■その308 3月3日(5)■
「やっぱり、役所の本庁舎とか隣町の特別出張所とかに出せば良かったんじゃない?」
商店街の特別出張所から出てきた
「ここに提出するのが、一番効果的なので」
「効果的?」
後ろの騒ぎに、お顔を向けてそわそわしている桃華ちゃんの手を握ります。手を重ねるのではなくて指と指を確り絡める握り方。そして、笠原先生は形のいいお耳に小声で言いました。
「桃華が俺のものだということを、他の人達に知らせる事ですよ」
ポン! と、桃華ちゃんのお顔が一気に真っ赤っかになりました。
そうですよ、桃華ちゃん。婚姻届、お役所に無事に受理されたから、笠原先生と『夫婦』なんですよ。
「さ、少し遅くなりましたけれど、お昼ご飯にしましょう。何か、リクエストはありますか?」
桃華ちゃんの反応に満足した笠原先生は、いつも通りシレッと聞きながら、繋いだ手をニギニギしています。
「か、笠原先生のプランは…」
笠原先生と結婚したんだ… 日中に堂々と手を繋いでもいいんた… なんて思っていたら、いつもの呼び方がぽろっとお口から出ちゃいました。桃華ちゃんも、もう『笠原』なんですよ。笠原先生にじっと見られて、桃華ちゃんは慌てて言い直しました。
「あっ…えっとぉ…
名前を呼んでもらえて、笠原先生は嬉しそうです。お顔はいつも通りシレッとしていますけれど、雰囲気が一気に柔らかくなりました。
「指輪を購入する事と、婚姻届を提出する事だけですよ。どこか、行きたい所がありますか?」
「じゃぁ、お昼は…」
■
「おめでとう」
カウンターに通された桃華ちゃんと笠原先生の前に、竹ちゃんさんが満面の笑みでランチセットを出してくれました。
梅の花形のお赤飯
蛤のお吸い物
ブリとレンコンの照り煮
キャベツの梅肉昆布漬け
桃ゼリー
「竹ちゃん特製お祝い膳だよ!」
「「ありがとうございます」」
お行儀よく「頂きます」をして、2人は遠慮なく食べ始めました。
「やっぱり、竹ちゃんさんのご飯、美味しい~。時間外なのに、こんな素敵なご飯を用意してもらって… とっても嬉しいです」
大喜びで美味しそうに食べている桃華ちゃんを見て、竹ちゃんはウルウルしてきたみたいです。エプロンで目頭を押さえながら、ウンウンと頷いています。
「
とても、心配されていたんですねぇ…
「ご心配、おかけしてました… で、いいのかしら?」
「良いのではないですか?」
桃華ちゃん、ちょっと複雑な気持ちです。でも、お料理はいつも通り美味しいから、すぐにニコニコの笑顔に戻ってお箸が止りません。
「この後、神社に行くんだろう?」
竹ちゃんさん、お料理の仕込みをしながら、湯呑の中身をチビチビ呑んでいます。お酒ですね。
「あら、お見通し」
「桜雨ちゃんがね。勇一さんと美世さんが、昨日の早朝にお供え物をしたから、それを下げに来てって、伝言頼まれたんだ」
さすが、僕の主です。桃華ちゃんの事なら、なんでもお見通しですもんね。
「ああ、『
「さすが、か… 義人さん。サラッと出て来るなんてさすがだわ」
桃華ちゃん、油断すると『笠原先生』って出ちゃいそうですね。初々しくて、可愛いです。
「『直会』は本来、お祭りの後にご神前にお供えしたものを関わった者で頂いて、神様の力を頂く行事ですが… 毎年、桃の節句に行っていましたか?」
この時期は、桃の節句に主と桃華ちゃんのお誕生日とお祝い事が重なるし、先生組のお仕事も忙しいから、『直会』なんて事をやっていたとしても気が付かないでしょうね。
「やってないですよ。ただ、
「桃の節句、桃華の成人の誕生日、結婚。祝い事が、重なったからですね」
「あ、そうか。もう、18歳から成人扱いなんだっけ? 結婚も?」
竹ちゃんさん、「18歳で成人」に反応して、近くに置いてあった一升瓶を持ち上げます。
「女子の結婚可能年齢が16歳から18歳に切り替わるのは、4月からです。18歳で成人と言っても、飲酒喫煙は今まで通り20歳からですよ」
笠原先生に言われて、竹ちゃんさんは残念そうに一升瓶を元に戻しました。主も桃華ちゃんも、家系的にはお酒に強いと思うんですけれど、呑めるのはもう少し先ですね。