キツネ族のテンコさんに案内されてヴァレリッツを目指すヨハンさんパーティーですが、森の中でも騒がしいですね。
「まだつかないっすかー? もう足がパンパンっすー」
「だらしないわねぇ、まだ10ギタール(約7キロ)ぐらいしか歩いてないじゃない」
弱音を吐くヨハンさんをシトリンが馬鹿にしますが、森の中を10ギタールも休まず歩き続ければ普通の人間はバテますよ。エルフは森歩きが得意だから大丈夫ですけど。
「もう少し進めば休憩所に着きます。今しばらくのご辛抱を」
テンコさんが気遣ってくれますが、ヨハンさん以外は平気そうですね。何気にソフィアさんが平然としているんですよね、むしろなんだか楽しそうです。
「うふふ……深い森を進む勇者一行」
どうやら彼女の大好きな英雄物語と同じシチュエーションのようです。
「トウテツ、背中に乗せるっす!」
「やなこった。泣き言ばっかじゃ彼女に愛想つかされるぞ、気合入れろ」
「えっ……彼女だなんて、そんな……」
特に指名はされていないんですが、頬を赤らめてまんざらでもなさそうにするシトリン。なんだかんだ仲が良いですけど、そこまでヨハンさんのことが気に入っているんですね。ここは「誰が彼女よ」とか言って否定するところかと思ったのですが。
「彼女って誰っすか?」
そしてこのヨハンさんです。これはダメですね。ダメダメです。
「これは前途多難だぬー」
「そうすね」
「足りないから仕方ないな」
こんなどうでもいいおしゃべりをしながら、一行はキツネの森を行くのでした。あ、アルベルさんの貢献ポイントは減らしておきますね。
「ここはキツネのナワバリなのよね? さっきから全然姿を見ないんだけど」
「でもキツネの匂いがプンプンするっすよ」
キツネの森の休憩所にて。シトリンがテンコさんに疑問をぶつけます。キツネの匂いがするってことは、姿を見せないように隠れているんでしょう。理由はなんとなく分かりますが。
「……それは、我々キツネ族の境遇によるものです」
そう言うと、テンコさんはその場に立ち上がり、着ていた服を脱ぎました。
「うわっ、いきなりどうしたっすか!?」
女性のテンコさんが服を脱ぎだすという行為にヨハンさんは驚きますが、獣人は大抵全身が毛皮に覆われているのであまり服を着る必要がないんですよね。キツネ族が服を着る理由は先ほど恋茄子が言っていましたね。
彼女の身体を隠していた貫頭衣が脱ぎ捨てられると、その下からフワフワとした美しい毛並みが現れました。そういえばこの毛皮、見たことがあります。貴族の集まりで。
「すっごいモフモフ!」
シトリンが無邪気に彼女の身体に触ります。テンコさんが目を細めて、悲し気に笑いました。狐の顔でも表情はよく分かりますね。
「でしょう? この毛皮が人間の国で取引されているんですよ。貴族が身を飾るために高値で買い取るらしく、北のハイネシアン帝国から密猟者が頻繁にやってきます。我々はこういった危険から侵入者を極度に恐れるようになっているのです。他の種族は奴隷にされてひどい扱いを受けると聞きますが、我々はそれ以前に殺害されて皮を剝がされますからね」
テンコさんは淡々と語りますが、実に気分の悪くなる話です。ヨハンさんやシトリンも黙り込んでしまいました。そこに、ソフィアさんが口を開きます。
「私はネーティアの南にあるソフィーナ帝国の皇帝をしております。確かに以前献上されたものにキツネ族の毛皮がありました。大変申し訳ないことです。私も冒険者になるまでは何も感じていませんでしたが、冒険者ギルドに登録してギルドの理念を知り、またポンポさんのような異種族の方と共に行動していくうちに見識の浅さを思い知らされました。今、ソフィーナ帝国は異種族の奴隷化を抑制する方向で話が進んでいます。簡単なことではありませんが、キツネ族が安心して暮らせる土地を用意できるかもしれません」
皇帝が命令すれば実現は可能でしょうが、それでも簡単なことではないと言っているのは世界をその目で見て現実を知っているからこそですね。テンコさんは皇帝と聞いて少し驚いた顔を見せましたが、穏やかな笑みに戻って「お気遣い感謝いたします」とだけ答えました。その言葉からはソフィアさんの提案に対する消極的な姿勢が伝わってきます。
「冒険者になるといいぬー。楽しいぬー」
重くなった空気の中、突如タヌキさんが明るい声で言いました。
「冒険者ですか?」
『おう、そりゃいいな。なんたってあの姐さんが仕切ってるんだから、毛皮を欲しがる奴等なんかみんなぶっ飛ばしてくれるだろうさ』
そして話に乗ってくるトウテツ。私に何を期待しているんですか。というかもしかしてギルドの一員になったつもりですかこのモンスター。あなたの行き先はせいぜいコウメイさんのペットですよ。
「ふふっ、そうですね。あの化けも……ギルドマスターが見張っていたら誰も手出しできなさそうです」
今何か言いかけました?
「ではそろそろエルフの女王を助け出す計画を練ろうか。トウテツがいればただ忍び込むより確実な策が考えられそうだ」
話が一段落ついたところでアルベルさんが本題に入ると、輪の外から新たな声がかかりました。
「その話、私も参加させてくれないか?」
一同が声の方を向くと、そこには腰に剣を差したエルフが。
「サフィール! どうしてこんなところに?」
シトリンが駆け寄ります。フロンティアでハゲから逃げた後、ここまでやってきたようですね。サフィールがこれまでの話を始めました。