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第276話 雪と温泉・いつもの時間へ

■その276 雪と温泉・いつもの時間へ■


 カタコトカタコト… 新幹線の揺れは心地よく、昼食の駅弁を食べた主達は、皆でお昼寝タイムです。特に、早朝から大仕事を片付けた勇一さんと修二さんは、それぞれの奥様に寄り添って大イビキです。美和さんと美代さん、真横でイビキが響いていても嫌な顔一つしないで、優雅に食後の缶珈琲を飲んでいます。


「よく、そのイビキの隣で、涼しい顔で珈琲飲んでいられますね」


 疲れ切った顔の小暮先生が、通路に立ちました。


「何年、連れ添っていると?」


「小暮先生のご両親も、同じよ~」


 美世さんと美和さんは、クスクス笑いながら言いました。


「まぁ… 同じでしょうね。あの二人の仲睦まじい姿、あまり想像できませんけれど。

 佐伯君の旧友さん達の荷物、強制配送しておきました。財布しか手元に残さなかったので、帰るしかないでしょうね」


 佐伯君の古いお友達は、近くで寒稽古合宿に参加した帰り、スノーボードで遊ぶためにあの宿に泊まっていたそうです。つまり、寄り道です。だから、竹刀があったんですね。


「あの宿、安くはない上に、今は正月料金じゃないですか。ゲレンデのホテルじゃなくてこっちの宿に泊まるなんて、最近の子は金持ちだな~と思っていたら、同級生や剣道部の後輩達から巻き上げたお金で支払いしていたそうですよ。大学受験控えているし、まだ就職内定をもらっていないとの事でしたけれど、事が事なので顧問に連絡しました。

 まぁ… 「受験も就職もダメで、このままで良くないと思うなら連絡しなさい」と、東条先生が名刺を渡していましたよ」


 まぁ、その時は、笠原先生と三鷹みたかさんもセットで面倒を見てあげるんでしょうね。


「今朝の奉納舞の件、母さんに報告を入れておきました。使用した日本刀と模造刀は、お借りした神社に返却して頂けるように、宿の女将さんにお願いしておきました。その際、お神酒も持って行ってもらえるよう、手配済みです。あ、これは坂本さんから言いつけられたことですから」


 今朝の奉納舞で使われた日本刀と模造刀は、氏神様が祭られている神社から、昨日の夜お借りしてきたそうです。修二さんと勇一さんが。ついでに、真っ白な剣道着も。


「加賀谷さんと澤切さんは、宿賃不足の為、あのままお金が溜まるまで働かせていただけるそうです」


「あの車の廃車費用も、溜めないといけないでしょうね」


 三鷹さんが、止めを刺しましたからね。止めた場所が勝手口だったから、レッカー呼ばれてましたし…。


「三食布団付きだし、悪い遊びは出来ない場所だから、いいじゃない」


「そうね、雪が解ける頃には、お金もそこそこは溜まるわね」


 ニコニコする奥様2人を見て、小暮先生は大きなため息をついて、苦笑いしました。この旅行で影ながら一番気遣いしていたのは、小暮先生ですもんね。


「帰ったら、美味しい珈琲、煎れて貰えますか?」


「美世さん特製ブレンドを煎れてあげるわ」


 美世さんは、ニッコリ女神の微笑みを返しました。


 坂本さんは視線を感じて、読んでいた美容月刊誌から視線を上げました。

隣には爆睡中の岩江さん。目の前には、大きな工藤さんと寄り添うようにして眠っている高橋さん。その、高橋さんのお膝に、ちょこんと座って坂本さんを見ている女の子がいました。

 ショートカットにノルディック柄の青いニットワンピース。白のタイツと青いブーツといった格好の女の子は、主によく似た顔立ちです。


「あら、雪ん子ちゃんね」


 坂本さんは驚くことも無く、月刊誌を閉じてご挨拶しました。


ぬし様を助けてくれて、ありがとうございます」


 女の子は、ペコリと頭を下げます。


「お家(祠)を壊されてしまったんだから、怒って当然よ~。それに、滅多に見られないものも見られたし、なんだかんだ言って温泉も満喫したわよ。貴女は、主様から放れてよかったの?」


 主達、早朝の奉納舞の後、確り温泉に浸かっていました。


「お姉さんが、「一緒に帰ろう」って言ってくれたから」


 女の子は、はにかんだような笑顔を浮かべました。


「… そう、良かったわね。桜雨おうめちゃんは、私からもお墨付きよ。もう、温かいところで眠れるんでしょう?時が来たら、起こしてもらえるから、それまでお眠りなさい」


坂本さんは、大きな手で優しく女の子の頭を撫でます。とても温和な表情に、女の子はニッコリ頷いて、消えました。


「今の五分の一でもいいから、優しさをくださいよ」


 いつから起きていたんでしょうか? 目の前の光景に驚いた風でもなく、高橋さんが眠たそうな声で言いました。


「あら、貴女達には十分優しいと思うけれど?」


「… 愛の鞭と、受け取っています。で、結局、今の子は何だったんです? 

あの子ですよね? 双子君達と雪合戦して遊んだの」


 坂本さんは月刊誌を再度広げて、高橋さんはポケットに入れていた缶珈琲を取り出しました。すっかり冷めた缶珈琲のプルタブを開けて、香りを楽しむ高橋さん。


「雪ん子よ」


 坂本さんは、月刊誌に視線を落としたまま、高橋さんは珈琲をゆっくりと飲みながら。


「雪ん子?」


「主様も言っていたでしょう?「うちの雪ん子も一緒にやってるの見て、羨ましくって…」て。

 主様に取り込まれなかった魂か、主様から零れた魂なのか… どちらにしても、雪山の彷徨える幼い魂よ。母親になってくれる人、つまり、産んでくれる人を探していたんでしょうね。そんな魂は、あの子だけじゃなくって、まだまだ居るんだろうけれど。あの子は、桜雨ちゃんと波長が合ったのね」


 ズズズ… と、一気に珈琲を飲み干した高橋さんは、「フーン」と鼻で返事をして、上着のポケットからスマートフォンを取り出しました。


「高橋も、連れて帰りたかった? 雪ん子」


「今は、仕事が忙しすぎて、家庭を持つ余裕はないっすよ。明さんだから、やっていけてるんですって。明さんじゃなかったら、早々に振られてますってば」


 高橋さん、お仕事好きですもんね。今だって、スマートフォンで見てる写真は、この旅行で「いいな」と思ったヘアースタイルを撮ったものですし。

もちろん、モデルさんになる人には、ちゃんと許可貰っていますよ。


「本当、良い男を捕まえたわよね。家庭を持つ余裕が出来たら、またあの旅館に泊まってみれば? いい雪ん子が、来てくれるかもしれないわよ」


 坂本さんはチラッと月刊誌から視線を上げて、意味ありげな笑みで高橋さんに笑いかけました。


「そっすね。俺も、雪ん子と雪合戦したかったし… あっ!!」


 高橋さん、何を思い出したんですか? そんなに急に大きな声を出したら…


「サクちゃん?」


「飯か?」


 ほら、工藤さんも岩江さんも、起きちゃいましたよ。


「卓球、やり損ねた~!!」


 … 高橋さん、そんなに悔しがる事ですか? 坂本さん、滅茶苦茶呆れて、月刊誌に視線を戻しちゃいましたよ。


「あ、ホントだ。なんか、消化不良だと思ってたんだよな」


 まだ半分瞼が閉じてる岩江さんは、金色のベリーショートをワッシワッシ搔きながら、窓際に置いておいた缶珈琲を手に取りました。


「っすよね?! 温泉の卓球やり損ねたなんて、メチャクチャ間抜けじゃないっすか?! 卓球、やりたかったー!!」


「また今度、行こうね。温泉も気持ちよかったし、ご飯も美味しかったね」


 そんな高橋さんに、工藤さんは優しく声をかけてくれました。確かに、この人じゃなきゃ、高橋さんのお相手は無理かもですね。


「サクさん、児童館で卓球できるから、明後日行く?」


「明後日から、児童館開くよ」


 高橋さんの叫び声で、龍虎りゅうこ君達も起きちゃったみたいです。


「マジ?! やりたい!けど、明日から仕事だ」


 一瞬、目を輝かせた高橋さんでしたけれど、一気に落胆しました。


「大人って、お休み少ないよね」


「可愛そうだね~」


 小学生に同情されていますよ。


「じゃぁ、今夜はあり合わせだけど、出来るだけ豪華な夕飯にしますね」


 話を聞きつけて、主がヒョッコリと顔を出しました。


桜雨おうめちゃん、いいよいいよ、新年早々、疲れちゃうよ! それに、この3日、随分贅沢しちゃったし」


 両手を突き出して、慌てる高橋さん。


「あり合わせですし、私もゆっくりしすぎちゃったんで、お料理作りたいんです。学生は、まだ冬休みですし」


「カレー、食べたい」


「唐揚げもー」


「私、去年食べた栗きんとんのパイ、あれ食べた~い」


冬(とう)龍(りゅう)君に夏(か)虎(こ)君に、大森さんに・・・周りからお料理のリクエストが飛んできます。


「は~い」


皆からのリクエストに、ニッコリ微笑んでお返事した主は、一番先に作る物を確り決めていました。


さぁ、今年も忙しい日常がスタートですね。



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