無帰還の迷宮はフォンデール王国の開拓拠点ファーストウッドから東に150ギタールほど先にある、二本の川が交差する地点にある迷宮です。
その名の通り、ここを開拓しようと各国から送り込まれた技能者達は帰ってきていません。
とはいえ、そこまで難攻不落の場所というわけではありません。これまでの調査から、無帰還の迷宮自体は地下二階程度のそれほど深くないダンジョンだと分かっています。開拓初期に先を争って準備不足のまま突入を指示した貴族のせいで命を落とした人達と、森のエルフによる襲撃の犠牲になった人達の総数が三桁に上るほど増えたためにこの名がついてしばらく忌避されていたのです。
この迷宮の特徴は、至る所に設置された罠です。罠を仕掛けたのはこの迷宮を作った古代の魔術師と言われていますが、真偽のほどはわかりません。重要なのは、罠の恐ろしさを貴族達に伝えるのにうってつけの場所だということです。
「エルフは襲ってこない?」
馬車の中でミラさんが周りをキョロキョロ見ながら言います。もうエルフ領に入ってますからね、警戒するのも当然ですね。目つきが獲物を探す肉食獣のように見える気がしますが、きっと気のせいです。
「この近くにはエルフの気配はないよ」
先輩は森に隠れるエルフの位置も把握できるんですね。戦闘以外は凄いです。
「しかし、モンスターの一体も現れないというのは不気味だな。経験上、あまり良くないことが起きる前ぶれだ」
不吉なことを言うサラディンさん。無理はしないで帰ってきてもらいたいところです。今はギルド立ち上げの大事な時期ですし。
「そうだね、罠の様子だけ見たら帰ろう。開拓が目的ではないからね」
先輩もすぐに帰るつもりのようです。私も何かあった時のために魔法をいつでも撃てるように準備しておきましょう。
過去の開拓者達が切り拓いた道を馬車で行き、何事もなく無帰還の迷宮入り口に到着しました。あたりには川のせせらぎと鳥の遊ぶ声が聞こえます。とても危険なダンジョンの入り口とは思えないのどかな空間が広がっていました。
「この石造りの入り口は魔法の力なのかエルフが手入れしているのか、こんな森の中、川のそばにあるのにまるで朽ちる様子がないね。苔すら生えてない」
入り口は飾り気のない四角い進入口から下り階段で下りていくだけのシンプルな形状ですが、これが人類の各国が最初の開拓目標として定めた重要な拠点になります。ここを制圧すれば周囲にキャンプを作ってネーティアの森を開拓していけるというわけですね。当然、エルフにとっては守るべき場所です。
わざわざモンスターの住み着きそうなダンジョンの周りにキャンプを作るのかと思われそうですが、モンスターが住み着くということは人間も住めるということです。開拓したら将来的に迷宮を改造して倉庫とか砦なんかにしたりもできます。
三人はそのまま迷宮に入っていきました。盗賊がいないので、何に気を付けるべきかあまり分かっていないんですよね。内部の構造は先輩が分かっているのですが。
「足下に気を付けて。階段を下りきったところにちょっと広い空間があるよ」
ダンジョンの探索は先輩の独壇場ですね。かなり生き生きとしているのが分かります。モンスターが出ても他の二人が倒しますしね。
などと言っているうちに広場に到着したようです。出迎えとばかりに地面から槍が飛び出してきました。
「おっと、さっそく罠が仕掛けられてたね。でもこんなものじゃあの人達は危機感を持たないよね」
そうですね。ちなみにこの記録を見せる時には発言も全て再生されるので
「めんどくさいわねぇ、罠なんて一切かからない方がいいに決まってるじゃない」
その通りなんですけどねー。彼等の言い分としては盗賊無しで攻略できるならメンバーに入れる必要はないということなので、盗賊がいなきゃダメだと思わせるような凄い映像が欲しいところです。と言っても命の危険があるので程々にして欲しいのですが。
「さあ、俺達の出番だぞ」
そこにサラディンさんが剣を抜いて言います。どうやらモンスターのお出ましですね。広場の先を見ると、空中に浮いて近づいてくる小人のようなものがいます。尖った耳に長い尻尾が見えました。悪魔の一種、インプですね。
「燃やしましょ」
ミラさんが無造作に炎の球を発射すると、インプは素早い動きでかわします。そんなに甘くはなかったですね。
「はっ!」
だけどすぐにサラディンさんが目にも止まらぬ速さで剣を振り、インプの首を飛ばしました。そこそこ強いモンスターなのですが、回避行動で生まれた隙を見逃さなかったようですね。なかなか良い連携プレイになりましたね、偶然っぽいけど。
「さあ、先に進もう。深くないとはいっても結構な広さがあるみたいだからね」
インプが倒されて床に落ちると、先輩が歩き始めます。そんなにズンズン進んで大丈夫なんでしょうか?
いくつかの罠を乗り越え、襲い来るモンスターを蹴散らしていった三人は下へ行く階段に到達しました。地図が作れるだけあって、迷わずに最短ルートで進んできたようです。あれ、本当に盗賊無しで攻略できるんじゃ?
――と、ちょっと気を緩めてしまったのが失敗だったのです。