■その97 転校生は問題児・彼に与えられた新天地 ■
佐伯君の荷物は、殆どありませんでした。制服や教科書といった学校関係の物と、剣道の物。後は、生活に最低限必要な物。
笠原先生が手配した『引っ越し部隊』は、あまりの荷物の少なさにオートロックマンションから荷物を引き上げるのに、予定していた時間の4分の1もかからなかったそうです。
笠原先生の部屋は、殆ど引っ越ししてきたままでした。荷解きされていたのが2割ぐらいだったので、佐伯君用に一部屋空けるのは楽ちんでした。まぁ、食事は主の家や
新居の荷解きと掃除は、梅吉さん、三鷹さん、笠原先生がお手伝いです。と言っても、ほとんどやることないですね。
「随分と、綺麗な教科書ですね」
「使ってねーもん」
笠原先生は、教科書をチェックしながら呟きました。教科書は同じものを使っていたので、転校しても買い換えていません。それなのに、どの教科書も新品同様だったので。佐伯君、悪気なくケロっと答えながら、洋服の整理です。
「皆さん、お疲れ様です。三鷹さん、秋君のお散歩、行ってきます」
室内が整った頃、主がワンコの秋君を抱っこして、開けっぱなしの玄関にヒョッコリと顔を出しました。
「
「お買い物もしたいから、桃ちゃんや
お引越しでパタパタしているせいか、秋君も落ち着かないみたい」
梅吉さんに聞かれて、桜雨ちゃんは抱っこしている秋君をヨシヨシしました。
「俺も行こう」
三鷹さん、窓にカーテンを付けていたんですが、残りをサササーっと済ませて、主の元へと向かいました。笠原先生、カーテンすら付けていなかったんですね。
「あ、じゃあさ、皆で行こう。佐伯君に、商店街を案内してあげよう」
「じゃぁ、タイムセールに寄りたいんで、荷物持ちをお願いしたいな」
梅吉さんのアイディアに、主は嬉しそうにお願いします。秋君の右腕をフリフリしながら。
「もちろん、喜んで」
梅吉さん、右手でOKサインを出しながら、三鷹さんと並んで靴を履きます。
「ほら、行きますよ」
「え、俺… 買い物?」
話の流れに付いて行けていない佐伯君の背中を、笠原先生がポンと叩いて、玄関へと促しました。
今日の秋君のお散歩は、大人数です。主、桃華ちゃん、双子君達、梅吉さん、三鷹さん、笠原先生、佐伯君… 総勢8人です。秋君、賑やかなお散歩に大満足の様で、足取りも軽いです。
テスト前なので、主と桃華ちゃんはいつもの様に問題を出し合いながらです。たまに、梅吉さん達が問題を出したり、双子君達が気になった答えの解説を求めたりしました。そんな時は、先生たちが分かりやすく解説をしてくれます。もちろん、佐伯君にも問題を出します。嫌がったり、怒鳴ったりすると思いきや… 案外、素直に答えます。佐伯君、正解率2割です。間違える度に、出題者が正解と解説をします。
途中、スーパーのタイムセールに皆で寄りました。佐伯君、初めてのタイムセール参戦でした。
保護者組の3人は戦利品を抱え込みながら、お散歩の後半スタートです。主と桃華ちゃん、佐伯君も、エコバックを下げています。秋君のリードは、主から
「あら、随分と大荷物ね」
そんな一団が理容室の前を通ると、中から店長の坂本さんが出て来ました。
耳が隠れるぐらいの黒いショートカットに、切れ長の瞳とスクエアー型の眼鏡。長身細身で柔らかい物腰で、今日も優しくて、落ち着いた雰囲気を纏っていて、双子君達も坂本さんは大好きです。
「「坂本さん、こんばんはー」」
双子君が元気よく挨拶すると、坂本さんは2人の前にしゃがみ込んで、視線を合わせてくれました。
「龍虎君、今日も可愛いわ~。こんばんは。秋君も、こんばんは。
先日は、お土産ありがとうね。お姉ちゃんたちから頂いて、スタッフ皆で頂いたわよ」
秋君、坂本さんのお膝に前足をちょこんと乗せて背中を伸ばすと、しっぽをフリフリしてご挨拶です。
「遊園地、とっても楽しかったよ。坂本さんも、今度は一緒に行こうよー」
「うん、行こうー。
岩江さんや、サクさんも、皆で行こー」
「そうね、お休みが重なった日にでも、行こうか?」
お誘いに、坂本さんはニコニコです。
「約束だよ」
「約束、約束」
「はい、約束ね」
坂本さん、順番に双子君達と指切りです。
「坂本先輩、紹介します。ファミリーの新しいメンバー、
突然の引っ越し、皆での賑やかな散歩に、スーパーのタイムセール、これまでの流れに完全に付いて行けてなくて、戸惑って大人しくなっていた佐伯君を、梅吉さんが紹介しました。
「ふーん…。
私、この理容室の店長で、坂本です。困った事があったら、なんでも相談に乗るわよ。勉強はそちらのお兄さん方が専門だから、それ以外ね。恋愛相談が一番得意よ。まっ、これから、よろしく」
坂本さん、スッと立ち上がって自己紹介すると、右手を差し出しました。
「… 佐伯倉之進っす。宜しくお願いします」
佐伯君、坂本さんの雰囲気や身長に威圧されつつも、エコバックをぶら下げたまま、坂本さんと握手をしました。
「他にもスタッフがいるんだけれど、今、ちょっと忙しいから、今度紹介するわね。お散歩、気をつけてね」
坂本さん、双子君達にチュッ! と投げキスをして、お店に戻りました。
「あの人…」
投げキスに、佐伯君はまたまたビックリです。
「見たまんま。けど、腕っぷしは強いよ。今の坂本さんだけじゃなくて、このお店のスタッフさん、殆ど腕っぷし強いから、喧嘩売ったら駄目だよ」
梅吉さんは佐伯君に釘をさしながら、ポンポンと背中を軽く叩いて一緒に歩き出しました。