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第294話 初デート・貴方の隣で歩くから…

■その294 初デート・貴方の隣で歩くから…■


 待ち合わせは、朝の10時に駅広場の時計台下。


 薄くお化粧をしてみたけれど慣れないから気になるし、リップはやっぱり色付きのにすればよかったかな?


とか…


 髪、巻きすぎちゃったかな?


とか…


 最後まで何を着て行こうか迷って、結局この服にしたけれど、子どもっぽくないかな?


とか… 僕の主の桜雨おうめちゃんは小走りで駅に向かいながら、頭の中はグルグルしています。

 そんな主の今日のファッションは… トップは緩いハイネックの白ニット。スカートはロング丈の、パステルピンクのプリーツスカート。白のコートに、黒のショートブーツ。いつものハーフアップのお団子ヘアーは、全体にカールを付けて、鬼灯ほおずきかんざしを挿して。レトロなショルダーバッグは赤茶色のレザーで、美和さんが貸してくれました。


 駅広場に入って時計台まであと少しの所で、オープン準備中のクレープのキッチンカーに気が付きました。

ちょっとだけ… と、サイドミラーを覗いて、メイクやヘアースタイルをチェックします。


「大丈夫かなぁ… 桃ちゃんやお母さん達は、可笑しくないって言ってくれたけれど…」


 家族は皆、褒めてくれましたね。まぁ、お父さんの修二さんは


「可愛すぎるから、行っちゃダメ!」


の一点張りでしたけれど。それはいつもの事ですしね。


「お嬢ちゃん、デート?」


 キッチンカーのオーナーさんが、立て看板を持って出て来ました。随分ふくよかなオバサンですけれど、キッチンカーの中でのお仕事、大変じゃないですか?


「あ、ごめんなさい」


「いいよ、いいよ、鏡ぐらい」


 反射的に振り返った主を、オーナーさんはニコニコ笑ってくれました。


「花屋さんの赤ずきんちゃんね。いつも可愛いけれど、今日はさらに可愛いわよ」


「可笑しくないですか?」


 主は恐る恐る聞きます。


「可笑しくなんかないわよ。大丈夫、自信もって行っておいで。あ、そうそう、良い事教えてあげようか?」


 ニコニコ笑顔のオーナーさんは、主の耳元で囁きました。


「さっきね、怖い顔した狼男さんが、やっぱりそのサイドミラーで顔とか髪型とか、チェックしてたのよ。そんなに気にするようには、見えないんだけれどね」


「ありがとうございます! 行ってきます」


 反射的にその人が三鷹みたかさんだと分かった主は、オーナーさんにお礼を言って、時計台に走りだしました。そんな主を、オーナーさんはニコニコと手を振って見送ってくれます。


 走っても、キッチンカーから時計台はそんなに距離はありません。

ほとんど、目と鼻の先。ただ、位置的にキッチンカーの影になっていただけです。


「ごめんなさい、三鷹さん。お待たせしました」


 目と鼻の先の距離でも、主には100メートルぐらいに感じられました。


「大丈夫だ。そんなに待っていないし、まだ時間にもなっていない」


 待ち合わせは10時。今は、9時45分。


「あっ… あの」


 ネイビーのチェスターコートの中は濃いテラコッタのニット。濃いベージュのマフラーに、黒のボトムと黒のキャンバスシューズ。髪はいつも通りの黒のベリーショートで、お顔もいつも通り力強い目がキリリっと怖いです。

 お顔もヘアースタイルもいつも通りですけれど、服装がいつものスーツじゃないだけで、主はドキドキしちゃっています。真っすぐ三鷹さんを見ることが出来なくて、三鷹さんの靴先ばかり見ています。


「可笑しいか?」


 そんな主に、三鷹さんはちょっとだけ心配そうに聞きます。


「可笑しくないです!」


 慌てて、ブンブンと頭を振った主は、チラッと三鷹さんを上目使いに見て…


「その… いつもカッコいいのに、今日はいつもと違うカッコよさで… その…」


 言いながら、主のほっぺや耳がピンクに染まっていきます。


「私! 私の方が、変じゃない?」


 さっきまで頭の中でグルグル回っていた心配が、口から飛び出ちゃいました。


「変じゃない、可愛い」


 主が聞いた瞬間、三鷹さんはキッパリハッキリ答えてくれました。


「子どもっぽくないかな? 三鷹さんと並んで歩いて、妹に見えない?」


 それが心配で、そう見えるのが嫌で、今日は慣れないお化粧をしたんですよね。メチャクチャ薄~く、ですけれど。主は不安げに少し顔を上げました。


「妹には見えない」


 そう言うと、三鷹さんは強引に主の手を握りました。


「行こう。電車が来る」


 手を繋ぐのは、初めてじゃありません。でも、お出かけに『デート』と名前がついて、待ち合わせをするだけでいつも以上にドキドキして、いつも以上に緊張しています。


 三鷹さんの手、いつも温かいのに、今日はとても冷たい。もしかして、三鷹さんも緊張しているのかな?


 そんな事を思いながら、目的地を教えてもらわないまま、主は少しだけ強引に三鷹さんに手を引かれて駅の改札を通り抜けました。三鷹さん、主の分の切符も買ってくれていたんですね。


 階段を上がってホームに着くと、タイミングよく電車が来ました。日曜日のお昼前だからか乗り降りする人は少なくて、車内も空いていました。手を繋いだまま、主と三鷹さんが並んで座ると、電車が走り出します。


「三鷹さん、今日はどこに行くんです?」


 主の質問に、三鷹さんは切符を主の目の前に出しました。


「空浜海岸水族館前… 水族館!」


 主のビックリしたお顔に、三鷹さんは少し口元を緩めて頷きました。


「この水族館、出来て2~3年かな? クラゲの種類と数が国内一って聞いたから、一度は行ってみたいなって思ってたの。広いのかな? 一番大きな水槽には、何がいるんだろう? 水族館なんて、いつぶりかな?」


 さっきまでの不安はどこかに飛んで行ったみたいで、主はこれから行く水族館にワクワクし始めました。


「… 三鷹さん?」


「悪い、少しだけ…」


 けれど、返事がないので主は横を向くと、三鷹さんは眉間に皺を寄せてきつく目を瞑っていました。そして、コトンと主の肩に頭を落として、寝てしまいました。


「お仕事、忙しかったものね」


 今日の時間を作るために、そうとう頑張ってお仕事してくれたんでしょうね。車じゃなくて電車移動を選んだのは、万が一の危険を考えてだったんですね。

 ツンツンしている硬い髪の毛が、ほっぺやお鼻にあたってくすぐったいんですけれど、動くと起きちゃうかな? と、主は我慢しました。その代わり、ギュッと繋いだ手がいつもみたいに暖かくなって、三鷹さんのお膝に置かれているのを、幸せな気分で見ていました。

 車内は温かいし、主も昨夜は遅くまで今日の準備をしていたので、繋いでいる手を見つめながらつい、ウトウト… 主も三鷹さんに寄りかかって、寝ちゃいました。


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