■その94 悶々としているのは「お兄ちゃん」ばかり?■
リビングで、遊び疲れた主達が身を寄せ合って眠っています。
寝ぼけ眼の双子君達をお風呂に入れたのは、梅吉さんと
夕飯は、主と桃華ちゃんのお母さんが作っておいてくれました。けれど、ちゃんと食べられたのは保護者組だけでした。主達はよっぽど『お化け屋敷』が怖かったみたいで、お父さんや梅吉さんにお布団を運んで貰って、皆で白川家側のリビングで寝てしまいました。ローテーブルを仕舞って、まるでお泊り会です。
満足げな主達の寝顔を見ながら、大人は東条家側のリビングで大きなダイニングテーブルで夕飯タイムです。
今夜は、カレーです。主達が夕飯を食べずに寝てしまっても、明日の朝食に出来るからと、計算済みでした。サラダが3種類と、スープ付きです。
笠原先生が撮っていた動画や写真は、家族のグループLINEにUPしました。そうです、笠原先生と三鷹さん、主達の家族のグループLINEに入っています。
主のお母さんの美和さんと、桃華ちゃんのお母さんの美世さんは、サラダを食べながら動画を見て、楽しそうにお話ししています。
「梅吉君、笠原君、三鷹君、今日はありがとう。
テスト前で忙しいのに、
主そっくりの美和さんが、優しく微笑みながらお礼を言います。
「もとはと言えば、射的でチケットを獲ったのは、俺と三鷹ですから」
笠原先生、アルコールよりカレーのようです。ガツガツ食べています。
「あ、射的と言えば、あのゾンビのシューティングゲーム、俺の記録抜いたって?」
「三鷹さんも、
写真の中に、歴代順位の刻まれたプレート・電子掲示板もありました。美世さんがワイングラスを傾けながら、隣でモソモソと食べている桃華ちゃんのお父さん、勇一さんにスマートフォンの画面を見せました。勇一さん、ウンウンと頷いています。
「今度は、全員で行こう」
「修二君、悔しいんでしょう?」
3本目のビールの缶を開けた修二さんに、美世さんが茶化すように言いました。
「べっつにぃー。こんな子供だましのゲームなんかで…。まぁ、あれだよ、ほら、たまには家族サービスしないといけないだろう」
図星を突かれたのを誤魔化しながら、修二さんは隣の美和さんのスマートフォンの画面を覗き込みました。
「家族団欒は、大切ね」
美世さん、クスクス笑いながら、三鷹さんや笠原先生にカレーのお代わりを聞きます。三鷹さんも笠原先生も、空になったお皿を出しました。
「で、悪い虫は寄り付かなかったんだろうな?」
修二さんの一番の心配事は、そこですね。今朝も、心配過ぎて自分も行くと駄々をこねて、美世さんに怒られて、美和さんにお店まで引きずられて行ったぐらいですから。
「… あのさ」
それまで、一言も喋らないで黙々と食べていた梅吉さんが小さく声を出しました。
「あ、すみません。悪い虫は俺です。ご心配なく、未遂ですから」
梅吉さんが次の言葉を出す前に、笠原先生がサラッと答えました。
「あら、笠原君、『害虫』だったの? 私はてっきり、『益虫』だとばかり思っていたわ」
笠原先生の自白に、驚いた人はいません。美世さんは口調も態度も変えることなく、2杯目のカレーを渡しました。ただ、勇一さんが食べる手を止めて、ジーっと笠原先生を凝視しています。
「美世ちゃん、こんな素敵なナイト様を『虫』扱いは失礼よ」
美和さんに言われて、美世さんはクスクス笑いながら続けます。
「あら、自分から『悪い虫は自分です』って告白したのよ。まぁ、家族のグループLINEに入っておいて、今更も良いところだけどね。でも、本気? 教師や兄の友人として、ではなく?」
不意に、美世さんの下がり気味の目尻に、キュッと力が入りました。口元から、スッと笑みが消えます。
「生半可な覚悟ですと、痛い目を見るのはよく理解していますよ」
初めて見る美世さんの真剣な表情に、笠原先生は動揺することなく、真正面からその強い視線を受けて答えます。
「消えない傷を負ったり、最悪、命を落としても?」
「それぐらいの覚悟がなければ、梅吉に殺されます。娘さんが俺の事を『要らない』と言わない限り、俺は彼女を裏切ることはないですよ」
スッと、笠原先生の視線が美世さんから、正面に座っている梅吉さんへと移りました。
「分かったよ、分かった。わーかーりーまーしーたー」
梅吉さん、いじけたように両手を小さく上げて、面白くなさそうに言いました。
「ってかさ、コンプライアンス違反だけは、ホント気を付けてくれよな」
「せめて誰も居ない、梅吉の見えないところで、にしますよ」
ニッと笑って、笠原先生は2杯目のカレーを食べ始めました。
「いや、だから、そこは三鷹を見習ってくれよ」
梅吉さん、二枚目の顔が崩壊しかけていますよ。
「まぁ、自分の身になってみると、つくづく思いますね。三鷹、よく我慢できていますね。素直に尊敬しますよ」
「最低限のスキンシップで我慢している」
三鷹さん、チラッと修二さんを見ました。修二さんはその視線を、鼻で笑って一掃します。
「聖職者とやらが、聞いてあきれる」
小馬鹿にしたように言って、修二さんは4本目のビールの缶を開けました。
「まぁ、年頃の人間ですからね。正常な証ですよ。理性もちゃんとありますので、ご安心ください」
気にも留めず、笠原先生はケロっと答えながらカレーを食べ進みます。三鷹さんも、特に気にしてないようです。
「まぁ、もう少しで受験だから、親としては勉強に集中しなさい! って言わなきゃいけないんでしょうけれど… ようやく浮いた話が出来たから、バランスよくね。としか言えないわ」
「桃華ちゃんは、進学でしょう?
やっぱり、お嫁さんかしら? なら、年明けには式場を見に行かないと、卒業してすぐにドレスが着れないわ」
「ドレスと言えば、文化祭のファッションショー、素敵だったわね」
お母さんコンビは、随分と呑気ですね。サラダの食べ比べをしながら、楽しそうです。
「お嫁さん? ダメダメダメ、まだダメ!!」
『お嫁さん』の言葉に、修二さんが過剰反応しました。立ち上がって、三島さんに向かって行こうとする修二さんの腕を、美和さんが確りと掴みました。
「そんなこと言ったら、修二さんが桜雨に嫌われちゃうわ。家から飛び出して行って、もうこの家に帰って来てくれないかも…」
主とそっくりな顔で、眉をハの字にして下がっている目尻を更に下げたら…
「… あ… うん… うん… でもお嫁には… うん… パパはぁぁぁぁぁぁぁ…」
苦悩しています。修二さん、頭を抱えて座り込んでしまいました。
「久しぶりに聞いたわ、修二君の『パパ』」
そんな修二さんを、誰も気にしません。気にしないどころか、美世さんは笑っています。
「あ、そうそう、これは教員としての相談とお願いなのですが…」
場が和んだ所で、笠原先生が相談を持ち掛けました。美和さんに取り分けてもらったサラダを、ムシャムシャと食べながら。