■おまけの話 勇一と美世1・出会いの冬2■
初めて食べる料理をお腹いっぱい食べたら、今までの緊張感や雪道を歩いてきた疲れが出て来て、布団に入った時には夢見心地だった。
隙間風が入り込むようなこともなくて、布団は厚みがあって温かかったから、体を丸めて寝ることは無いのに…。いつもの癖で体を丸めて、一緒に寝ている3才の妹の体を、手を伸ばして探した。
「… いないんだ」
一人だと、思い出した。思い出して、目が冴えて、帰りたくなった。大きなお風呂に、美味しいご飯、隙間風の入ってこない部屋に暖かい布団、どれも家にはない贅沢なものでとても嬉しい事ばかりだけれど、家族が居ない。
自分一人がこんな贅沢をして申し訳ない気持ちと、家族から放れて一人になってしまった悲しさと、兄弟の中で私が売られたという気持ちと… 悲しくて悲しくて、涙が止まらなかった。声を我慢することも忘れて、泣いていたと思う。
そんな私の背中を、東条さんは黙って布団の上からポンポンと優しく叩いてくれていた。それがとても気持ち良かったのか、泣きつかれたのか、いつの間にか私は眠っていた。
「おはようございます」
「おはよう」
翌朝の挨拶は、泣きはらした顔だった。とても酷い顔だったと思う。みすぼらしさに、拍車がかかっていただろう。そんな状態でも私のお腹は通常運転のようで、朝食のお膳を前にすると元気よく鳴いた。
「… ごめんなさい」
いつもなら家族と一緒に笑いあっているのだけれど、この時一緒に居たのはニコリともしない無表情の東条さんだ。私は恥ずかしくなって、
「ミヨ…」
「はい! ごめんなさい!!」
名前を呼んだ声は静かなのに、私は反射的にギュッと両目を瞑った。
「謝る事は無い。
お前の家族の事だ」
「私の、家族?」
そっと目を開けた私に、東条さんは静かに頷いた。
「ミヨ、父が年末の出稼ぎで怪我をしたのは知っているか?」
「… いえ、知りませんでした」
父は、冬になると出稼ぎに出ていた。畑や田んぼの仕事が無くなる冬は、収入が無くなってしまうから。正月に帰って来て、松が取れないうちに出稼ぎ先に戻って、帰って来るのは田植えが始まる前だった。けれど、この年は旧正月を過ぎても出稼ぎ先には戻っていなかった。
「仕事中の事故で、3週間ほど入院したらしい。事故は12月の頭だったから収入がないどころか、入院費が出た。仕事中の事故だから、雇い主がいくらかは負担してくれるらしいが、収入は全くない。このままでは家族を飢え死にしてしまうと、お前の父から連絡を受けた」
父が事故にあった事も、怪我で入院したことも、何も知らされていなかった。
「幼いお前には、難しい話だと思うが… 私の家は、東条家の本家だ。幾人もの血縁者を女中として置いている。女中には給料が払われる。昨日ミヨの父に渡したお金は、先の6か月分の給料だ。給料以上の働きが見られれば、月末には小遣いが貰える」
確かに、この時の私は幼くて話は難しく良く分からなかった。何より父の怪我がショックだった。
「… 家族に会えなくなるのは悲しいだろうし寂しいと思うが、ミヨは家族を助けることが出来る」
話の内容を確り理解できていない私に、東条さんは困ったように言い直した。無表情が崩れたのを初めて見て、なんだか嬉しかったのを覚えている。
「ミヨは、売られたのではない。家族を助けて欲しいと、頼られたのだ」
その一言が、私の幼い気持ちを救ってくれた。きっと、顔色が明るくでもなったのだろう。東条さんはホッとしたように、私に食事を勧めてくれた。
「さぁ、食べよう。本家までは距離がある。しっかり食べておきなさい」
その時には東条さんの顔は無表情に戻ってしまったけれど、料理の味は夕飯の時より美味しかった。
これが、16歳だった東条勇一さんと7歳を目前にした私の出会いだった。