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第43話 どこにいても

 そっからの記憶が実はない。

 急にライトに照らされたような気がしたけれど、それは妄想ではなかった。

 伯爵様が、そんなこともあろうかと、孤児院に人をつけていてくれてたのだ。

 至れり尽くせり!


 で、どうなったかというと、実行犯は捕らえられた。外壁にオイルを撒いていたので、未遂とはいえ罪は重くなるはずだ。

 ただ、絶対に命令したのは領主の息子だろうけど、それを決して認めなかったそうだ。実行犯たちも口を閉ざしているみたいだし。

 放火は罪が重い。繋がりが法的に認められることはないけれど、誰もが思ったことだろう、領主の息子がやったに違いないと。

 領主はそのバカ息子を、遠くの親戚に預けることにしたようだ。ほとぼりが覚めるまで。


 遠くに行く日の前日、わたしたちは決行した。

 バカ息子は自分のしでかした罪を認めようとしていないから、荒れたまま。町の人々は難癖をつけられては敵わないと、なるべく関わらないようにしている。だから刻一、バカ息子の情報が流れてくる。

 表通りに行ったとか、裏道に入ったから飲み屋に行くようだ、とか。

 今日は共同風呂に行くみたいと耳にする。

 やはりな。わたしたちの思っていた通りだ。

 明日から馬車での旅となる。お金があるから、街に止まり宿のお風呂に入るだろうけど、移動中は何かと窮屈だ。それに領主邸のシャワーより共同風呂に浸かるのが好きなようなので、絶対に入りに行くと思った!

 わたしたちはうる芽を見つけた。っていうか、気合を入れて探した。そしてとうとう見つけることができた。


 わたしたちは温泉に入ることができるので、共同風呂にくる必要はないのだが、このために何度も乾かした薪を買ってくれないかと風呂におろしにきていた。男の子たちがだけどね。そして、その薪を倉庫まで置きに行く。

 孤児院の者だと面が割れているから、そこは気をつけ、バカ息子が共同風呂に入ったタイミングで薪を置きに行く。いつものように脱衣所を通り抜ける。

 そこで一人だけ、バカ息子の下履きにうる芽をなすりつけてきた。

 服も一般人と違って上等なので、間違えることもない。

 みんな関わりたくないので、風呂はひとり貸し切り状態だったから、そんなことをしているのを見咎められることもない。

 無事、ことを終え、帰ってきた。


 これで明日からしばらく、バカ息子はお股がかゆくなり、赤くただれることだろう。

 わたしたちは手を合わせパチンと音を絶たせて喜びあった。



 わたしたちは伯爵様にお礼の手紙を書いた。

 忙しくてなかなか来られないようなので。

 あんなことがあり、女性と子供だけということもあり、衛兵さんが時々見回りに来てくれることになった。

 伯母さんやバトレット様がお土産をいっぱいで来てくれるので、生活は割と潤っていった。

 雪が何度か降って、家の中でもできることを時間をかけて楽しんだ。


 もうすぐ年末だ。

 孤児院の存続についても答えが出た。

 ひとまず借金の危機は乗り切った。

 領主のバカ息子も遠くに行ったから、しばらくは何もないだろう。

 温泉経営の傍ら、ソフィアお嬢様も院長先生について孤児院を見守ってくださるそうなので、バックにハッシュ領主様を得た我孤児院は安泰であるとも言える。

 あとは、わたしがハッシュ様の養子になるかどうかで……。


 いや、心は決まっているのだ。

 ただ、それを口にしてしまったら、引き返せないから伝える勇気がないだけ。

 畑の世話をしていると、レイがやってきた。


「風邪ひくぞ」


「……うん、もうちょっとだけ」


「今植えてるものもないだろ?」


「芋があるよ。少し収穫しとこうかな」


「決めたのか?」


 レイが真っ直ぐにわたしを見ていた。

 わたしも立ち上がる。


「うん。決まってるの。ただ踏ん切りがつかないだけ」


「養子になるんだろ?」


「……うん」


「なんの踏ん切りがつかないんだよ」


「……ハッシュ領に行ったら、毎日会えなくなる」


 レイの顔が歪んだ。


「毎日は会えなくなるけど、遊びに来たらいいだろ? ソフィアお嬢様みたいに」


「……そうだけど」


「この畑は俺が守ってやるよ」


「……レイ」


「行くなって言いたいけど、お前が幸せになれる道って気がするんだ。だから、言わなかった」


 レイはわたしを見て、酷く驚く。


「な、なんで泣くんだよ」


「……勝手だけど、行くなって言って欲しかった。みんながわたしのためを思って養子になるべきって言ってくれたのはわかっていたけど、ここで必要とされてないみたいで悲しかった」


 レイがわたしを抱き込んでギュッとした。


「馬鹿か、お前は。この孤児院を救ってくれたのはお前だ。新しい風を吹き入れてくれたのも。感謝もあるし、お前は目を離すととんでもないことになっているから、目を離したくない。俺はお前とずっと一緒にいたい。けど、養子になればお前は絶対幸せになれる。その不吉な未来も、伯爵様なら吹っ飛ばしてくれそうだ」


 不吉な未来と聞いて思い出す。

 そっか、それもあった。

 17歳で死なない方法も、検討しなくちゃ。


「俺にはお前が必要みたいだ。だから、どこにいても元気で幸せでいてくれ」


「……わたしもレイが必要。だから……」


 言葉にできなくてしがみつく。

 レイは黙ってギュッとしてくれた。

 心に決める。

 わたしは養子になり貴族の道をいく。

 そしてこの孤児院を、レイたちを守って見せる。


<1章 全ては遅かったのか、早かったのか・完>


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