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第322話 男は拳で語り合う

■その322 男は拳で語り合う■


 皆さんこんにちは、カエルです。

 昼過ぎから始まった坂本さんのメイク特別講習会と、同時進行していた松橋さんの手芸教室は、夕方前に終わりました。

 坂本さんと松橋さんは、メイク道具を買いに隣町へ。主と桃華ももかちゃんは、お家に帰る前にスーパーへ。お店のつくろい物を終えた高橋さんも一緒にスーパーに寄ってくれたので、主と桃華ちゃんはたくさんお買い物が出来ました。


 3人で仲良くお話をしながら帰ってみると…


「噂をすればなんとやら。とうとう、やりだしたじゃん」


 高橋さんのその口調は、『醤油とって』と同じぐらいサラッとしたものです。主も桃華ちゃんも、特に驚くことなく頷きました。

 玄関前の庭で、仕事のエプロンを掛けたままの修二さんと、仕事帰りらしいスーツ姿の三鷹みたかさんが殴り合っています。三鷹さん、せめてスーツを脱げばいいのにと、主は思いました。確かに、あれだけ暴れていたら、どっかしらは切れそうですよね。


「お帰り〜。タイムセール、間に合った?」


 そんな主達を見つけて、梅吉さんが来ました。手には、竹刀を持っています。


「兄さん、これ…」


 桃華ちゃんは、目の前で繰り広げられている殴り合いを指さします。一方的ではなく、試合の組み手かと思えるぐらいの激しい攻防戦。瞬き、していますか? お互い致命的な一撃が入らないせいもあって、長期戦になりそうです。


「梅吉~、お疲れ様。通行人に通報されたよ」


 梅吉さんが答えようとしたら、お巡りさんが後ろから声をかけてきました。乗って来た自転車を止めて、呆れたお顔です。商店街にある交番のお巡りさんで、梅吉さんの学生時代の先輩さんです。主や桃華ちゃんのことも、良く知っています。


「報告しなきゃいけないからさ、一応聞くけど… どうしたのよ、これ?」


 面倒くさいんでしょうね。手帳を取り出して、ため息をついて… お顔に出てますよ。


「修二さんが配達から帰ったら、仕事帰りの三鷹と目があって、切れちゃったみたい」


「最近の修二さん、だいぶ気が長くなったと思ったんだけどな〜。三鷹、なんかしたの?」


 そうですね。ここまで暴れている修二さん、僕も久しぶりに見ます。まぁ、相手を出来る人も、限られてますけれど。


「先日、桜雨おうめちゃんが高校を卒業しまして…」


「あ、そうか! 2人とも卒業か〜。おめでとう」


「「ありがとうございます」」


 3人はペコリと頭を下げます。


「そうかそうか。卒業して、いよいよ公認で付き合えるようになったのか。そりゃあ修二さん、心中複雑だな~」


「消化しようとして、だいぶ頑張ってたみたいなんだけどねぇ… 目があった瞬間、爆発しちゃったんだろうな。何て言うの? 水風船が破裂するみたいな感じ? まぁ、ああやって拳で語り合うのが一番なんじゃない? あの2人は」


 梅吉さんは両手で風船らしきものをかたどって、内側に入れていた指を一気に外側に向けます。


「分かる分かる。まぁ、俺はいいんだよ。内情も、二人の人となりも知ってるから。でも、通報されちゃったから、暴力を容認しちゃまずいのよ」


「ですよね〜」


 アレね、とまだ殴り合っている修二さんと三鷹さんをペンで示します。2人とも、脚も使い始めましたね。梅吉さんは、苦笑いしか出来ません。


「桜雨ちゃん、アレ、やってみる? 「私のために争わないで!」ってヤツ」


 お巡りさんは両手をバッと広げて、提案します。


「駄目です。今度は桜雨の取り合いになるわ」


 そのアイディアを、桃華ちゃんが速攻で却下しました。


「だよね〜。じゃあ、梅吉、止めちゃって。そのための竹刀でしょ? 佐伯と義人よしひといるから、止められるでしょう? 俺も、早く交番戻らないといけないからさ」


「了解でーす」


 梅吉さんは大きく竹刀を上げました。



 修二しゅうじさんと三鷹みたかさんの影で気が付きませんでしたけれど、玄関前には竹刀を持った佐伯さえき君と、改造モデルガンを装備した笠原先生がいました。

 梅吉さんの合図で、修二さんと三鷹さんはその3人に鎮圧ちんあつされました。そして、修二さんは梅吉さんに、三鷹さんは佐伯君と笠原先生に押さえつけられたまま、お巡りさんのお説教を聞きました。


 その後も、しばらく殺気立っていた修二さんと三鷹さんですけれど、お仕事中の美和さんに


「メっ!!」


と怒られて、ようやく大人しくなりました。

 怒られたワンコの様に、ションボリした修二さんと三鷹さんを見て、主はお夕飯のおかずに修二さんの好きな肉料理を多めに、三鷹さんの好きなだし巻き玉子を大きく作って出してくれました。




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