■その312 卒業証書授与式■
どの生徒も皆、幼さの残った可愛げのある顔や肢体を緊張で硬直させ、この第一講堂に座っていたのが2年前… 今日はすっかり成長した姿で2年前とは違った緊張感で、そんな彼らの過去は後ろの方に、保護者の列に挟まれるようにして、座っています。
こうして1年生2年生3年生と比べてみると、たった1年違うだけでも、随分変わるものですね。ずらりと並ぶ頼もしいまでに成長した横顔と、健やかに成長した肢体。真っ白の制服の左胸を飾るのは、桜のコサージュ。
そんな生徒の晴れ姿を確りと見つめながら、1人1人の名前を呼びます。
「… 続きまして3年B組。出席番号1番…」
我が校は生徒数が多いため、時間の都合もあり各クラスの代表が卒業証書を受け取ります。そして、最後のホームルームで担任から成績表と一緒に渡されることになっています。我がクラスの代表は、もちろん学級委員長です。
普段の式典とは違った、厳かな雰囲気。卒業生としてこの学園を旅立つ彼らの晴れの舞台。卒業証書授与が終わると、校長の名物とまで言われている短い祝辞です。それは今日も変わらず、
「卒業生の皆さん、保護者の皆様、本日は誠におめでとうございます。
皆さん、進むもよし、止まるもよし、戻るもよし。空を見上げてばかりも疲れます、足元を見てばかりも疲れます。疲れたら、休みましょう。
お暇だったら遊びに来てください。粗茶ぐらいなら、私でも煎れられますから。その時また会いましょう、ではまた」
おや、今日は少し長めですね。それでも他校に比べたら十分短いでしょう。うちの校長らしい祝辞で、俺は好きですけれど。
校長が
そして…
「続きまして、卒業生3年B組東条桃華さんによる独唱『ビリーブ』です。こちらは、在校生からは我が校を旅立つ卒業生へ、卒業生からはこれから未来を見つけていく在校生へと、思いのこもった歌のプレゼントとして教員多数のリクエストがあったものです」
学年主任の高浜先生の言葉が終わると、合唱部が降壇した舞台の真ん中に
スッと背筋を伸ばし、全身にスポットライトを浴びて凛と立っている桃華。綺麗にアイロンがかかった制服に、艶やかな長い黒髪には、スカーフとお揃いの朱色のリボン。乳白色の肌をほんのりピンク色に染めて、切れ長ですっきりとした黒い瞳はライトを受けて宝石のようにキラキラ輝かせながら、ここに居る全ての生徒に向けてピアノの伴奏と共に祝福の歌を歌います。
「たとえば君が傷ついて
くじけそうになった時は
かならず僕がそばにいて
ささえてあげるよその肩を」
それは、彼女の兄である梅吉が、従姉妹の白川が誇る桃華の姿。
「… いま未来の扉を開けるとき
悲しみや苦しみが
いつの日か
喜びに変わるだろう」
紅を引いたように赤い唇から天使の歌声が流れ、天使が羽を広げるように両手を広げます。鼻をツンと上げて、高く高く見上げるそこには、彼女を照らすには明るすぎるライトという名の星。
「I believe in Future 信じてる」
この人が、これからも護り育てていきたい俺の愛しい女性。彼女の横に並びあの手を繋いで、これからの人生を共に生きようと誓いました。苦楽を共に、人間としての成長を共に… 彼女は、そんなことを俺に思わせてくれた唯一の女性。柄ではありませんが、誰にも渡しはしませんし、梅吉の元に戻すつもりもありません。
桃華の独唱は終わりを迎える前に、周囲からすすり泣く声や、嗚咽が聞こえ始めました。それは学年も教員も男女も問わず、もちろん白川や、隣に立っている梅吉は号泣しています。梅吉の涙を拭いている、もとい、舐めとっているのは桜のコサージュを首から下げた秋君です。もう、誰も驚かないですし校長も何も言わないので、いつの間にか黙認されているんですよね。
そんな涙も落ち着かないまま、ピアノの伴奏と在校生や保護者の方々の温かな拍手の中、卒業生は退場です。