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第258話 雪と温泉・気になるあの子

■その258 雪と温泉・気になるあの子■


部屋分け


椿つばきの間』

 勇一、美世、修二、美和、和美、和桜なお冬龍とうりゅう夏虎かこ


牡丹ぼたんの間』

梅吉、三鷹みたか、笠原、小暮、佐伯さえき、近藤、岩江、工藤


山茶花さざんかの間』

桃華ももか桜雨おうめ、田中、大森、松橋、三島、坂本、高橋、



 主は宿のお部屋に戻ると、脱いだスキーウエアをハンガーにかけるのもそこそこに、自分の鞄からクロッキー帳と色鉛筆を出して、テーブルで一心不乱にクロッキーし始めました。その集中力はいつもの事だから今更おどろくことも無く、お風呂に誘いに来た三鷹みたかさんは主の向かいに座って、主を見ながらお茶を飲みはじめました。主の左の薬指にはまっている緑色のガラスのリングが、たまに蛍光灯の下でキラっと光るのを見て、三鷹さんは少し嬉しいみたいです。表情には出ませんけどね。


「あら、まだやってたの? 2人とも、すごい集中力ね~」


 温泉ですっかり温まった坂本さんが、ふすまを開けた光景に呆れています。主は、桃華ちゃんや坂本さん達のスノーボード組が帰ってくる前から描いていて、皆が温泉に行って… 一番先に帰って来たのが坂本さんでした。1時間半は経ってますね。三鷹さんは、そんな主をずっと見ていて… まぁ、呆れますよね。


「どうした?」


「あら、邪魔しちゃったかしら? ごめんなさい」


 そんな主の手が、ピタっと止まりました。『完成!』して止まったのとは違うと主の表情からも分かって、三鷹さんは身を乗り出して、坂本さんは後ろから覗き込んで、クロッキー帳を見ました。少し小さめのクロッキー帳には、皆が楽しく滑っている様子があちらこちらに何ページにも渡って、単色でクロッキーされていて…


「スキー組も、楽しんだみたいね~。こっち(スノーボード組)は暴走族みたいのがいたわ」


 クロッキーを見る坂本さんのお顔も、楽しそうです。スノーボード組の暴走族は、修二さん、佐伯君、岩江さん、高橋さん辺りでしょうね。


「この子は?」


 そんな中、三鷹さんが右の少しだけ下の方に、青の色鉛筆で描かれている子を見つけました。ショートカットにニットのワンピース、ブーツを履いたその子の顔は…


「お顔が、思い出せないの」


ありません。のっぺらぼうです。


「もしかして、休憩の時から言っている子か?」


「うん。… ちゃんと、お顔を見てお話ししたんだけれど」


 主が『描きたい』と思った人のお顔を忘れちゃうなんて、とっても珍しいです。青い色鉛筆に絡めた指が、思い出そうとして上下左右小刻みに動いています。


「なになに? 新しい出会いでもあった? 話してごらんなさいよ」


 坂本さんに楽しそうに言われて、主は休憩所で出会った女の子の事を話しました。三鷹さんとは会っていない事、宿に戻る前に雪だるまの近くに居た事、そして、なんでかその直前に『一瞬だけ自分だけが吹雪の中に居た』と錯覚したことも、お話ししました。本当は、三鷹さんが心配するから言わないでおこうと思っていたみたいなんですけれど、坂本さんにはちゃんとお話ししておいた方がいいと、主は思ったみたいです。


「その子、怖~い感じの子? それとも、寂しい感じ?」


 坂本さんは鞄の中からスキンケア一式を取り出してテーブルにズラっと並べて、大きな携帯鏡を開きました。


「怖くはなかったかな? 寂しい…? それも、ちょっと違うかな?」


 坂本さん、主の話を聞きながらスキンケア開始です。厚めのコットンに化粧水をタップリ染み込ませて、それを肌に置くようにつけていきます。


「… 迷子になっちゃって心細いとか、どうしようとか… 悲壮感とかは、感じなかったよ。私が絵が描けるって言ったら、喜んではいたんだけれど、やっぱりお顔が思い出せないな」


「ウェアじゃなくてニットワンピだったなら、裏のホテルに部屋をとってるんじゃないかしら? それなら、ゲレンデで会えなくても、帰れば良いだろうし」


 坂本さん、2回目の化粧水塗布です。


「そっか。ゲレンデに隣接したホテル、ありましたもんね。じゃぁ、今頃、お母さんとお風呂入ってると良いな」


 主はホッとして、自然と色鉛筆を動かしました。のっぺらぼうだったお顔が、あっと言う間にニコニコ顔になりました。


「あら、可愛い」


「何となくだけど…」


 青いニットワンピースの女の子のお顔、どこか主に似てません?


「あ、桜雨ちゃんさ、いつもの持ってるの?」


坂本さんに聞かれて、主はニコッと笑ってニットの裾を少し捲りました。スカートのベルト通しに下がっている僕を見て、坂本さんはウンウンと少し大げさに頷きました。僕、今は『何かのキャップ?』のキーホルダーになってますけど、本当は折りたたみ傘だったんですよね。事故で主のクッションになって、持ち手の部分しか残らなかったんです。ボロボロのカエルのシールの付いた、丸い持ち手。三鷹さんは、シールが取れない様にレジン加工して、キーホルダーにしてくれたんです。だから主は今まで以上に、僕を持ち歩いてくれているんです。


「何か変なことが起ったら、それ、強く握りしめるのよ。後、ガラスの小さなカエルは? 最近、沢山持ち歩いて、配ってたわよね?」


 和桜なおちゃんにも、一つあげてましたよね。坂本さん、美容液の次に、パックをし始めました。


「事故の時、鞄に入っていたから、全部粉々になっちゃいました。あの後、忙しくて作ってないの」


 そうなんです。あのガラスのカエル、主の手作りなんですよね。バーナーとガラス棒で、チマチマ作っていたんです。


「あら、残念。じゃぁ、今回はその『カエル』だけ?」


 僕の事ですね。

 僕、頑張って主を守りますよ!!


「あ、いつもはお家に置いてあるんだけど…」


 言いながら、主はお荷物の中をゴソゴソ… 土を焼いて作られた鈴で、緑に塗られたカエルの顔をしている物が出て来ました。主の手のひらサイズです。


「あら、可愛いじゃない」


「頂き物です。何となくなんですけど、持って来ちゃいました」


 坂本さんは、ふ~ぅぅん… と言いながら、主の手のひらに乗った土鈴を凝視してます。パックしてるから、お顔動かしちゃいけないんですか? 表情が無くて、怖いですよ。


「… いいもの頂いたわね。桜雨おうめちゃん、嫌な事があったり、いやな空気がまとわりついている時は、この鈴を鳴らすといいわ。それと… そろそろ温泉に浸かってらっしゃいよ。出てきたら、ガッツリスキンケアしてあげるから」


「あ、嬉しいです。入ってきま~す」


 坂本さんが鞄の口を大きく広げて、中身を見せてくれました。… 化粧品がいっぱいです。坂本さん、皆のスキンケアするつもりですかね?


 主はクロッキー帳と色鉛筆を鞄の上に置いて、さらにその上に土鈴のカエルをちょこんと置きました。そして、お風呂セットを抱えて、三鷹さんと嬉しそうにお部屋を出ました。


「三鷹、混浴じゃないからねー」


 その背中に、坂本さんが楽しそうに声をかけました。



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