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恵みの森の樹精

 恵みの森に入りました。ここはその名の通り様々な食料や材料が採れる豊かな森です。そのせいで人間だけでなく多くの野生動物も生息し、人間からモンスターと呼ばれる種類の生き物も集まってきます。


 その中で、ドライアドは元からいた森の住人です。樹齢千年を越える樹木が精霊になったものですからね。ずっと森にやってきた侵入者に糧を与えてきた存在が、精霊になったからといって急に拒絶を始めるのでしょうか?


「樹精はここから200ガウル(約300メートル)ほど進んだ先にいる」


 一度来ているサラディンさんが道案内をしてくれます。そんなにすぐ近くにいるんですね、それでは思うように採集も出来ないでしょう。


「早く行こう」


 やる気満々の先輩がどんどん足を進めます。大丈夫なんでしょうか?


『来たわね』


 早くもドライアドの声が森に響きます。でも攻撃はしてこないようですね。酒場の噂話だと蔓が伸びてきて捕まえてポイってされるはずですが。


「君がこの辺にやってくる人間を追い出す樹精かい? よかったらその理由を聞かせて欲しいんだ。戦うつもりはないよ」


 まだ姿も見えないドライアドに友好的な態度で話しかける先輩。サラディンさんは無言で成り行きを見守っています。


『そんなに強そうなお仲間を連れているのに? いいわ、こっちへいらっしゃい』


 ドライアドは楽しげな声で先輩を呼び寄せます。大丈夫だとは思うのですが、男性を誘惑するモンスターに分類されている相手です。私もついていこうとすると、先輩が手で制しました。


「ここは僕一人で行くよ。エスカが来ると樹精が怯えるから」


 なんですか人を猛獣みたいに。


「そんなこと言って、誘惑されるのを期待してるんじゃないのー?」


「馬鹿なことを言わないの。だいたい、僕は樹精の好みに合うような顔じゃないよ」


 からかう私に呆れ顔で返す先輩。自分がドライアドに誘惑されるような顔ではないと自覚しているようです。とはいえ、別にブサイクというわけじゃないんですよ。いわゆる美形と言われるような顔立ちじゃないだけで、真面目系の整った顔をしていますからね。


……って、私は何を弁護しているのでしょう。


「サラディンさんにお聞きしたいのですが」


 先輩が一人でドライアドに会いに行ったので、待っている間サラディンさんに質問してみます。


「何かな?」


「先ほどの声、我々を待っていたように聞こえたのですが。サラディンさんは前に来た時に何を話したんですか?」


 来たわね、というのは明らかに待ちかまえていた言葉です。そして噂に聞くような妨害の行動をしてきませんでした。何より、サラディンさんはドライアドにおくれを取るような腕ではありません。それが宮廷魔術師の力を借りようとしているということは、おそらく倒すべき敵はドライアドではないということでしょう。


「分かっているようだな。そう、私は樹精の願いを叶えるために応援を求めた」


 サラディンさんはあっさりと本当の目的を教えてくれました。


「樹精は人間の採取を妨害しているのではない。危険なモンスターから遠ざけて守ろうとしているのだ」


「その敵とは?」


 ドライアドが必死に人間を遠ざけようとし、サラディンさんが助けを必要とするほどの相手とはどんな怪物なのか。正直、ワクワクしてきました。


「……フフッ。その表情、さすが伝説の再来と噂される天才エスカ・ゴッドリープ」


「そんな大層な代物じゃないですよ」


 知らないうちにとんでもない噂が流れているようです。恥ずかしいからやめて欲しいんですけど。


「敵は死霊術師ネクロマンサーだ。元は人間だったようだが、今では半分アンデッド化して強力な怪物になっている」


 死霊術師ですか……私は死霊術ネクロマンシーはあまり好きじゃないんですよね。やっぱりミラさんに焼いてもらった方がいいかもしれません。


「恵みの森を守るのが使命だ。森ごと吹き飛ばすような戦い方はしないでもらいたい」


 良からぬことを考えていたのが伝わったのでしょうか? 無茶はしないようにと釘を刺されました。


「そいつの名前はジョージ・アルジェントだそうだよ。この森の恵みを独占して、集まる生物をアンデッド化しているみたい。死者の国でも作るつもりなのかもね」


 自然な流れで会話に参加してくる先輩。どうやらドライアドから話を聞いてきたようです。


「様々な技能を持つ者を傭兵のように斡旋する形になる、それでいて各自が組織に隷属するわけでもないギルドを作るとなれば、このように厄介な人物も入り込んでくる可能性がある。そういう時にどう対応するのか、時には冷酷な判断をも求められる組織運営をしていく覚悟はあるのか。見定めさせてもらうぞ」


 サラディンさんが先輩に真剣な目を向けます。なるほど、確かに『厄介な人間』というのは必ず現れます。今回も、森の住人からすれば人間が迷惑をかけている形になるでしょう。ちゃんと厄介者を粛清してけじめをつける覚悟も必要ということですか。優しい先輩にできるのでしょうか?


「大丈夫、僕に任せて」


 そう返事をする先輩の目は、自信に満ちあふれています。どうするつもりでしょう?

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