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第280話 ストーカー少年の看病方法2

■その280 ストーカー少年の看病方法2■


 とりあえず、買い物は三鷹みたかに甘えるとして… 確かに、家の事は俺がやった方がいいよな。そうすれば、母さん達の負担も減るか。三鷹の指示に従うようで少ししゃくだけど。


 そんなことを思いながら、バス停に降りて家に向かい始めたら、ズボンの中で携帯のバイブが激しく震えた。取り出してみると、液晶画面に『母さん』の表示。


「はいはい。今、バス停についたよ」


『梅吉、桜雨おうめちゃんが居なくなっちゃったの! そのまま、探して』


 出ると、慌てている母さんの声の後ろで、双子の泣き声が聞こえる。


「え、行き先に心当たりは?」


 辺りを見渡しても、それらしい人影はないな。


『上着と、お買い物用のお財布がないの。配達中の修二君にも連絡したから』


 買い物用の財布がないなら…


「分かった。この時間帯だと、いつもの桜雨ちゃんならス-パ-だから、そっち行ってみる。テーブルに、チラシか何か広がってない?」


 通話しながら、ス-パ-に向かって走り出す。もちろん、辺りを見渡すのも怠らない。


 良かった、剣道の道具一式、学校に置いてきて。あれ背負って走り回るのは、さすがに嫌だもんね。


『チラシは、ス-パ-と、駅前薬局と、パチンコ屋さんと、求人チラシだわ』


「ス-パ-の後に、薬局に向かうよ。どっちかには行ってると思うから」


 通話しながら走って走って走って、少し大きめの駐車場入り口に、人集りが出来ていた。もしかして…


「佐藤のおばちゃん、こんにちは。何かあった… ね」


 人集りの外側に、近所のおばちゃんを見つけて声をかけたら、原因が分かった。


「母さん、桜雨見つけた」


 人集りのど真ん中に、何かを抱え込んでうずくまっている桜雨を発見。その少し右横に、今にも襲いかかろうとしている犬の首を押さえ込んで、動きを止めている三鷹がいた。首輪もリードもつけていないから、左手で上から力付くで押さえ込んで、右手で牙を剥こうとしている口を鷲掴わしつかみにしている。


 とりあえず、無事みたいで良かった。


「ああ、梅ちゃん。桜雨ちゃんが犬に絡まれちゃって、大変だったのよ。ほら、3丁目のお屋敷の犬。脱走癖があって、すぐ噛みつくあの犬」


「スーパーから出て来てね、襲われそうになってここまで走って逃げてね、いよいよ危ない! って所で、あのお兄ちゃんがああやって助けてくれたのよ」


 おばちゃんがもう一人増えた。


「山田さん、こんにちは。とりあえず、母さんに…」


 握りしめていた携帯の通話は、まだ生きていた。2人のご近所さんは話す話す…


「あら、お母さんと繋がっているの?」


 おばちゃんは、俺が返事をする前に携帯を引ったくるように奪って、母さんと話を始めた。


「東条さん? そうそう、山田よ。あのね、今ね…」


 おばちゃんパワーは凄い。バズーカーみたいに、話をしてる。まぁ、とりあえず俺は桜雨おうめを保護すればいいかな。


「あの子、梅ちゃんのお友だちでしょ? よく、桜雨ちゃんのお買い物のお手伝いしているの、みかけるわ。

 それとね、あの犬の飼い主に、誰かが連絡してたから、もうすぐ来ると思うわよ」


 三鷹みたか、俺の知らない間に、そんなにここら辺に出没してたの? ってか、佐藤のおばちゃん、俺を解放して。桜雨おうめを保護しに行きたいんだけど。三鷹は犬の飼い主が来るまで、動けないだろうし。


「最初はね、あのお兄ちゃんが犬を蹴って桜雨ちゃんから遠退けようとしたのよ。でもね、桜雨ちゃんが

「ワンちゃん、蹴っちゃだめ! 桜雨がミルクをお裾分け出来ないのが悪いんだから、蹴らないで!」

って、涙ながらに訴えるから、あのお兄ちゃんも蹴れなくなっちゃったみたいでね。桜雨ちゃん、優しいわね~」


 そうなんですよ、優しいんですよ、うちの桜雨は。その優しい桜雨が何か抱え込んでシクシク泣いてるし、三鷹は犬の口を握り潰しそうだし…


「あら、そうなの? 桜雨ちゃん、お熱あるのに脱走しちゃったの? …ええ、ええ… まぁ~、お母さんと弟思いだわ~」


 山田さん、母さんとまだ電話してたのか。


「あら、桜雨ちゃん、お熱あるの?」


「そうなんです」


ようやく佐藤のおばちゃんから逃げ切って、人集りを突っ切って、桜雨を保護出来た。


「三鷹、ありがとう。桜雨ちゃん、梅お兄ちゃんだよ」


 うずくまっている桜雨に声をかけながら抱き上げたら、三鷹に思いっきり睨まれたんだけど…。いや、これはしょうがなくないか? 三鷹、お前が手を放したら、その犬、また暴れだすだろう?!


「梅お兄ちゃぁ~ん」


 怖くて泣きたかったの、今まで我慢していたんだろうな。俺が抱き上げたら、わんわん泣きだして… あ、顔とか手とかが滅茶苦茶熱い。これ、熱、上がってるよなぁ~。


「アンジェル!」


 えぐえぐ泣いてる桜雨をあやしていると、人集りの中から男の人が飛び出してきた。直毛の黒髪が寒空にソヨソヨと数本なびいていて、真ん丸でニキビがビッシリつまった顔と、小太りの体をアニメのピンク色のトレーナーに詰め込んでいるその人は、愛犬… なんだろうな。三鷹に押さえつけられた犬に走り寄って、三鷹の手を振り払おうとした。


「何だよお前! その汚い手を放せよ!! 俺のアンジェルが嫌がっているだろう!」


 父さんぐらいの年齢かな? そんなプニプニの手で叩いたって、三鷹の手はビクともしないって。


「この犬…」


「ヒッ!!」


 しかも、三鷹に睨まれて、一気に越し抜かしちゃったし。


「これはこれは、三丁目のお屋敷のバカ息子さんじゃないですか。いつも、当店をご利用いただきまして、ありがとうございます」


 今度は、聞き覚えのあり過ぎる、不機嫌度マックスの声が聞こえた。ただの花屋の店主にしては、ドスが聞きすぎてるよ、修二さん。ほら、『十戎』の海みたいに、人がサササササって、割れたよ。


「そちらのバカ犬が、うちの愛娘を襲おうとしてくれたそうで」


 俺の叔父さんで、桜雨のお父さんの修二さんは、あまりにも凶悪な顔をしている。だから、仕事中は少しでもそれを隠す目的で伊達眼鏡をかけているんだけれど、今は握り潰されてる。


「お、お、お前、ただの業者のくせに…」


 あーあ、バカ息子さん、お漏らししちゃったよ。犬も、尻尾も耳も垂れちゃって、腰、抜かしちゃったよ。


「お父さんだぁ」


「うん、修二さん、桜雨ちゃんを探してたんだよ」


 桜雨は、熱と涙で真っ赤っになって浮腫んだ目で修二さんを確認すると、小さく手を振った。あの状態の修二さんに手を振れるのは、数少ないよ。


「桜雨ちゃん、お父さん、このオッサンと犬、お家に送ってあげて来るから、梅達と先に帰っておくんだよ~」


 うわ! さすがに、溺愛している娘には滅茶苦茶甘い顔。


「という事で、バカ息子さん、送って差し上げますよ。ただし、犬の毛は落ちるし、アンタは漏らしてるから、荷台だ」


 そう言うと、修二さんは右手で三鷹から犬を奪い取って、左手でバカ息子さんの襟首をしっかりつかんで、引きずって行った。と同時に、人集りも蜘蛛の子を散らすように… 逃げた。


「白川さんの旦那さん、相変わらずねぇ。あら、桜雨ちゃん、寝ちゃったわね」


「… はぁ」


 佐藤さんがさり気なく近寄って来た。


「ほら、私がこれ持ってあげるから… あら、ミルク缶?」


「ありがとうございます」


 佐藤さんが、桜雨の抱き抱えていたものを取ってくれた。それは、双子の弟達が飲んでいる銘柄のミルク缶だった。


「ああ、このミルク、今日の特売品でチラシに乗ってたわね」


 そうか、だから「ミルクをお裾分け出来ない」って、桜雨は言ってたんだ。こんな小さな体で、顔が真っ赤になる程の高熱を出しているのに…


「梅吉、先に帰ってろ」


 念入りにはたいた学ランを、三鷹は桜雨に掛けてくれた。三鷹、1月だけど、寒く無いのか?


「一緒に行かないのか?」


「俺は、買い物をしてから行く。桜雨、頑張ったな」


 三鷹は、フウフウ言いながら寝ている桜雨の頭を優しく撫でて、何事も無かったかのようにスーパーに向かった。


「あら~、顔もだけど、性格も男前ね」


 佐藤さん、近いなぁ…


「ほら、梅ちゃん、早く桜雨ちゃんをお家に連れて帰ってあげないと。

 じゃぁ、今からお家に向かわせるわね。じゃぁね、東条さん」


 って、山田さん、今の今まで母さんと電話で話してたの?


「ほら、行くわよ」


「梅ちゃん、おばちゃんがカバン、持ってあげるわね。あら、意外と軽いじゃない。ちゃんと教科書、持ち帰ってるの?」


「あら山田さん、梅ちゃんは出来る子だから大丈夫よ! うちらの子達とは、頭の出来が違うもの!!」


 アッハッハッハー!! って、そんな感じのおばちゃんパワーに挟まれながら、俺は桜雨を抱えて家に向かった。



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