ソフィアさんの一行は広大なソフィーナ帝国の領土を横断して東側の海岸線を北上します。途中でいくつもの小国を通過したのですが、どこの国でもソフィアさんは同じ扱いでしたね。いつも帝国中を歩き回っているのでしょうか?
「落ち着いたらのんびり観光したいわねー」
マリーモさんが高速で通りすぎる町の風景を見ながら呟きます。ソフィーナ帝国領の国々はどこも発展していて綺麗な街並みなので、観光旅行をすると楽しそうですね。治安もいい方ですし。
そんな立派な治世をしているはずの皇帝陛下は国をほっぽり出して冒険者やってますし、国政を取り仕切っている宰相は偽者に任せてカーボ共和国に行ってますけど。誰がどうやってこの帝国を維持しているんでしょうね?
「上から余計な指示が来ないから領主達がのびのびと国を治めているのよ~」
恋茄子の指摘。なるほど、そういう効果もありますか。野心的な王侯貴族がいたら一気に国が荒れそうですが、その辺は突然やってくる皇帝陛下の存在がいい方向に作用しているのかもしれません。
そんなことを考えているうちに、ソフィアさん達を乗せた馬車はムートンに到着しました。
「もう着いたんだ! この馬車速いね!」
ラウさんがはしゃいでいます。そうですね、馬車というと普通の馬が引いて走るのでそんなに速度が出ないと思われがちですが、開拓が始まって早いうちに導入された『角なしユニコーン』の馬車は長時間走り続けても馬が疲れず、速度も通常よりかなり出るので移動にかかる時間がかなり短くなりました。
ユニコーンは大きな一本の角を持つ馬のモンスター(特定の人間に危害を加えるためモンスター扱い)ですが、この角なしユニコーンは魔法で作られた改良生物です。本来のユニコーンの身体能力を持ち、厄介な性格と危険な角を無くした馬を品種改良で作り出したそうですが、どういう仕組みで生み出されたのかは秘密です。秘密というのは、
「さて、私とアルベルはムートンのブタ族と対話を試みますが、ラウさんとマリーモさんには黒幕を探して頂きたいのです」
「黒幕って、宰相じゃないの?」
「これまでの情報からユダが何か企んでいる可能性は高いのですが、まだ彼が犯人だと確定したわけではありませんからね。お二人は先入観を捨てて調査をしてください」
おや、ソフィアさんは何か考えがあるのでしょうか。今のところユダ以外に考えられないのですが、単に決めつけは良くないという真っ当な意見かもしれませんね。先入観で足をすくわれることもありますし。
そんなわけで二人ずつに別れて行動するようです。これは当初の予定通りですが。
「止まれ!」
マリーモさんラウさんが森の中に身を隠し、ソフィアさんとアルベルさんが山道を進んでいくとブタさん達が斧を持って現れました。ヨハンさんが来た時と同じ状況ですね。先頭にいるのはイベリコさんです。アルベルさんが剣を抜いてソフィアさんの前に立ちますが、それを制してソフィアさんが前に歩み出ます。
「ブタ族の皆さんですね。私はソフィーナ帝国皇帝ソフィーナ・ヴァルブルガ・アマーリア・ヴィルヘルミーナ・フォン・クレルージュです。断交宣言の件でお話をしにきました」
「知っている。最近あなたのお友達がエルフを連れてやってきたよ。私は船大工の親方をしているイベリコだ」
「お友達ですか?」
イベリコさんの言葉にソフィアさんが眉をひそめます。そういえばヨハンさんがムートンに向かったって伝えていませんでしたね。
「ヨハン君だ。彼と一緒にエルフの女王を救出したと聞いたが」
「ヨハンさんが来たんですか!? 確か闇エルフの国にハイネシアン帝国の侵攻を伝えに行っていたはずですが」
ソフィアさんがさり気なくハイネシアン帝国の話を出します。あちらの侵攻とブタ族の断交宣言は無関係ではなさそうですからね。ブタ族にその意図があるのかは疑問ですが。
「闇エルフの国に? 一緒にいた子は普通のエルフだったが」
「ああ、シトリンさんですね。彼女は以前闇エルフの国に乗り込んで闇エルフと和解した貴重なエルフなのですわ。きっと今回も仲の悪いブタ族と和解するために来られたのでしょう」
ソフィアさんの言葉は穏やかな口調でしたが、言外でブタ族の非難を狭量な態度だと責めているように感じます。イベリコさん達もそれを感じ取ったのか、ちょっと居心地の悪そうな様子を見せていますね。
「彼等はソフィーナ帝国とジュエリアの同盟という話は聞いていないと言っていた。本当のところはどうなのか、皇帝本人の口から聞きたい」
イベリコさんは問い詰めるような態度ですが、彼の言葉を聞いたソフィアさんは何やら嬉しそうな顔をしました。
「それはつまり、あなた方はヨハンさんとシトリンさんの話を聞いたのですね。エルフの話にも耳を傾けてくださるなんて、話の分かる人達で助かります。もちろんシトリンさんの言う通り、ソフィーナ帝国とジュエリアの同盟なんて話はありませんわ」
「それを聞いて安心した。ヨハン君にも指摘されたのだが、我々は話を持ってきた人間の言葉を無条件に信じてしまったのだ。特に長老が頑なな態度を崩さないので少々困っていてね」
「長老?」
「我々のリーダーである、ラージ・ホワイト様だ。ご高齢のため近年は家から出ず扉越しに指示されているが、彼の言葉はブタ族にとって絶対なのだ」
「扉越しに……?」
イベリコさんの話を聞いたソフィアさんは、顎に手を当てて考え込みました。大体何を考えているのかはわかります。アルベルさんも同じように考えているようですね。会話が途切れたところに発言をはさみます。
「失礼、一つお聞きしたいのですが。その家にこもってしまった長老殿とは皆さんはまったく顔を合わせておられないのでしょうか?」
「ああ、家から出てこられないからな。こちらから中を覗くのは失礼だし、わざわざ顔を見ようとも思わなかった」
「では、最後に顔を合わせたのはどなたでしょうか?」
「最後か……最後というと、あいつかな?」
イベリコさんが隣にいるブタさんに確認しています。
「カリオストロだね。あいつが出ていったのは何年前だっけ?」
カリオストロ!?
「あら、そのカリオストロさんは長老とどういう関係ですの?」
ソフィアさんが知らない名前ですといった態度で質問します。さすが、知らんぷりさせたら世界一の人ですね。
「あいつはブタ族には珍しく頭の切れる奴だったので、カーボ共和国との交易で交渉をしていたのだ。その役目から長老とも頻繁に相談していたが、長老が家にこもるようになってからしばらくしてムートンを出ていってしまった。もっといい商売を探すと言っていたが、どうしているのやら」
イベリコさんは嘘をついてはいませんね。つまり、ムートンのブタさん達は今のカリオストロを知らないということです。ただ、長老はどうでしょうか?
「わかりました。それでは長老のラージ・ホワイトさんとお話させてください。そちらから一方的に非難して、当事者である皇帝と話もしないなんてことはありませんよね?」
ソフィアさんが自由すぎるので忘れがちですが、多くの国家を統治する皇帝陛下ですからね。皇帝陛下自ら足を運んでいるのに対話を拒否するとなったら、ソフィーナ帝国の軍が攻めてきてもおかしくないほどの非礼ですよ。
「分かった。長老の家へ案内しよう」
……などと話をしている裏で、マリーモさんとラウさんはもう長老の家に向かっているようです。何かを嗅ぎ取ったのでしょうね。さて、何が出るのでしょう?