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第40話 尊重

 伯爵様が言ったんだろうなと思った。

 狭い客間にわたしと叔母さん、それから院長先生立ち合いのもと、わたしたちは少しお話をすることになった。

 先生はわたしにもお客様用の高いお茶を用意してくれた。

 喉は乾くけれど、手を伸ばせないでいた。


 叔母様はやはり伯爵様から話を聞いたのだと言った。


 わたしが実家でひどい扱いを受け、家を出てこの孤児院に流れ着いたこと。

 ハッシュ伯爵様はわたしを養子にしたいと思っていて、その返事はまだなこと。

 叔母様がメロネーゼ家にわたしへとお金を渡していたけれど、それは父たちに着服されていたこと。わたし名義の土地も妹の名に書き換えられていたこと。

 それらをわたしに伝えたと言ったそうだ。

 そしてわたしが望めば、父たちを追い出し、実家をわたしのものにすることもできるとわたしに話したが、わたしは今のところ、あの家に未練はないといい、親戚を頼るつもりもなく、新しく戸籍を得ると言っている。

 ハッシュ伯はわたしの意向を何より大切にするとした上で、現状はこんなところだと伯母様たちに伝えたという。


 叔母様はその後に自分の事情を話してくれた。

 やはり父と母の結婚は反対され、誰にも祝福されるものではなかったこと。わたしの手前だろう、父親の悪口になるからオブラートに包まれていたが、元より父がお金や爵位に執着していると誰もが思っていて、母だけが当時それをわからずにいた。

 そして母が父を伴侶にしたところで、メロネーゼ家はもうだめだと見限り、どこも本家に頼ることなく分家でありながらも事業などを成功させ、仕事を取るようにしていた。そして本家とは手を切った。


 母と繋がっているのは叔母だけだった。

 伯母様は母が体調を崩し始めた時に、援助をしようとしたがお母様から断られた。あの人にお金を流すことだけになるから、と。お母様はその頃には、お父様がどういう人かわかっていたんだ。

 じゃあなんで離婚しなかったんだと思ったけど。

 伯母様もそれは勧めたようで。

 けれど、わたしが父親を失くすのが、わたしのためにならないと思って我慢することを選んでいたようだ……。


 お母様は手を差し伸べられていたんだ。

 それなのに、その手を取らなかった。

 そしてわたしのために、離婚もしなかった。

 お母様が亡くなり、伯母様はわたしに会おうと何度か屋敷を訪れていた。けれど、わたしが会いたくないと言っていると言って、会わせてもらえなかったという。

 伯母様は泣き笑いの顔で言った。


「わたしもメアリドールの意見を尊重します。

 ハッシュ伯より聞いた通り、あなたは新しい戸籍を作りたいの?

 メロネーゼ家の当主にもなれるし、私と暮らしてくれても嬉しいわ」


 わたしは伯母様がお母様を見捨てていなかったことを知ることができて嬉しいと伝えた。

 わたし自身も気にかけてくれたことも、嬉しくありがたかったことも。

 だけど。

 わたしはメロネーゼ家に戻るつもりはなく、新しく生きていくことを決めたのだと、わたし的には一生懸命伝えた。


「わかったわ。あなたが新しい戸籍で生きていくのを見守ります。

 あなたの好きなように生きて。お姉様の分まで。

 そのために協力は惜しまないわ」


 伯母様は声を震わせて、涙を堪えている様子で言った。


 父や現メロネーゼ家をどう思っているかを聞かれ、お母様が生きているうちに離婚させるべきだったと思ったこと。それからあの人たちとは二度と関わりたくないこと。伯爵様からお母様がわたし名義で残してくれた土地が妹に渡ると聞いて、わたしが手に入れたいとは思わないけれど、妹の手にして欲しくはないと思ったことを告げた。

 すると伯母様は頷き、そして宣言する。


「私はこれから、あの一家を家門から追い出すわ。

 そしてお姉様があなたに残した土地を、あの一家になんかやらないから安心して」


 わたしは自分にびっくりした。ちっともお父様を可哀想だとか思わなかったから。

 お願いしますと頭を下げている自分に。

 あの人たちがどこに住もうが、どんな姓を名乗ろうが興味はないけれど、妹がお母様がわたしに残してくれようとしたところを自分のものにするのだけは嫌だった。

 だからそうならないなら、もうなんでも良い。


 話し合いはそこで終わり。

 馬車に乗る前、伯母様はわたしに「もう一度、抱きしめてもいい?」と聞いた。

 わたしは頷く。

 屈んだ伯母様は手を広げ、わたしを胸に抱きしめた。

 良い匂いがした。お母様とは違うけど、どこか懐かしく感じる。

 それなのにわたしはカチンコチンで、後ろに手を回す事ができなかった。

 伯母様は少し寂しそうに馬車に乗ろうとした。


「伯母様!」


 思わず声をかけた。

 伯母様のお母様をどこか彷彿させる瞳が少し大きくなる。


「あの……会いに行ってもいいですか?」


 伯母様の顔が歪んだ。


「いつでも来てちょうだい。私もメアリドール、いえ、メイに会いに来てもいいかしら?」


 わたしは頷く。

 伯母様はわたしの前に戻ってきて、少し屈んで今度はぎゅーっとわたしを抱きしめた。わたしも伯母様にぎゅーっと抱きついた。


 メアリドールは見捨てられたわけじゃなかったんだ!

 その事実はわたしに勇気をくれた。


 その時に気づく。

 そうか、わたし見捨てられたと思ったんだ。

 お母様の親戚一同にもだけど。

 わたしが養子になるとジークとレイに言ったら、養子になるのがいいと勧められたから。よかったじゃんと言われたから。

 どこか見捨てられたように感じて。

 必要とされていない気がして。悲しかったんだ。

 ああ、わたし、勝手だけど「行くな」って引き止めて欲しかったんだ。

 必要とされていたかったんだ。


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