「それじゃあ、牢を開けますね」
イーリエルは会話を切り上げ、扉の奥へ入っていきました。時間稼ぎをしているのかと思ったら今度はいきなり話を終えたりして、一体何がしたいのでしょう? 双方が武器を降ろしてから二分程度しか話をしていません。本当にとらえどころのない将軍です。
「はいどうぞー」
あとについて牢屋に入ったミラさん達の前には、左右に並ぶ鉄格子の扉が開き、通路の奥で壁を背に笑顔で立つイーリエルの姿。すぐに牢屋から何人かの男女が出てきました。
「あんた達は?」
「あなた達を助けに来たのよ。早くここを出ましょう」
ミラさん達を見て不思議そうな顔をする捕虜の皆さんを促し、すぐに出ていこうとするミラさん。さすがにあの将軍の前に長居したいとは思わないようですね。
「大丈夫ですよ、私も帝国軍も何もしませんから。またお会いしましょう」
そんなミラさんに声をかけるイーリエルですが、何なんでしょう? 目的がまるでわかりません。ミラさん達も怪訝な顔をしながら外へと向かいました。
「……良かった、光の勇者がレジスタンスじゃなくて」
えっ!?
ミラさん達が出ていった後にポツリと呟いたイーリエルの言葉は、冒険者達がレジスタンスの一員ではないことを看破していました。変わらず笑顔で扉の方を見つめる彼女からは、これ以上情報は得られなそうです。というかもう視点をここに留めておくことはできません。
◇◆◇
「ミラさん達も全然レジスタンスっぽくはなかったですけど、どこで気付いたのでしょう?」
「そりゃ~、捕虜になってたレジスタンスの人達と面識がなかったからでしょ~」
あっ、そうか! 考えてみればそうですよね。こんな簡単なことを恋茄子に教えられるまで気付かないなんて……くっ。
「でも結局あの将軍さんが何をしたかったのかは分かりませんでしたね」
「まあ変わり者はどこにでもいるからね~」
変わり者じゃない人を探す方が難しいですが、あの天人の飄々とした態度は演技というか、何か秘密があるような気がするんですよね。ここで考えても仕方のないことですが。
◇◆◇
「はめられたみたいすね」
建物を出ると、捕虜の皆さんは「もう大丈夫だ」と言って町の中に消えていきました。その背中を見送ったところで、コタロウさんがミラさんに言ったのがこの言葉です。
「はめられた? どういうこと?」
「詳しい話は後で。今は脱出を優先するすよ」
コタロウさんが口元に人差し指を立てて話を止めると、作戦で決めた逃亡ルートを指差しました。
「そうね。もう争いの音も聞こえてこないし、さっさと逃げるわよ!」
「任務達成っすね!」
「この町を出るまでは気を抜かないの!」
「急ぐぬー」
ワイワイと賑やかな一行は町を駆け抜けました。危険があればヨハンさんが気付くとはいえ、危機感が足りませんよ。
『天人が将軍か……』
トウテツはやはり天人が気になっている様子です。種族はともかく、あんなとんでもない化け物が将軍をしているハイネシアン帝国と事を構えるのは得策ではないでしょうね。レジスタンスの皆さんは大丈夫なんでしょうか?
「こっちだ!」
集合点で両チームが落ちあうと、サラディンさんが指示して町の外にある馬車の停留所にやってきました。しかしウサギも加わってかなりの大人数ですね。こんな大人数で移動したら目立ちます。あとミラさんがいきなりウサギに抱きついてます。
「上手くいったみたいですね」
そこに声をかけてきたのは、ケストブルグにやってきた時に乗った馬車の御者さんでした。ここで待っていたのでしょうか。
「何のことだい? ちょっと観光をしてきただけさ」
肩をすくめるサラディンさんに笑みを返し、御者さんは彼等についてくるように言うと、人気のない停車所の端に向かいました。そこには大型の馬車が二台停まっていて、彼は仲間らしい男性と頷き合って出発の準備を始めました。
「それで、はめられたってのはどういうこと?」
ミラさんがコタロウさんに改めて聞きます。他のメンバーもコタロウさんに注目しました。
「……たぶん、俺達が連れ出したのは捕虜になったレジスタンスじゃないすよ」
え?
「何よそれ! レジスタンスじゃないなら何だって言うの?」
「帝国軍とかじゃないすか? 俺達は捕虜の顔を知らないすからね。あの将軍、牢から出てくる人達にミラさんが声をかけるまでずっと俺達の表情を観察してました。たぶん捕虜じゃないと気付くかどうか見極めてたんすよ」
「何のためにそんなことをしたぬー?」
「レジスタンスには他国からの支援がある。その噂の真偽を確かめるのが目的じゃないすかね。町に火をつけたのは、土地勘のあるレジスタンスを消火活動に向かわせて、協力者がやってくる確率を高めるため。そしてあの将軍……もしレジスタンスが来ていたらその場で皆殺しにするつもりだったのではないかと」
な、何ですかそれ! 帝国軍の行動は全て罠だったってことですか!?
「ま、単なる憶測すけどね。とりあえずさっさと逃げて、様子をみましょう」
うーん、なんだか釈然としないですが、ギルドとしては冒険者が無事に戻ってくれば問題ありません。レジスタンスとの約束はギルドの依頼でもないですし。
その後、彼等がフォンデール王国の首都アーデンに帰ってくるのと時を同じくして、ニュースが飛び込んできました。
――レジスタンス、壊滅。ハイネシアン帝国がカーボ共和国に対し宣戦を布告。