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第297話 初デート・キスの味は甘酸っぱいイチゴ味

■その297 初デート・キスの味は甘酸っぱいイチゴ味■


 主と三鷹みたかさんは手を繋ぎながら、ゆっくりと水族館を堪能しています。カラフルな熱帯魚、独特な生態や風貌をもった深海魚、なじみの深い淡水魚など、たくさんの水槽を観て回りました。もちろん、気になった魚はスケッチすることも忘れません。さっきみたいに集中し過ぎて、貧血を起こすほどじゃないですけれど。


 3分の2程進むと、カフェがありました。カフェは吹き抜けの広場のようになっていて、ガラスの天井は外の光をタップリ取り入れ、熱帯の観葉植物が周囲に植えられています。

 広場の真ん中に、木の生えた小島のようなスペースがあります。

小島の周りには温かな温泉。そこに浸かっているのは、大きなげっ歯類のカピバラです。温泉を囲んでいるのは、水槽です。中には、大きな淡水魚のピラルクが悠然と泳いでいます。テーブルは、この小島を囲む様に置かれていました。

 海亀のスペースもあります。白い砂浜で甲羅干しをしたり海水のプールに潜ったりと、こちらものんびりとしています。


 主と三鷹みたかさんは、海亀のスペースの前の席に座って、温かな紅茶とサンドウィッチを頼みました。


「疲れたか?」


「大丈夫」


 丸いテーブルに、三鷹さんと斜めに並んで座った主は、ニコニコと笑っていますけど、真っすぐ三鷹さんの顔を見れていません。主の視線は、いつもよりずっと下がって胸元に向けられています。


「さすがに、お腹空いちゃったけど」


「飴は、応急処置にしかすぎないからな」


 ポン! と、主の顔が真っ赤になりました。キャンディは小さくて、すぐに溶けて無くなっちゃいましたけれど、その味はまだお口の中に充満しています。それに、キャンディとは違う柔らかい感触。キャンディで開けられた唇の先端に、微かに触れた柔らかな感触。自分の物とは違う、薄い皮とその下にある熱い肉の感触。

 主はお魚を見ながら、スケッチをしながら、忘れることは出来ていませんでした。むしろ、色々なお魚のお口を見ては、その微かな感触をリアルに思い出していました。思い出して…


「どうした?」


 耳まで真っ赤になった主は、完全に下を向いてしまいました。


「… 恥ずかしいの」


「恥ずかしい?」


 三鷹さんは、そんな主を変わらず真っすぐ見つめています。


「嬉しくて… もう一度、その… 今度はちゃんと… したいなって。そればかり思っちゃって… それが恥ずかしくて…」


 主、スカートをそんなに握りしめたら、皺になっちゃいますし、お耳の赤さがさらに増しましたよ。


「もう一度? ちゃんと? 何を?」


 その声は授業の時の様に静かで優しいんですけれど、確実に意地悪です。


「… 三鷹さんのイジワル」


 主はチラッと見上げて、ちょっと唇を尖らせます。


桜雨おうめが何をしたいのか、その口から聞きたい」


 三鷹さんは筋張った人差し指で、主の顎の下に置いて、顔を上げさせます。抵抗する間もなく顔を上げられて、それでも主は三鷹さんから視線を外しました。


「桜雨、俺を見て」


「はしたない事言っちゃって、恥ずかしくて無理です」


 主、微かに震えているのは、恥ずかしいからです? 肩どころか、体中がガチガチになってますよ。


「虐めすぎたな。悪かった」


 そんな主を見て、三鷹さんは優しく笑いました。主の顎に沿えた人差し指も外します。


「本当に、イジワル」


 三鷹さんの笑顔を視線の端で見て、主はホッとして体の力を抜きました。


「三鷹さんがこんなにイジワルだったなんて、知らなかった」


 ようやく、主の視線が三鷹さんに向きました。ちょっとだけ怒ったように、拗ねたように、唇をチョンと尖らせました。


「… あの、失礼します」


 そんな2人の世界に、本当に申し訳なさそうにウェイトレスさんが入ってきました。目の前の海亀すら、主と三鷹さんの視界に入らなかったですもんね。

 シルバーのトレイには、注文した3人分のサンドウィッチと温かな紅茶が乗っていました。空っぽのお腹に、温かな紅茶とサンドウィッチはとっても軽過ぎました。2人で半分にしたサンドウィッチは1.5人分ありましたけれど、ペロっと食べ終わって、気分的にはもう1人分入るかな? と言った感じでした。けれど、時間はもうすぐ4時。


「桜雨、もう少し食べるか?」


 さすが三鷹さん、主のお腹の様子もしっかり分かっていますね。


「んー… お夕飯に響くから、やめておこうかな」


「じゃぁ、これを舐めながら行くか?」


 三鷹さんは、ノート等が入っている紙袋から、イチゴキャンディの缶を出しました。お魚がプリントされた四角い缶を受け取って、主は蓋を開けて…


「三鷹さん」


 残った紅茶を飲んでいた三鷹さんに声をかけました。


「ん?」


 三鷹さんが主の方を向いた瞬間、紅茶で濡れた唇に、一回り以上も小さくてふっくらと柔らかな感触が触れました。そして、少し開いた唇の隙間から、小さなキャンディが口の中に入ってきました。


 甘酸っぱい、イチゴのキャンディ…


 珍しく、三鷹さんの目が見開かれます。手にした紅茶のカップが、微かに揺れています。


「お返し。私のやりたい事だよ」


 お顔を真っ赤にしながら、はにかんで微笑む主に、三鷹さんは完全に固まりました。


 主、アウトです。完全に、アウト! さっきの三鷹さん以上のア・ウ・ト!


 ほら、三鷹さん、目を見開いて主を見たまま、微動だにしませんよ。

呼吸、してますかね?


「三鷹さん、ペンギンとクラゲのスペースに行こう」


 そんな三鷹さんのほっぺに、主はチュッ! と、止めをさしました。



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