回目になるはずだった時に、レイは我慢ならない様子で、わたしにツカツカと足音を立ててやってきた。


「俺、なんかしたか?」


 わたしは首を横に振った。


「じゃあ、なんだよさっきから」


「ごめん。わたしもわからないんだけど……」


 下からレイを見上げる。

 わたしに視線を合わせたレイが顔を赤くした。


「お、お前……。俺が言ったこと気に入らなかったのかよ?」


「うーうん。わたしのこと考えてくれて言ってるのわかってるの」


「じゃあ、なんだよ。ぜってー納得してない顔だぞ」


「だから、わたしにもよくわからないんだってば」


 わたしはレイにつかまれた手を払った。

 軽くやったつもりだったのに、思ったより力が入って、レイが目を大きくした。

 しまった!

 と思った時は遅かった。


「なんだよ。もう、知らねー」


 レイは背を向け、歩いていってしまった。

 わたしたちが普段は仲良しだからだろう、遠巻きにみていた子供たちがなんとも言えない空気になる。

 喧嘩をしたのかと思ったのかも。

 わたしは謝るタイミングを逸した。


 次の日はやる気が起きなくて、掃除には参加したけど、森に行くのは辞退した。

 畑の世話をするという名目で、ひとりで畑にいると、馬車が一台走ってきた。

 なかなか立派なやつだ。馬車は孤児院の前で止まる。


 御者がドアを開けエスコートすると、痩せ細った女性と、そのお付きの侍女が降りてきた。銀髪。美しくゆいあげられた銀髪は、記憶と重なる。

 視線を感じたようにこちらをみて、動きが止まる。

 造形物のような美しい顔立ち。その顔が見る間にくしゃくしゃになっていく。


「メアリドールね?」


 声がそっくりだ。

 その人は足早に歩み寄ってきた。

 水捌けの悪い土の道を、ドレスの裾が汚れるのも気にしないで。

 そして動けずにいるわたしの背丈に合わせて屈み込み、わたしを抱きしめた。


「すぐわかったわ。お姉様にそっくりだもの」


 その人は慈しむように両手でわたしの頬を挟んだ。

 お母様の妹だ。年が離れていたのも手伝って、ずいぶんシスコンだったように聞こえた。お母様の結婚に誰よりも反対したのが妹である伯母だという。


「ごめんなさい。意地を張らずに会いに行けばよかった。あんな言葉を信じずに。あなたが辛い思いをしているなんて知らなかったの」


 馬車が来たからだろう、院長先生が孤児院から出てきた。

 わたしたちを見て、目を大きくしている。

 叔母さんが立ち上がり、院長先生に頭を下げた。

 院長先生もお辞儀をした。


「メアリドール、私と話をしてくれる?」


 叔母さんに言われて、わたしは頷いた。



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