「ところでタヌキの獣人ってなんか種族名はあるっすか?」
フォンデール王国領内を北東に進む馬車の中で、ヨハンさんがタヌキさんに質問しています。さすがに整備された道を馬車で進むとはいえ、獣人のテリトリーに一番近い森の端まで行くのにも数日かかります。今日はカルネの町に泊まる予定のようですね。
「特にないぬー。タヌキはタヌキだぬー」
あ、ないんですね。まあ人間もフォンデール人とかの国名で呼ぶぐらいで種族名なんて考えませんしね、学者以外は。
馬車は団体行動用の特別製で、なんと四頭立ての
私は乗ったことないですけどね。
「カルネの町ってどんなところ? エルフでも大丈夫?」
シトリンが今日泊まる予定の町についてヨハンさんに聞いていますが、心配しているというよりは新しい場所を訪れるワクワク感が抑えられないといった様子ですね。目が輝いて声が弾んでいます。
「カルネの町は周り中小麦畑でパスタが美味いっす!」
他に言うことはないんですか?
「パスタ! 楽しみ~!」
でもシトリンは嬉しそうです。やっぱりお似合いですよあなた達。そういえばエルフは普段どんなものを食べるんですかね? 意外と肉食だったりして。
はしゃぐ子供達(実年齢は子供ではないですけど)を横目に、コタロウさんとタヌキさんが今後の計画を話しています。
「実際のところ、タヌキさん達は通してくれそうなんすか?」
「正直、保証はできないぬー。俺も故郷を捨てたはぐれ者だからぬー、問答無用で襲い掛かってきたりはしないだろうけど、追い返されるかもしれないぬー」
なるほど、タヌキさんはそのままテリトリーにいてもハイネシアン帝国の開拓で奴隷になるからって冒険者になったんですよね。故郷を捨てた形になるわけですね。
そしてタヌキ族のテリトリーを抜けてもキツネ族のテリトリーに入れるかどうか……まさに敵対種族のタヌキさんがいますからね。
「ソフィア様、カルネのパスタと言えばカンネッローニが有名です」
「あら美味しそう」
こちらはこちらで二人の世界に入っています。大丈夫ですかねこのパーティー。ところでカンネッローニってどんなパスタでしょう?
しばらくして馬車はカルネの町に着きました。ここは物々しい城壁には囲まれていませんが、町を取り巻く小麦畑の外側を広く柵が囲っていて、その柵は尖った木の杭を斜め上に突き出した、イノシシ避けがびっしりついています。この町にとって最大の敵は害獣なんですね。
「なんかのどかねー、こういう生活憧れるなぁ」
シトリンがウキウキで言ってますが、あなた森の住人ですよね?
町の人達はフォンデール王国の紋章がついた大きな馬車に興味津々で近寄ってきます。この反応から見ても平和な町なのだと分かりますね。
今日は何もなさそうなのでこれで追跡は終わりで良さそうですが、カンネッローニが気になるので夕食の様子だけ見てみましょうかね。
「わー、美味しそう!」
宿でみんな揃っての夕食です。シトリンが目の前の皿に盛られている料理を見て興奮していますね。見た感じでは何かにホワイトソースがかかって焼かれた、グラタンっぽい料理ですが、これがカンネッローニなんですね。
「これはトマトソースの上に
料理を出したおばさんが料理の説明をしています。ふむふむ、今度酒場のメニューに入れてみましょうかね。
「挽き肉って何の肉っすか?」
何でしょう? ヤギとか?
「イノシシさ。あいつらは荒挽きにして焼くと濃厚な味の肉汁があふれ出すんだ」
なんかワイルドな感じがします。食べてみたいですね。
「もぎゅもぎゅ、うまい!」
エルフのシトリンが迷わず食べています。エルフも食べ物の好みは人間と変わらないみたいですね。やっぱり弓で狩りとかしてるんでしょうね。
「ホワイトソースとチーズの味にも負けないぐらい肉の味がするのね。これは美味しいわ!」
美味しいものを食べなれていそうなソフィアさんも太鼓判を押します。間違いないですね。
……お腹が空いてきたので、この辺にしときましょうか。
私は追跡を止めて、自分の食事をします。酒場は今日も多くの冒険者や町の人で賑わっています。エルフの国の噂もチラホラ聞こえてきますね。
「そういえばエルフの剣士がフロンティアに現れたみたいだぜ、防衛隊長の騎士が一人で捕まえようとして逃げられたとか」
サフィールのことでしょうか。また何をやっているんですかあのハゲは。
サラディンさん達がフロンティアに向かっているので、サフィールと合流できるといいのですが。
それにしても、エルフの女王様は無事なのでしょうか? 黒エルフは捕まえた女王をどうするつもりなのでしょう。
何はともあれ、我々はギルドとして依頼をこなしていくだけですけどね。