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エルフと黒エルフ

 シトリンの様子からすると、本当に困っているようです。実はちょっと疑ってしまいましたが、何かを企んでいる様子は見られません。他に当てもなく一縷いちるの望みにすがってやってきたようですね。


「どうした!? モンスターにでも襲われたのか?」


 またヨハンさんの口調が変わっていますが、この場面にはむしろ適切でしょうね。シトリンも見知った顔を見つけてホッとしたような、恐れているような複雑な顔をします。まあ二回も戦った相手ですしね。客観的には仲良く追いかけっこをして遊んでいるようにしか見えませんでしたが。


「実は……私の国の首都が他の国に攻められて……」


「他の国って、ハイネシアン帝国とか?」


 ヨハンさん、他の国の名前知ってたんですね。でもたぶん違うと思います。この前恋茄子に聞いた話ではネーティアにいくつもエルフの国があるそうですからね。お互いに仲が悪いみたいですし。


「ううん、攻めてきたのはくろエルフの国ヴァレリッツよ。私の国、ジュエリアが人間の開拓を妨害しようと兵を出しているうちに手薄になった首都が攻められたの」


 一息ついて、さっきよりはっきりとした口調でシトリンが説明をします。ヨハンさんが話を聞く態度なので安心したようですね。


「黒エルフってどんな種族ですか?」


 私はカウンターで歌っている恋茄子に尋ねました。森のことに詳しいみたいですからね。


「黒エルフ……スヴァルトアールヴね~、肌の色が黒いエルフよ~。やみエルフと呼ばれるデックアールヴと間違われやすいけど、別の種族よ~」


 いえ、闇エルフも知りませんけど。コウメイさんなら知っているでしょうか?


「そのなんたらアールヴっていうのはエルフの言葉か何かですか?」


「そうよ~、ネーティア語よ~。エルフのことをアールヴって言うのよ~」


 ふむふむ。状況は分かりました。エルフの森の種族間争いですね。私達が無帰還の迷宮を攻略する過程でジュエリアという国のエルフと敵対したことで森のパワーバランスが崩れたのでしょう。


「それで、何を助ければいいんだ?」


 シトリンの説明を理解したのかは分かりませんが、ヨハンさんが具体的な要求を聞きます。そうですね、『助ける』の内容によって取るべき行動がかなり変わりますからね。


「ジュエリアの女王であるアレキサンドラ様を助けて欲しいの。黒エルフに捕縛されてヴァレリッツに連れていかれたわ」


 おっと、これはかなり大掛かりな依頼ですね。いくらなんでもそう簡単に引き受けることは出来ませんね、国家間の争いに介入するということですよ?


「よしわかった! 俺に任せろ!」


 ですよね、ヨハンさんはそう言うと思いました。即答でしたね。でも今は大事な防衛任務についているんじゃないんですか? もうちょっと考えましょうね。


「待ちたまえ!」


 そしてここでハゲが登場です。到着遅くありません? 両脇に他の騎士も連れていますが、エルフの襲撃を迎え撃つには物足りない感じです。


「エルフは我等の開拓を邪魔する敵だ、そんな奴を助ける必要はない。ここで捕らえて奴隷としてアーデンに送るのだ」


 何言ってるんですかこのハゲ。助けを求めるか弱い女性を捕まえて奴隷にするなんて、騎士道の欠片も感じられない対応ですよ。


「開拓ではよくあることよ~」


 恋茄子のこの達観ぶりは何なのでしょう。確かにその通りですけども。


 ですが、冒険者ギルドはそういう異種族の奴隷化をやめさせるために先輩が立ち上げた組織です。この開拓地だってギルドが切り拓いた場所なのですから、そこでこういうことを言われたくはないですよ。


 などと考えていると、現地で動きがありました。ヨハンさんがシトリンのそばに駆け寄り、ハゲに向かい合います。


「助けを求めている相手を捕まえるのが騎士っすか? そんなのカッコ良くないっす!」


 あ、いつもの口調。言っていることもいつも通りですが、この場面ではなんかカッコ良く聞こえますね。シトリンの頬が赤く染まっています。これはチョロい。


「任務を遂行することこそ騎士の誇りだ。敵に情けをかけて騙され味方に損害を与える結果になったらどうするのかね?」


 私はシトリンに害意が無いことは知っていますが、この場ではハゲの言い分の方が正論なんですよね。でもこの偉そうな態度が気に入りません。


「こいつは騙すような奴じゃないっす! アホの子っすから!」


「ちょっ、失礼ね! アンタみたいなおバカに言われたくないわよ!」


 ちょっとヨハンさん、せっかくいい雰囲気だったのに台無しですよ……これじゃあ勇者にも黒騎士にもまだなれそうにありませんね。さっきまでうっとりしていたシトリンの頬が今度は怒りで赤く染まっています。


「なんだとー、バカって言う方がバカなんっすよ!」


「うるさい、バカー!」


 突然始まった子供の喧嘩に、ハゲも困惑しています。しょうがないですね、ここは私が取りなしますか。


『話は聞かせて貰いました。開拓技能者組合の組合長エスカ・ゴッドリープです。ハゲ……コホン、ハンニバル・ゲイナーさん、そのエルフは純粋に助けを求めてきています。私が魔法で確認しました』


 遠隔魔術で声を届けます。確認したのは魔法じゃないですけどね。


「賢者殿!? ですが、開拓の邪魔をするエルフは捕らえなくては」


『心配はいりません。防衛隊の皆さんは真面目に職務を遂行しようとしていたと、宰相閣下にお伝えしておきます。ここはうちのギルドに任せて頂けませんか?』


 私がクレメンスさんに口利きをすると言ったとたん、ハゲはあからさまに目を輝かせました。頭も輝いているように見えるのは気のせいでしょうか?


「分かりました! 賢者殿がそう仰るなら、お任せいたしましょう!」


 何という変わり身の早さ。話が早くて助かりますけどね、どうにも不愉快ですねこのハゲ。


「さっすがマスター、話が分かるっす!」


 ヨハンさん、その台詞はなんとなく無法者感があって嫌なんですけど。


『ギルドから依頼を出します。一度シトリンさんと一緒にアーデンに戻って貰えますか?』


 依頼を出すと言っても、黒エルフの国に行ってエルフの女王を助け出すなんて、それこそ英雄物語みたいなことがヨハンさんに出来るとは思えないのですが。ちょっとギルドの皆さんと相談しましょうかね。


 シトリンがごねるかと思ったのですが、大人しく言うことを聞いて二人でアーデンに向かう馬車に乗り込むのでした。

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