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第291話 受験生

■その291 受験生■


 いつもなら、白いセ-ラー服と白い学ランで賑わう昇降口。今日は黒や濃紺の学ランや、色取り取りのブレザーと華やかです。けれど、高校生にしては幼い顔つきだし、体も小さいし、何より皆緊張しているようです。

 皆の注目は、昇降口上がって直ぐの階段下に『受付』の貼り紙が下がった長テーブルが4つ。そこで受付をしてくれている先生と…


「77番の受験会場は、3年B組ですね。頑張ってくださいね」


 白いセラー服に、朱色のスカーフ。薄くいれた紅茶色の、長くて柔らかい髪。ハ-フアップにした髪に飾られた、鬼灯ほおずきの飾りが下がったかんざし。少し目尻が下がった焦げ茶色の瞳と、小さくてふっくらした桜色の唇。雪の様に白い肌に、ほっぺを桜色に染めてホワホワした笑顔。受付をした受験生に番号札を差し出す手は白くて小さくて、それを受けとる受験生は、別の意味で緊張したり、ぼ-っとしていました。


「えっ、あの先輩、メチャクチャ可愛くない?」


「顔ちっさ! 色白っ! あの髪、地毛? 人形みたいだな」


「彼氏いるのかな~?」


「入学できたら、告白してみようかな?」


「良い匂いした…」


 皆の注目の的になっているのは、言わずもがな、僕の主の桜雨おうめちゃんです。今日は学校のお手伝いで、梅吉うめよしさんや小暮先生と一緒に入試の受付です。


「先生、カッコ良くない?」


「うちの学校にも、あんな先生欲しかったよね。中等部から、ここに通えばよかった~」


「でも、先生2人とも良く似てるね。双子かな?」


 梅吉さん、今日はスーツ姿です。受付はもう1人、生徒会の男子生徒が居るんですけれど、3人のせいでメチャクチャ影が薄くなっていました。


「はいはいはい、受付が終わった生徒は受験会場の教室に行ってください。教室の地図は、ここに貼ってありますから」


 案内係は笠原先生です。笠原先生も、今日はスーツ姿ですね。受付の後ろの階段横、壁に貼ってある地図の前で受付を終えた生徒を流そうとしていますが…


「可愛いなぁ~」


「同じ人種とは思えないよなぁ~」


って、主を見ていて動こうとしません。


「試験が始まるぞ。失格でいいのか?」


 そんな受験生の背中を、三鷹みたかさんが無理やり押して階段を昇らせます。受験生達は、名残惜しそうに最後まで主を見つめながら、階段を昇って行きます。


「これ、どう考えても、配置ミスでしょう?」


 なかなか空かない昇降口の現状を見つめながら、小暮先生が呟きました。


「采配は、高浜先生。俺のせいじゃないって」


 お顔はニコニコ、手元は確りとお仕事の梅吉さん。そんな2人の間に挟まれている主は、あまり気にも留めずにお仕事です。


「先輩、俺、三矢浩二《こうじ》っていいます」


 そんな主に、真っ黒の学ランの前を全部開けた受験生が、受験票を出しました。中学生にしては、身長は高い方ですね。肉付きはまだまだ薄いですけれど。ツンツンに立てた短い髪と、ちょっと生意気そうな顔は、服装も含めてヤンチャな印象があります。


「おはようございます。98番の受験会場は3年組ですね。頑張ってください」


 主は手元の表に受験生の名前と番号を探してチェックをすると、胸元に付ける番号のバッチを差し出しました。


「先輩、俺、商業科専攻なんです。この学校に受かったら、お祝いにデートしてくれませんか?」


「おっと、君、そんな顔で図々しいんじゃないかい?」


 そんな学ランの三矢君を押しのけて、紺色のブレザーを着た受験生が主の前に立ちました。人に顔の事を言うだけあって、なかなかカッコいいです。

 年の割には大人っぽい顔で、サラサラの茶色の髪は少し長め。身長も高いし脚も長いし、スタイルもいいです。同じ制服を着ている女子が、何やらキャーキャー言っているのをみると、学校ではモテているんでしょうね。


「小浜誠也せいやです。スポーツ科を専攻していますけど、運動以外の成績も悪くないですよ。可愛らしい先輩、俺が…」


 小浜君が差し出した受験票を主が受け取ろうとした時でした。受験票は白くて小さな手じゃなくて、筋張った大きな手がぐしゃっと握りました。


「み、水島先生、穏便に…」


「三鷹~、あんまり威嚇しちゃダメだってば。はい、君は3年A組ね」


 ずぬぬぬぬー!と、主の後ろに現れた三鷹さんは、主をデートに誘った受験生2人を怖い顔で見下ろしています。そんな三鷹さんを、両側の先生は受付の手を止めることなく、一応、止めます。


「試験を受ける前に、失格になりたいか?」


「はいはいはい、君たち、そう言う事は受験が終わってからになさい。今は、数分後に始まる試験に集中しなさい」


 三鷹さんに睨まれて身動きが取れなくなった中学生2人は、後ろから笠原先生に肩を掴まれて、我に返ったようです。


「先生に声かけたんじゃないっスよ」


「先生、試験はきちんと受けますよ。今は、その後の…」


 三鷹さんは2人と向かい合ったままの体勢で、2人の胸元をわし掴みにしてその体を長テーブルよりも上に持ち上げました。


「え… ちょっ…」


「マジか…」


 宙に浮かされた2人の顔から、色が抜け落ちました。


「俺が、教室に連れて行ってやろう」


 そして、そのまま2人を持ち上げたまま、階段を昇って行きました。


「あ、受験票…」


 長テーブルの上に、ぐしゃぐしゃになった受験票が落ちています。

主はそれを丁寧に広げて、名前と受験番号をチェックしました。そして、番号バッチを持って三鷹さんを追いました。


 白いスカートの裾と、薄く入れた紅茶色の髪を揺らす後ろ姿に、所々から甘いため息が漏れていました。


「え、あの人、先生だよね?」


「怖すぎるんですけど…」


「筋肉マッチョじゃないのに、凄い力じゃない? 細マッチョ?」


「怖いけど、カッコよくない?」


「確かに、怖いけれど、カッコいい! けど、怖いね」


「あの2人、ちゃんと試験受けられるよね?」


 ザワザワと、また違った意味で昇降口がにぎわい始めます。


「はいはいはい、試験時間が近づいています。受付を済ませていない生徒は、速やかに受付をしてください。済ませた生徒は、試験会場の教室に向かってください」


 そんな空気を、笠原先生がいつものように手を打ちながら、治めました。


「さ、時間に余裕を持とうね~」


「はい、君は3年A組ね」


 小暮先生と梅吉さんは、優しく優しく受験生に対応していました。


「絶対、配置ミス」


 また、仕事をしながら小暮先生が呟きます。


「うちの桜雨は悪くないからな。… まぁ、可愛すぎるのは罪だけど」


 そうですね、梅吉さん。それは、僕も思います。


「妹さん、居なくて良かったんじゃないですか?」


「… 今の騒ぎが倍になってたな」


 梅吉さん、その溜息の意味はなんですか?ため息をついた後、梅吉さんはチラッと腕時計を見ました。


午前8時30分過ぎ…


 今日は、桃華ももかちゃんと佐伯君も試験本番なんですよね。梅吉さんは桃華ちゃんを試験会場まで送って行こうとしたんですけれど、


「兄さんが仕事に遅れちゃうでしょう?! 私なら大丈夫だから、ちゃんと仕事をして」


と、怒られちゃったんですよね。それでも心配する梅吉さん。

結局、桃華ちゃんは主の作ったお弁当を持って、美世さんが車で送ってくれました。佐伯君は、修二さんが。修二さんも、修二さんなりに佐伯君の事が心配なんですよね。


「こんな仕事なら、ちゃんと会場まで送ってやったのに。

 … 頑張れよ桃華、佐伯」


 梅吉さんの心配そうな呟きに、小暮先生もウンウンと頷いていました。



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