■その315 今までお仕事を頑張れていた理由■
リビングの壁に、大きな集合写真が飾ってあります。『
卒業式は3日前でした。桜の蕾はまだ硬くて、風も少し冷たさを含んでいました。けれど、お日様は皆の門出を祝うかのようにキラキラと輝いていました。そんなお日様を浴びながら、皆いい笑顔です。その写真を、掃除機を抱えた僕の主の桜雨ちゃんが、ニコニコしながら見つめています。
「
そこに、3階の掃除をしていた桃華ちゃんが、主のスマートフォンを持って入ってきました。
「ありがとう。誰かな? …
百田さんって確か、一学年下のマッシュルームカットが印象的な『オカルト研究部』の女の子ですよね。
主はスマートフォンを受け取ると、画面に出ている名前に首を傾げながらも、通話ボタンを押しました。
『先輩、お忙しいところすみません。でも、ピンチなんです。助けてください!』
「ピンチって… 今、授業中だよね?」
通話ボタンを押した瞬間、ちょっと高めの声が勢いよく飛び出して来ました。それは、思わず主がのけ反る程。
『あまりにも怖くて、トイレと言って教室を出て来たんです』
「どうしたの?」
主、スピーカーをONにしました。
『東条先生が抜け殻の様で授業になってないし、水島先生もいつもより口数が少ない上に顔が怖いんです!』
「3年の先生は、授業ないんじゃなかったかな?」
『2年の先生数名が10日間の出張とかで居なくて、代わりに東条先生と水島先生が授業をやってくれているんです』
あ~、そう言えば、去年の今頃、
『笠原先生が休み時間の度に注意してくれているみたいなんですけれど、焼け石に水って感じで』
思わず、主と桃華ちゃんはお顔を見合わせて溜息をつきました。
「迷惑かけてごめんね、百田さん。電話、水島先生に変われるかな?」
『はい! 少し待ってください』
百田さんもスピーカーにしているみたいですね。廊下を走っているであろう音が聞こえます。
『先生、白川先輩です』
教室に戻った百田さんが、三鷹さんにスマートフォンを渡したようです。三鷹さん、主からと聞いて、授業中なのにスマートフォンを受け取ってビデオ通話にしました。主のスマートフォンの画面いっぱいに、三鷹さんのお顔が映ります。百田さんは『怖い』と言っていましたけれど、主が見る分には元気がないようです。怒られた時の秋君みたいです。
「三鷹さん、お疲れです?」
『… 桜雨がいない』
まぁ、卒業しましたからね。もしかして三鷹さん、主が学校に居なくていじけているんですか?
「少しだけ、我慢してください。先生がちゃんと授業やってあげないと、生徒は可哀そうですよ。三鷹さんの授業、分かりやすいって好評で、私も大好きだったんですから」
『今日は有休を取っていたのに…』
そうなんですよね。三鷹さん、今日は有休を取っていたんです。主とデートするつもりで。だから、なおさらションボリして、やる気がないんですね。
「しょうがないよね? お仕事なんだから」
『仕事、辞める』
その発言に驚いたのは三鷹さんの目の前にいる生徒達です。といいますか、さっきから生徒達は目が点です。三鷹さん、生徒の真ん前で電話中なんですよね。しかも、スピーカーにしているから、会話内容が駄々洩れ。それぞれの生徒の中にあった『水島先生』のイメージが、壊れているんじゃないんですかね?
「私、三鷹さんの『先生』している所、とっても好きなんだけどなぁ…。 そっか、もう見れないんだ。残念…」
『辞めない』
主のシュンとしたお顔と言葉を聞いて、三鷹さんは即答します。
「良かった。あのね、もう少しでお弁当の時間でしょう? 三鷹さんの大好きなモノ入れてあるから、楽しみにしててね。言っても、いつものだけど。あと、お手紙も入れておいたの。読んでね」
主の言葉に、三鷹さんはウンウンと頷きます。
「三鷹さん、お昼まであと少しだから、お仕事頑張って! 夕方のお出かけ、楽しみにしてるから」
『分かった!』
三鷹さん、スッと百田さんにスマートフォンを返すと、改めて背筋を伸ばして教科書を読み上げ始めました。百田さんはその様子をスマートフォンで主達に見せながら、そぉっと教室を出ました。
『さすが白川先輩! ありがとうございます』
「こちらこそ、ごめんなさい。三鷹さんが帰ってきたら、ちゃんと言い聞かせておくね。あと、梅吉兄さんもだっけ?」
主、三鷹さんのお母さんみたいですね。
『東条先生の授業は、瀬田が受けているんですけれど… 抜け殻で生徒が好き勝手やってて授業にならないって、ヘルプLINEが来たんです』
「いいわ、兄さんには私から言うから、移動してくれるかしら?」
『ありがとうございます~。助かります』
そして、体育館に移動した百田さんが梅吉さんにスマートフォンを渡すと、桃華ちゃんの雷がドドーン!!と落ちました。梅吉さんも、やっぱり桃華ちゃんと主が学校に居ないのが原因だったみたいですね。