■ その266 雪と温泉・初夢で欲張って■
広くてあっっっったかい温泉に浸かって、
こんなに体が冷えきるまで、外にいなきゃよかった。
ガラスの向こう側は、ここより少し温度の高い露天風呂があるはずなんですが、激しい吹雪でなにも見えません。
「サクさんに、感謝だわ」
あのまま、もう1分でも佐伯君と
「俺の回し蹴り、カッコよかった?」
桃華ちゃんの右隣では、縁に頭を預けて目元をタオルで隠した高橋さんが、うつらうつらしていました。
「メチャクチャ、カッコよかったです。それに、命拾いしましたし」
「桃ちゃん、ワガママ言って、ごめんね」
桃華ちゃんの左横では、主がシュンとして温泉に浸かっています。
「あれは、水島先生が悪いわ。あの人、大人なのだから、ちゃんと大人として判断してくれないと。
桃華ちゃん、相変わらず三鷹さんにはキツいです。吹雪の中での互角稽古延長をリクエストしたの、主なんですけどね。乗っちゃった佐伯君も佐伯君ですけど。
「死ななかったから、いいんじゃね? ってかさ、なんで厚着してなかったんだよ? 風呂、はいるつもりだった?」
高橋さん、動くのは口元だけです。
「筋肉痛がひどくて、着替えるのが大変なんです」
「梅吉兄さんのストレッチ受けてこれだから、やってなかったら、お布団から出れなかったかもね」
昨日、いっぱい遊びましたもんね。
「だから、さっき脱ぐのもぎこちなかったのか。てっきり、体が冷えすぎたからだと思ってた。… あ~、大森ちゃん達が布団から出てこないのも、筋肉痛か?」
主と桃華ちゃんが廊下の騒ぎに気がついた時は、まだ皆寝ていましたね。
「そうかな?」
「まぁ、この天気でスキーもスノボも無理そうだから、今日は丸1日ゆっくりすればいいわよね~」
桃華ちゃん、身体中をモミモミ。
「そう言えばさ、桜雨ちゃん、なんかいい夢見てた? 夜中たま~に、ウフフって、楽しそうな笑い声が聞こえたから。初夢が楽しそうで良いなと思ってさ」
「やだ、私、寝ながら笑ってました? 恥ずかしい…」
高橋さんに聞かれて、主は思わず両手でお顔を覆いました。
「可愛い、可愛い。グフグフってなら、気持ち悪いけどな。可愛いし、幸せそうだし… どんな夢みてんだろうって、思ったんだよ」
「え~っと… 雪が降る中で、出会った頃の三鷹さんが、小学生の私を抱き上げてくれて… そうしたら、雪が桜吹雪になって、三鷹さんも私も、今の姿になってて」
主、思い出しながら、また幸せそうなお顔です。そんな主を、桃華ちゃんはちょっと複雑な思いで、高橋さんは鼻の辺りのタオルを少しあげて盗み見しています。
「夢だって分かっているんだけど、抱き締めてくれる強さと温もりが嬉しくて、でも恥ずかしくて、もっと触れ合いたくて…。三鷹さんは優しく微笑んでくれていて… って所で、目が覚めちゃった。でも、なぜか羽織を羽織ったまま寝ていたし、大きな羽織を握っていたし… あれ、三鷹さんのだと思うんだよね。顔を埋めたら、三鷹さんの匂いがしたから」
主、お顔がフニャッフニャッですよ。
「あれ? 覚えてない? 昨日、夕飯食べながら寝落ちして、水島さんが運んでくれたこと。あ、寝てるんだから、分かるわけないな」
自分の言葉に笑いながら、高橋さんは目隠しのタオルを取って、主と桃華ちゃんの方を向きました。
「やだ、子どもみたい。でも、おかげで、いい夢みちゃった。途中で起きちゃったのは、残念だけど」
「途中って?」
桃華ちゃんは『夢の話し夢の話し』と、自分に言い聞かせながら、聞きます。
「… あれ以上に触れて欲しいなって、思っちゃった。ホッペにチュ、はしてもらったことあるから、夢の中ぐらい、唇に… って。やだ、私ったら、はしたないなぁ」
主、夢の三鷹さんを思っているんですか? ちょっと瞳を伏せて、そっと人差し指で唇を触れて… それ以上の想像が出来なかったようで、パチンって両手で紅くなったホッペをサンドイッチにしました。
「おねだり、すれば?」
ニヤッとした高橋さんを、桃華ちゃんは思わず睨み付けました。
「桃華ちゃんだって、笠原さんにおねだりすればいいんじゃね?」
高橋さんは桃華ちゃんの睨みを気にもしないで、それどころか、追い討ちをかけます。
「な、そんな… じゃ、じゃあ、サクさんはどうなんですか!?」
「俺!?」
桃華ちゃんの反撃です。
「え~、サクさんは大人だし、工藤さんと一緒に住んでいるんだから、キスぐらい挨拶だよ~」
「お宅らのご両親と俺たちを、一緒にしてくれるなよ~」
主に「あたりまえ」のように言われた橋さんは、再びお風呂の縁に頭を預けて、タオルで目を隠しちゃいました。
「俺、以外と繊細よ?」
ふざけた口調で高橋さんが言うと、主と桃華ちゃんはお顔を見合わせて、クスクス笑います。そして、他にお客さんが居ないのを確認した桃華ちゃんは、優しくて歌い始めました。
「あ、モジュ-の新製品、滑らかキャンディアイスのCM!」
主の嬉しそうな声に、桃華ちゃんは人差し指を振りながらウインクすると、主も一緒に歌い出しました。