■その313 決意表明!■
皆のお兄ちゃん先生、
卒業証書授与式は可愛い妹・
そんな卒業証書授与式の
廊下まで響く活気ある生徒達の声。いつもと同じようでいて、どこか違うその声は『厳か』ともまた違った雰囲気で… その中にも擦れた声や、鼻をすする音などが混ざっている。
担任の笠原と、副担任の俺と
「笠原、一応聞くけどさ、その恰好で良いの?」
「何か、問題でも?」
問題も何も… 式が終わった途端に、スーツの上にいつもの白衣を着るんだもんな。
「まぁ、お前が良いならいいけどさ。ほら、保護者が待ってるんだから、早く開けろよ」
式に出席した保護者の一部は卒業生を待たずに帰ってしまうけれど、だいたいは校庭や正門前で卒業生が出て来るのを待ってるんだよね。だから、あまり待たせるのも悪い。
「…そうですね」
笠原なりに、思う所があるんだろうな。副担任の俺だって思い出は少なくないんだから、担任の笠原は… うん、開けるのはためらうよな。それでも、笠原はチラッと腕時計で時間を確認して…
「はいはいはいはい、着席ですよ」
最後のホームルームを始めるため、深呼吸をしつつも、いつもの様に教室のドアを開けた。
「ヨッシー(義人先生)、白衣!」
「スーツに白衣! 期待通り!!」
「最後まで、ヨッシー!!」
「ってか、ウメちゃん泣きすぎ~!」
男子生徒達は、俺や笠原の姿を見て盛り上がる。けれど、女生徒のほとんどは、まだ鼻を鳴らしているな~。うんうん、その気持ち、良くわかるよ。
「はいはいはいはい、とりあえず卒業証書と成績表配りますから。着席してください。ホームルームを始めますよ」
笠原がこの子達の前で、こうして手を叩いてホームルームを始めるのも、この子達が少しだけ慌てながら席に着くのを見るのも、今日が見納めなんだな~。と思いながら、俺と三鷹もいつも通り、教室の後ろに立つ。秋君は、俺の腕の中。
「卒業証書授与式、お疲れ様でした。本来でしたら、校長先生から受け取る卒業証書ですが、私が代わりという事で。
あ、先に発表があります。4名ほど、まだ大学の合否が出ていませんでしたが、先程ネットで確認しました。伊原さん、佐藤さん、東条さん、佐伯君… 皆さん第一希望合格です。おめでとうございます。そして、佐伯君は首席合格です。手続きの関係がありますので、保護者の方には連絡済みです」
笠原があんまりにも、いつも通りシレっと言うもんだから、名前を呼ばれた生徒達はもちろん、他の子達も一瞬目が点になっていた。
「おめでとう」
こういう時、一番に声を出すのは、やっぱり委員長だよな。
委員長の声に、皆は我に返って口々に「おめでとう」と、大きな拍手をしてくれた。
「はい、では、出席番号1番から、卒業証書と成績表をとりにきてください」
これから、発表された4人が皆に「ありがとう」って言う流れだろうに、それを笠原がズバッと断ち切った。
空気よめよ、笠原先生~。それにしても佐伯、首席合格か~… 頑張ったな、うん、頑張った。
出席番号1番の真っ白な学ラン姿の相原が笠原の前に立つと、空気が変わった。誰も声を出さず、ジッと2人を見つめている。教室の視線を一身に受けて、笠原は成績表を渡してから生徒に声をかける。そして、最後に卒業証書…
「卒業、おめでとう」
「先生、オレ、3年間のバイトで、貯金が目標金額いきました! これから専門で頑張って勉強して、卒業して、修行頑張って、自信がついたらその金で店を出すから、そしたら先生を招待するから、食べに来てください!」
決意表明か!
笠原の方を向いたままだから、相原の表情は分からないけれど、真っ赤な耳は良く見えた。
「はい、楽しみに待っています」
笠原が右手を差し出すと、相原はその手を確りと握りしめて、左腕で涙を拭っているようだった。そんな感じに、生徒は笠原の前で決意表明をしていく。
「私の手で、メチャクチャ綺麗な花嫁さんにしてあげるの! 頑張って、幸せのお手伝いするね」
大森さんは、ブライダル。
「患者さんの気持ちに寄り添う事を、忘れないようにします」
近藤は理学療法士。
「おれ、社長になるぜ! 先生が教師クビになったら、俺の会社で雇ってやるからな!」
佐伯は、経営者。
「どんな形でも、絵を描き続けようと思います」
桜雨は、絵描き。
「子ども達に、たくさん歌を歌ってあげます」
桃華は、保育士。
「子どもを導ける教師になります」
田中さんは国語の教師。
「あ、焦らず、私なりに頑張ろうと思います」
松橋さんは手芸店。
しっかりと自分の目標を持って、皆は卒業していく。笠原に決意表明をする生徒達が、とっても頼もしく見える。
最後の生徒の決意表明が終わり、席に着いたのを確認して、笠原はゆっくりと口を開いた。
「皆さん、長い人生です。校長先生の今日のお言葉通り… 進むもよし、止まるもよし、戻るもよし。空を見上げてばかりも疲れます、足元を見てばかりも疲れます。疲れたら、休みましょう。私も、それでいいと思います。それでいいと思いつつも、やはりこの言葉を贈ります。『頑張ってください』」
うん、そうだよな。プレッシャーになるかもしれないけれど、やっぱり旅立つ君たちを、先生達は応援したいもんな。
「はい!」
息の合った、元気な返事。そんな生徒の顔を見渡して、笠原はうんうんと頷いた。
「先生、笠原先生の決意表明を聞きたいです!」
「あ、私も聞きたい!」
「ヨッシーの決意表明!」
誰が言い出したか… 松橋さんかぁ。松橋さんの一言で、生徒が盛り上がる。
さて、なんて言うのかな? 笠原先生。
「私は、これからも変わらず生徒を導いていくだけですよ」
笠原らしい言葉に、生徒達はブーイング。
「では、決意表明ではありませんが、報告します。私、一昨日、入籍しました」
そうシレっと言って、いつの間にはめたのか、左の薬指を胸の高さに持ち上げた。
「… ええええええええー!!」
一呼吸置いて、生徒達の絶叫。
「ちょっ、ヨッシー…」
「入籍って、結婚…」
もう、パニック。さっきまでの卒業の感動、吹っ飛んだじゃん。そんな生徒の中、チラッと桃華を見てみると… 真っ赤な顔してる。桃華ちゃん、そんな顔は「お相手は私です」って言ってるもんだよ。
「水(水島先生)ッチの方が先だと思ってたー」
「白川さんは…」
誰かの言葉に、生徒達の視線が一斉に桜雨に向かう。桜雨の前に座っているのは桃華なわけで…
「東条さん、どうしたの? 顔が真っ赤だけれど…」
「もしかして…」
「ヨッシーのお嫁さんって…」
そうよね、そうなるよね。皆の視線は直ぐに桜雨から桃華に移って、笠原と桃華を交互に見る。
「私…」
「… ええええええええー!!」
皆の絶叫、2回目。
俺の自慢の桃華ぁ… 俺から見ればまだ幼さの残る顔を真っ赤にして、皆にニッコリ微笑む桃華は…
「本当なんだ。ほら、ウメちゃんが泣いてる」
「うわー、式の時より泣いてる」
「秋君、タオルにされちゃってるよ」
生徒達にコソコソ言われてもさぁ… その通りだもんね。お兄ちゃん、涙が止まりませんから! ごめん、秋君。もう暫く背中を貸してね。
「こらー!! B組、最後まで煩い! 東条先生、時間です!!」
生徒達の2回もの絶叫に高浜先生が飛んで来て、スッパーンと教室のドアを開ける。で、怒られるのは、やっぱり俺なのね。