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第91話 鏡の中の『私』、それは切望(前)

■ その91 鏡の中の『私』、それは切望 (前)■


 きっと、桜雨おうめは大丈夫。絶対、大丈夫。だって、水島先生がいるから…。

 私じゃぁ、駄目。私じゃぁ、桜雨の涙を止めてあげられない。

 いつから? 生まれた時から、桜雨の隣にいたのは私なのに。いつも手を繋いで、どこに行くのも、何をするのも私と一緒だったのに。一緒に泣いて、一緒に笑って、一緒に怒られて…。勉強も、スポーツも、護身術も、家の手伝いも、龍虎りゅうこの事だって…


「… か… 桃… 華… 桃華ももか!」


 グッと肩を強く握られて、桃華ちゃんはハッと気が付きました。目の前に、自分の顔がありました。キラキラ光る鏡に突っ込んでいく直前でした。


「… あ、ありがとうございます」


 少し後ろで、笠原先生が心配そうに見ています。


「はい、深呼吸」


 笠原先生は掴んでいた肩を放して、背中をポンと押しました。桃華ちゃん、何度か大きく深呼吸をして、気持ちと頭を落ち着かせようとします。

けれど、主の事となるとなかなか難しいようで… 深呼吸が止りません。


「まぁ、気になりますよね」


 ギュっと大きな体が、桃華ちゃんを背中から包み込みました。

 笠原先生、ショック療法ですか? そうだとしたら、大成功です。桃華ちゃん、深呼吸どころか今度は普通の呼吸も止まっています。ドキドキどころの騒ぎじゃないみたいです。


「落ち着きました?」


 抱きしめたまま、笠原先生は桃華ちゃんの頭を優しく撫でます。


「こ… コンプライアンス違反…」


 ヒュッと、ようやく出た息が、掠れた声になりました。


三鷹みたかのこと、言えなくなりましたね」


 クスっと笑って、笠原先生は桃華ちゃんから一歩離れて、自分のボディバックから桃華ちゃんのかんざしを取り出しました。激しいアトラクションばかりだったので、簪を落として無くさない様にと、コーヒーカップに乗る直前に笠原先生が預かっていたんです。

 桃華ちゃん、笠原先生が放れてホッとしたような残念なような… でも、背中が寂しく感じたのは確かみたいです。


「失礼します」


 笠原先生は後ろから、そっと桃華ちゃんのポニーテールに簪を挿しました。


「ここは、確認しやすいですね」


 周りは鏡だらけなので、笠原先生の言う通り、顔を動かしたりしなくても簪の様子がよくわかります。桃華ちゃんの表情も、よく見えます。疲れたような、悲しいような、戸惑っているような… いつもの自信と強気に溢れている表情じゃないです。それでも、肌に赤味が戻ったのは、さっきのショック療法の成果でしょうか?目の前の鏡に映る桃華ちゃんを覗き込むように、笠原先生は細い両肩を優しく掴んで、桃華ちゃんの顔の横に自分の顔を寄せました。


「三鷹が白川を想うように、貴女の事を想う男が居ることを、たまにでいいので思い出してください」


 鏡の中で、お互いの視線が交差します。いつもは眼鏡で隠れている瞳が、今日は真っすぐに自分を見ているのが分かって… 桃華ちゃんは恥ずかしいんですけど、目をそらしたら『負け』だと思っていました。というか、視線を外せないんですよね。見ていたいんですよね、笠原先生の瞳。


 桃華ももかちゃんは、挿してもらったかんざしに、そっと手を添えました。簪を贈る意味は『お守り』・『お前を守る』。


「先生が私の傍に居てくれるのは、兄さんの妹だから?」


「まぁ、入り口はそこでしょうね。

けれど、それは『きっかけ』にしかすぎませんね」


 真横で聞こえる笠原先生の声に、桃華ちゃんはまたまたドキドキです。



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