目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

天人

 ミラさん達はもう牢屋に続く廊下を進んでいました。当然ですね、バルバロッサには捕虜を捕まえておく気がないんですから。ミラさん達もそのことを知っているので、どんどん進みます。ここは帝国の政府が保有する施設ですが、おそらくわざと警備を置かずに放置されていました。


「捕虜を返すならそのまま牢屋から出せばいいのに、なんで助けに来させるっすかねー、皇帝は」


「どうでもいいだけだぬー。返したいわけじゃなくてもう用がないんだぬー」


 レジスタンスの捕虜を奪い返されてもいいということは、欲しい情報はないということでもあり、敵と交渉するつもりもないということでもあるでしょう。バルバロッサにとってレジスタンスは取るに足らない存在なのか、それとも既に壊滅させる算段がついているか……カリオストロさんには悪いですが、ギルドの立場としてはレジスタンスがどうなろうと関係ないですからね。うちの冒険者達が任務を終えて無事に帰ってきてくれればいいので、この状況は私達にとっては幸運というべきでしょう。


 そんな話をしながら目的の場所まで来ると、入り口の扉の前でヨハンさんが不思議そうな顔をしました。


「ん~、なんか嗅いだことのない匂いがするっす!」


 その言葉に、全員が動きを止めて注目します。ヨハンさんが普通じゃない匂いを感じるということは、つまり何か異常事態が発生しているということです。おそらく扉の中に何者かがいるでしょう。ただ、危険が迫っている時には『嫌な臭い』と表現するヨハンさんがこう言うということは、敵とか罠ではなさそうです。


「どんな匂いがするの?」


 シトリンが聞きます。何気にヨハンさんの隣をずっとキープしていますね、ずいぶんと懐かれたものです。噂のハーフエルフが誕生するかも……っと、下品なことを考えてしまいました。


「なんだろう、爽やかな感じで、キラキラ~ってするけど、なんだか変な匂いっす」


 はい、意味が分かりません。


「えっ、私臭います? 毎日お湯で身を清めているんですけどねぇ」


 すると、若い女性のような声と共に扉が開きました。そこにいたのは、自分の腕の匂いをクンクンと嗅ぐ――


「てっ、天使!?」


 その姿を見たミラさんが叫びます。そうです、その女性は、煌く長いブロンドに透き通るような青い目、そして背中に大きな純白の翼を持った姿をしていました。整った顔立ちは、絵画のような美しさを感じさせます。我々人間が考える『天使』そのものの姿をしていました。


 天使とは、光明神トゥマリクに仕える霊的な存在として神話に語られる種族です。そんなものが実在するのも驚きですが、こんなところにいるのが謎です。


『なんてこった、天人セレスティアルが人間の国にいるなんて!』


 セレスティアル? 天使とは違うのでしょうか。トウテツがとても驚いた様子なのは、その天人がここにいることは通常ではあり得ないということなのでしょう。翼の生えている人間なんて、そりゃ……伝説の魔族ぐらいしか見たことがないですからね。


 私はメヌエットのことを思い出して、嫌な気分になりました。管理板に映る天人からは魔族とは真逆の印象を受けますが。


「せれ……何それ?」


 シトリンの質問にトウテツが答えるよりも早く、その天人が喋り始めました。


「人間に獣人、エルフにモンスターまで一緒になって行動しているなんて! レジスタンスの皆さんは種族を超えた信頼関係で結ばれているんですね、素晴らしいです!」


 レジスタンス、ということは彼女は捕虜を解放しに来たレジスタンスを待っていたというわけですね。しかし、町は至る所で火の手が上がり、帝国軍もレジスタンスも消火活動に奔走しています。その状況下でレジスタンスがここに来ると確信しているのは、何故でしょう?


 実際にやって来たのはレジスタンスではないのですが、それに気づいた様子もない。つまり相手の素性を見抜くような能力は持ち合わせていないということになります。そんな人物が、ここでレジスタンスが来るのを待っていた?


「外の騒ぎが収まりつつあります。長話をしている場合じゃなさそうすよ」


 コタロウさんがミラさんにそう言い、サバイバルナイフを構えました。この天人が邪魔をするなら倒すという意思表示でしょう。確かにここで悠長に話している場合ではなさそうですし、この天人はなんだか胡散臭い感じがします。


「そうね、天使だか天人だか知らないけど、私達は急いでるのよ。邪魔するなら容赦しないわよ」


 ミラさんの手にした杖に魔力の光が灯ります。彼女がこんな場所で魔法を使ったら大変なことになるので、あくまでも脅しのためだと思います。


……脅し、ですよね?


「あら、る気ですか? 今日は私の出番もこれだけでしょうし、本気出しちゃいますよ」


 ミラさんの脅しに動揺する様子もなく、笑顔のまま腰の剣を抜きました。あれっ、そういえば彼女の服装……何度も見ているような。


『おいよせっ、姉ちゃん!』


 トウテツがミラさんを止めますが、脅しに屈することなく剣を抜いた目の前の女性に侮られたと感じたのでしょう。ミラさんは目を細め、杖を突きつけました。あのー、この位置関係だと捕虜の方々も丸焼きになるんですけど。ヨハンさん、タヌキさん、シトリンも武器を構えます。


「あらっ、その剣」


 天人がヨハンさんの剣に注目した瞬間、ミラさんがその引き金を引きました。


「ファイアーボール!」


 ああもう、本当に撃ちましたよ。もうちょっと場所をわきまえてもらえませんかね?


「まあ凄い魔力」


 ですが、ミラさんが放った火の玉を、天人は包丁で野菜を切るような気安さで斬り払いました。鉄をも一瞬で溶かすほどの威力を持ったミラさんのファイアーボールは、ジュッと音を立ててあっけなく消滅します。そんな気はしましたが、この女性ひととんでもなく強い!


「うそ……でしょ?」


 さすがのミラさんも動揺が隠せません。当然です。彼女ほどの実力者なら、今この天人がやったことがどれほど凄まじい芸当か手に取るようにわかるはずです。


 この天人が剣に込めた魔力は、一振りで山を根元から吹き飛ばすほどの圧倒的な強さを持っているのです。


「ヨハンアターック!」


 ちょっ、ヨハンさん!?


 無謀にもヨハンさんが剣で斬りかかります。前にも言いましたがそんな技はありませんからね? その剣を難なく自分の剣で受け止めた天人は、まじまじとヨハンさんを見つめました。


「なっ……なんっすか?」


「その剣……もしや貴方は光の勇者では」


 おっと、ヨハンさんの光の剣を知っているようです。さすがに天使っぽい姿をしているだけあります。天人は剣を納め、一同に武器を納めるよう促しました。さすがにこの一瞬で絶対に勝てない相手だと理解したのでしょう、皆が素直に武器を下げました。相手が『光の勇者』に対して悪感情を持っていないっぽいことも、というかそもそも最初から敵意を向けていないこともあって戦いを避けた方が賢明だと判断したようです。当然ですね。


「自己紹介をしていませんでしたね。私はハイネシアン帝国の将軍をしています、イーリエルと申します。レジスタンスの皆さんがどんな人達か知りたかったのでここで待たせてもらいました。まさか光の勇者まで参加しているとは思いませんでしたが」


 将軍!? そうでした、彼女の服装はハイネシアン帝国の軍服です。それも先日の式典で見た高位の軍人が着ていたもの。それはともかく、なんで異種族が帝国の将軍なんてやっているのでしょうか。単純に強さを買われて? 戦争に不死王リッチを持ち出すような国ですから、その可能性は高そうです。


「うふふ、なぜ私が帝国の将軍なんてやっているのかと疑問に思っていますね? レジスタンスの皆さんでも私を知らないように、私は表に出たことのない将軍です。なぜなら私は……」


「何なの?」


 言葉にため・・を入れるイーリエルに、続きを促すシトリン。敵が強すぎるからしょうがないですが、時間がどんどん過ぎていきますよー。不味いですよー。


「すぐ道に迷うので一人で外に出られないんです!!」


 ええーっ、すごくどうでもいい!


 とんでもない強さと捉えどころのないとぼけた言動で冒険者達を翻弄する天人の将軍。彼女との出会いは、ギルドに何をもたらすのでしょうか?


 とりあえずさっさと捕虜を解放して逃げましょうよ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?