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ケストブルグ進入

 さて、レナさん達うさちゃん助け隊の皆さんはエルフの森を抜けてハイネシアン帝国領に入りました。ここに来る間にヨハンさんの話をサラディンさんにしたら「……そうか」と一言だけ呟いて、心なしか嬉しそうな顔をしていました。弟子でもあるヨハンさんのことはいつも気にかけていましたからね。今度はケストブルグで協力することになるので、ラウさんとヨハンさん二人の鼻が役立つでしょう。コタロウさんやタヌキさんもいますし。


「ケストブルグはまだ遠いの?」


 なんと! レナさんがモフモフ以外の言葉を話しました!


「意外と近いわよ。森の中と違って整備された道が続くから、馬車ですぐに行ける」


 ミラさんは宮廷魔術師として何度かハイネシアン帝国に行ってますからね。同じくヨハンさん達も帝国領内を移動するのですぐに合流できそうです。闇エルフが歩き回っていても気にされないのも凄いですが、向こうはトウテツという強力なモンスターが堂々と中を歩いているんですよね。闇エルフの国では闇の軍勢とか言ってましたし。


◇◆◇


「ハイネシアン帝国はモンスターを傭兵代わりに使ってるからね~」


「ああ、そういえば不死王リッチを戦争に出したんですよね。人間と一緒に歩いていれば気にしないということですか」


 そんな危機意識で大丈夫なのでしょうか? 他国のことを心配してもしょうがないですけど。


◇◆◇


「くんくん、この馬車は大丈夫そうだよ」


 ラウさんが乗合馬車の匂いを嗅いでいます。御者さんが怒らないのでしょうか?


「おや、イヌ族がやって来るなんて珍しいね。うちは異種族も歓迎だよ」


 その御者さんは笑顔を向けました。ハイネシアン帝国はこれまでの情報からもっと邪悪な国という印象を持っていたのですけど、国民は普通な感じでしょうか。でもラウさんは悪い人間の国って言ってましたよね。


「ケストブルグまで頼む」


 サラディンさんがお金を渡すと、他のメンバーをあまり見せないようにして馬車に乗り込みました。御者さんは黙って頷くと、すぐに馬を歩かせます。こちらの事情を察したようですが、どちらかというと協力的な雰囲気があります。


「ケストブルグは大都会だ。人混みではぐれないように気を付けなよ」


「ふむ、人混みはあまり好きではありませんね」


 御者さんが後ろに聞こえるように大きな声で言うと、コウメイさんがマイペースに感想を述べました。モンスター以外に興味がないから人混みは嫌いなのでしょうか。いえ、私も好きではないですけど。


 一行は順調にケストブルグまでやってきました。順調すぎて不思議に思ったのですが、到着したら何となく理由が分かりました。この馬車が停車する場所は、見るからに停車場の端。手入れも行き届いておらず、雑草が生えた地面に石がいくつも転がっています。


「すいませんね、ここじゃ従属国の馬車は端っこに寄せないといけない決まりでして」


「いや、問題ない。安全に送り届けてくれてありがとう」


 サラディンさんがなかなか見せない満面の笑みを御者さんに向けました。御者さんはペコリとお辞儀をして、顔を上げるとサラディンさんの方に歩き出します。そのまま横を通り、休憩所らしきところに向かいました。


……いま、すれ違いざまに何か耳打ちしていましたね。


 サラディンさんは、今度はニヤリと笑うと仲間の方に向き直りました。


「よし、それじゃあまずは目的の場所を確認しよう。アルストロメリアさん、あの鏡を見せてください」


「はーい、もうちょっと上から見てみましょう……私達が今いる場所はここです。目的地はこちらですね」


 なんと見る範囲も変えられるようです。ギルドの追跡よりもずっと広い範囲が映し出されました。これが神の力……暗黒神ですけど。


「これは興味深い!」


 コウメイさんはいつもそれですね。確かに興味深いですけど、今はモフモ……ウサギ族の救出が優先です。ミラさんとレナさんは何やら言い合いながら現在地から奴隷商人の建物までの道を指でなぞっています。そしてラウさんはそんな皆さんをキョロキョロと見上げながら楽しそうに尻尾を振っていました。


「こんな都会で暴れられないでしょ、どうするの?」


 そうですね、仮に争っても多勢に無勢ですし、上手く突破できても外交問題に発展しそうです。そのために危害を加えず相手の戦闘力を奪う妖術師のレナさんが指名されたのでしょうけど、具体的にどうやって助け出すのでしょうか?


「そうですねぇ……助け出すだけなら、手は考えてあるのですが。私達が助けたと気付かれるとあまり良くないですよね。なので、ここは今こちらに向かっているという、もう一組の方々に陽動をお願いしようと思います!」


 おっ、また陽動作戦ですか。トウテツが暴れて大騒ぎ……というのはちょっと危険ですね。


「今、ギルドマスターがこの会話を聞いているんですよね? そして向こうに言葉を伝えて貰えるとか」


 んん?


『ええ、聞いていますよ』


 とりあえず応えておきます。何を伝えるのでしょう?


「フローラリアからハイネシアン帝国へ入ると、途中にレジスタンスがいる場所があるはずです。そちらに働きかけて、騒乱を起こしてもらいましょう」


 えええ!?


 とんでもなく物騒なことを言い出しましたよこの闇エルフ! 単なるモフモフ好きのお姉さんに見えて、やはり暗黒神の手先でしたか。


「黒エルフの国でやったのと大して変わらないじゃない~」


 うっ、それはそうなんですけど……。


「レジスタンスが暴れているうちに我々はウサギを助けて抜け出すという計画か。だがそれだとレジスタンスには何の得もないのでは?」


 サラディンさんが冷静な意見を言いました。確かに、レジスタンスが協力するメリットはないですね。いつでも攻める準備はしていそうですが。


「大丈夫です。助けるのはうさちゃんだけではなく、レジスタンスの仲間も含めますから」


 なるほど。


『しかし、これは明確な敵対行動になってしまいます。ギルドとしてはあまり関わるわけには』


「甘いですねぇ」


 突然、背後からモミアーゲさんに声をかけられました。振り返ると、そこには不思議なマスクをかぶった商人。それと、その横に立っていたのは――


「宰相閣下!?」


 なんでクレメンスさんがギルドにいるんですか?


「今の話を聞いていましたが、レジスタンスを焚きつけてハイネシアン帝国に騒乱を起こすのはいい考えだと思いますよ」


「で……ですが、騒乱が起これば無関係の人々が犠牲になります!」


「それが甘いんですよねぇ。政治的な理由を盾にしていますが、貴女が本当に求めているのは誰も傷つけないことでしょう。黒エルフの国でも、貴女は誰も殺さなかったですよね? うんうん、それはとても立派な行いだと思いますよ。でも、組織の長としては優先するべきことが他にあるんじゃないですかねぇ?」


 モミアーゲさんが言います。つまり、何が言いたいんですか?


「エスカ殿。貴女は世界をまたにかけるほどの大組織を作り上げるおつもりだ。ですが、そんな組織を運営するなら時には冷酷な決断をしなければならないこともある」


 クレメンスさんが、私にいつもとは違う厳しい視線を向けてきました。


「確かに、ギルドを立ち上げる時にサラディンさんが先輩に同じようなことを言っていました。でも先輩の見せた覚悟は、別のものだったじゃないですか!」


「それはフィストル殿の覚悟でしょう。それも仲間が支えてくれる前提の覚悟だ。エスカ殿、覚悟は、どれほどのものですかな? フィストル殿も探し、ギルドも大きくし、仲間達を守り。その上で無関係の民の命まで救いたいと……?」


 クレメンスさんの口調が、だんだん冷たくなっていきます。私はそれを聞きながら、心をえぐられるような気持ちになっていました。分かっているんです。分かっているけど、今まで考えないようにしてきたんです。


「良いですかな、エスカ殿。それを実現できるほど、この世界は甘くはないっ!!」


 宰相閣下が、とても強い口調を私を叱責しました。


「闇エルフの依頼というだけの話ではないのですよ。ハイネシアン帝国は、他国を侵略して領土を広げてきた危険な国家です。黒エルフがなぜエルフの国を襲ったか。近傍に住む獣人達はみなハイネシアン帝国を恐れ、レジスタンスにはカーボ共和国すなわち商人ギルドが支援をしている。人間社会を支えている商人ギルドがです。人間社会が、この大陸が、ハイネシアン帝国の横暴を許さないのです。ちょうどいいじゃないですか。エスカ殿がギルドとして勝手に判断できないというのは正しい。だからこそ、この私が言いに来たんです。この機会にバルバロッサ陛下にはちょっと痛い目を見てもらいましょう」


「……はい、分かりました」


 それでもここで騒乱を起こす必要性があるのか、納得できない気持ちはあります。ですが、私の気持ちがどうであれクレメンスさんがやれと言っていることをやらないわけにはいきません。


『では、あちらのチームに伝えましょう』


 覚悟、かぁ……私には、まだよく分からないなぁ。

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