トリウムが振り下ろした斧は私の作った魔法の壁に弾かれました。力ずくで壊すにはちょっとパワーが足りないようですね。武器が大きければ強いというものではありませんよ?
「むうっ、なんという硬さじゃ」
「トリウム様、魔法で作られた防壁は魔法で打ち破るのが定石です。『ディスペル』を!」
アンチモンが女王に声をかけ、他の黒エルフ達と共に魔法の準備を始めました。トリウムも意識を集中して魔力を手に込めようとしますが……上手くいくでしょうか?
「なんじゃ!? 魔力がいうことを聞かんぞ!」
「こっ、これは一体……」
黒エルフ達は魔法がうまく使えなくなっています。そうなるように仕向けたのだから当然ですね。
「この空間の魔力は私が〝支配〟しましたからね。もちろん皆さんの身体に宿る魔力も例外ではありません」
「
誰が化け物ですか。ちゃんとカラクリがあるんですよ、気付かれないように細工していただけですからね。先ほど話している間に支配魔術を使って黒エルフ達に魔法封じの魔術をかけておいたんです。支配魔術で他人の魔力を支配できるわけないじゃないですか。
そんな種明かしをするわけもないのですが。
「ふふふ……この『ダイアモンド・ウォール』ですが、私の意思で動かすことができます。あなた方はこの壁を壊すことも解除することもできません。このまま部屋の反対側まで壁を動かしてみたら、どうなるでしょう?」
見えない壁に押しつぶされる未来を想像し、震え上がる黒エルフ達。はっきりと分かるほどに恐怖の表情で私を見ています。ああ、完全に悪役になった気分です。黒エルフの方がジュエリアに攻め込んで女王をさらったというのに。
「うおおお!!」
トリウムががむしゃらに斧で壁を打ち付けます。他の黒エルフ達も必死に矢を放ちますが、全て弾かれました。少し壁を動かしてみましょうか。壁に接近していたトリウムが押されて尻もちをつくと、なんと泣き出してしまいました。
「嫌じゃあああ、死にたくないいいい!」
いや、後ろの出口から逃げればいいんじゃないですかね? ものすごい罪悪感が生まれてくるのですが。
「トリウム様、降伏しましょう。我々に魔王退治をする力はないんです。そんな力があったらハイネシアンにジュエリアの女王を差し出そうと考える必要もなかったのですから」
アンチモンも諦めて降伏を促していますが、私はただの人間です。
ところで、なんでアレキサンドラを差し出したらハイネシアン帝国が侵攻しなくなるんでしょう? 彼女には凄い利用価値があるとか?
「アハハ、いい気味よ! 私達の国に攻め込んでおいて今更許してもらえると思ってるの?」
シトリンが嬉しそうに
全ての元凶はエルフの森を切り拓いていく人間の国なのですけどね。フォンデール王国はハイネシアン帝国のように全てを奪っていくつもりはないのですが、エルフからしてみればそんな違いに大した意味はないかもしれません。
そうは言っても人間には人間の事情がありますから、開拓をやめるわけにもいきません。結局誰かが犠牲になるのが現実なのです。
ですが、ここで声を上げる人がいました。
「もうやめにしないっすか? よく分らないけど、悪いのはハイネシアン帝国なんっすよね。だったらみんなで力を合わせて悪い奴と戦えばいいじゃないっすか。タヌキもキツネも黒エルフも、みんな帝国に滅ぼされるって言ってたっす。なのになんで帝国じゃなくて他の国と戦ってるっすか!」
ヨハンさんの言葉に、部屋は静まり返りました。黒エルフ達は沈痛な面持ちで視線を落とし、こちらのエルフ達は驚いた顔でヨハンさんを見ています。コタロウさんは無表情で立ち、ソフィアさんは口元に手をつけ考え込んでいます。そして――
「そうだぬー、タヌキとキツネもハイネシアン帝国を恐れているのに協力しようとしないぬー。性格が合わないってだけの理由でぬー」
タヌキさんがヨハンさんの肩に手を置き、声をかけました。
「ヨハンくんのように種族を気にしない人が沢山いれば、世の中もっと楽なんだけどぬー」
人間も獣人もエルフもドワーフも、基本的に他の種族と分け隔てなく接することはないですからね。なんだかんだ言って侵略を繰り返す人間が一番他種族に寛容なんですよね、困った世界です。
「……ここで結論を急ぐ必要もないでしょう。ヴァレリッツの女王よ、今はただ我等を通してくださいな。先のことは落ち着いてから考えましょう。また武器を取りジュエリアに兵を向けるのなら、その時はこの前のようにはいきませんよ」
アレキサンドラの言葉に、トリウムは黙って武器を壁際に放り投げました。他の黒エルフ達もそれに
「念のために壁で囲って皆さんを閉じ込めておきます。この人達が無事に帰ったら消しますのでご心配なく」
私は無抵抗になった黒エルフを閉じ込め、冒険者一行を出口まで誘導しました。
「私はもう帰りますからね? ここから帰るのとアルベルさんの回収は自力でやってくださいね」
私は便利な道具じゃないんですからね? コタロウさんの技能とアレキサンドラ女王の察知力があればもう大丈夫でしょうし。
「アルベルは自分で帰ってくるから大丈夫ですよ」
ソフィアさん……それはさっきも聞きましたけど扱いが……犬か何かですかね?
◇◆◇
何はともあれ、私は一行を黒エルフの国に残してギルドに帰ってきました。
「お疲れさま~」
恋茄子が何事もなく歌っています。来客は無かったようですね。
「やれやれですよ。ギルドは何事もなかったですか?」
「大有りよ、エスカ!」
突然予想外の声。ミラさんが話しかけてきました。
「あれミラさん、開拓はどうなったんですか?」
サラディンさんと共にエルフの森を開拓していたはずですが。サフィールを助けた後でこちらに帰ってきたのでしょうか?
「あっちは燃え……じゃなくって! 今度は闇エルフが現れたのよ!」
闇エルフというと、確か黒エルフとは別に存在するエルフの亜種みたいなのでしたっけ。
「
そうなんですか。よく分らないのですが。
「それで、闇エルフがどうしたんですか?」
改めてミラさんに向き直り事情を聞くと、彼女は無言で身体を横に動かしました。すると、ミラさんの後ろに隠れていたらしい小柄な少女が顔を出します。耳が尖っているのを見ると、エルフですね。金髪に青い目は普通のエルフに見えますが、なぜか服は黒一色です。
「暗黒神エレシュマ様のご神託がありました。うさちゃんを救って下さる方がこの冒険者ギルドにいらっしゃると」
……暗黒神に、うさちゃん?
また厄介ごとが舞い込んできたことを確信した瞬間でした。