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第290話 私のハートは何色?どんな形?大きさは?

■その290 私のハートは何色?どんな形?大きさは?■


 僕は、壊れた折りたたみ傘の持ち手のキーホルダー。古いカエルのシールが貼ってあって、僕の持ち主は『カエルちゃん』って、呼んでくれます。主は白いセーラー服が良く似合う、高校3年生の桜雨おうめちゃん。

 従姉妹の桃華ももかちゃんやお友達の佐伯君達が志望大学の入学試験日に向けて、本当の本当のラストスパートで学校の図書室で自習に励んでいる中、主は誰もいない美術室に居ました。


 部屋の一番奥、窓際の席が、主の一番お気に入りの場所です。窓に向かってイーゼルとキャンパスをセットして、時間も人の目も何も気にすることなく気持ちのままに描くのが主流です。でも、気分が載らない時は、筆を持つことも無く、真っ白のキャンパスを眺めているだけです。


 今日の主は… イスの上に両足を上げて、膝を抱え込んで真っ白のキャンパスを眺めていました。右手に、穂先を真っ赤に染めた筆を持って。

 キャンパスには、真っ白な真っ赤なモノが小さく描かれています。よく見ると、所々に青や白や黄といった色もちょびちょび見えますね。形の崩れた三角形が2つ、歪に重なったモノ? 丸みのある鳥の羽根が、羽軸根うじくこんで重なったモノ?


これは、『気持ち』?

それとも『心臓』?


「ハートを包み込むモノは、厚みがあった方がいいのかな? それとも、薄い方がいいの?」


 包装紙の事ですか? これ、ハートなんですね。ずいぶん、歪なハートですね。


「…『厚い』『薄い』じゃないか。サイズだから、『大きい』『小さい』か」


 主はキャンパスを見つめたまま、ブツブツ…


「なぁに? 桜雨おうめったら、何をブツブツ言っているの?」


 主の顔の真横に、桃華ちゃんがヒョッコリとお顔を出しました。桃華ちゃんの声は囁き声ぐらい優しかったんですけれど、主は全身で驚きました。


「やだ、ごめんごめん」


 そんなに驚くと思っていなかった桃華ちゃんは、そのまま後ろから主をぎゅ~っと抱きしめました。


「私こそ、ビックリしてごめんね~。もう、お昼?」


 まだドキドキしている心臓を何とか落ち着かせようと、主は桃華ちゃんにギュっとされたまま深呼吸します。


「お昼なんて、とっくに終わってるわ。それどころか、6時間目も終わったわよ」


 今日も集中し過ぎて、時間の間隔が無くなっていましたね。主のお腹の虫は、時計にはならないですから、しょうがないです。


「で、これ、何?」


 ピトっと、主と桃華ちゃんのほっぺが、くっつきます。


「ハート」


 主は両腕をキャンパスの方へ伸ばして、左右の手でハートの形を作りました。


「ハート… って、心臓? 気持ち?」


「気持ちの方のハート」


 主が作った手のハートを、2人は覗きます。その向こうには、キャンパスの赤。


「それにしては、歪じゃない? 色も… 何回か、重ねてる? 下に他の色が見えてるわ」


 そうなんだ… と言って、主は両手を下げました。


「好きな人を想ってドキドキするハートは、ピンクや赤い色で丸みのある綺麗な形。

悲しい時は青色で、しぼんだ風船みたい。でも、清々しい気分の時も、青。その青は、透明なの。

怒っている時は、真っ赤でトゲトゲしているの。

何かを期待している時は、ピカピカの金色。

誰かを恨んだ時は、真っ黒でとても歪。ドロドロした感じ。

楽しい時は、張りのある黄色。

大きさだって、色々あるもんね。気持ちを描こうと思っても、難しいなぁ… って」


 主、今は何色でどんな形ですか? 桃華ちゃんと一緒に、優しいお顔をしているから、綺麗なハート型ですか? 色は、透明なピンクやオレンジが似合うかもですね。


「なるほどね。そうよね、心は1つでも、色々な感情があるものね。それを絵にするって、確かに難しいわ。卒業制作?」


「このキャンパスとテーマは、入部した時に顧問の先生がくれたモノなの。

最後の筆は、卒業式の日に入れなさいって」


 キャンパスを貰った日、主は何となくオレンジのハートを描きました。高等部の生活がスタートしたばかりで、色々な事にドキドキしていたから。

 それから、事あるごとにハートは色々な色と形で、重ねられていきました。丸に近いピンクのハートの日もあれば、真っ黒のバッテンの日もありました。大きかったり、小さかったり…


「でも、そんな沢山ある感情、よくこの体に入っているものよね。

兄さん達みたいに体が大きかったらともかく、桜雨みたいに体が小さいと、激しい感情なんて零れ落ちちゃいそう」


「… それ、それだよ、桃ちゃん!!」


 主は、桃華ちゃんの言葉に目の前がパン! と弾けた感覚になりました。スッ… と立ち上がると、主は桃華ちゃんの存在を忘れたかのように、キャンパスに筆を入れ始めました。


「あ… スイッチ、入っちゃった。この時間からかぁ…」


 桃華ちゃんは大きなため息をついて、スマートフォンを取り出します。グループLINEをいじりながら、キャンパスに向かっている主の後ろ姿を見て、ニコニコ微笑んでいました。





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