■おまけの話14 勇一と美世4・クリスマスと珈琲1■
年内の学校は、12月23日の今日で終わり。明日から少しだけ長い冬休みに入り、私の一日はほぼご飯を炊く事で終わるようになる。去年と同様に。
ご飯を炊くのは慣れているから、そんなに大変ではないだろうと去年の今は思っていた。けれど、朝から夜までずっと腰を落として竈の前で火の相手をするのは、心身共にきつかった。お昼ご飯は火の前でお握りを齧って、トイレは限界まで我慢して駆け込んだ。
竈の火を落として、灰の後片づけをして… お湯の中で体を伸ばすことが、冬休みの楽しみだった。
そんな数日が明日から始まる。
学校の帰り道、商店街の手前でお友達たちと別れると、自然と意識は『女中さん』に変わる。チヨさんのリメイクしたお下がりを着ていても、赤いランドセルを背負っていても、気持ちは『女中さん』。
何店舗もある八百屋さんや魚屋さん、お肉屋さんの店先をチラチラ見ながら、それぞれの価格をチェックする。後でお買い物に出た時に、迷わず安くて良い物を買うために。暴れん坊の修二君の相手をしながらの買い物は、時間との勝負だからだ。
けれど、この時季の商店街はいつにも増してキラキラしていて、電柱に設置されている共用スピーカーから流れる音楽も浮かれたモノだった。店先に並ぶ商品はいつもと違って特別なモノばかりで、値段も二度見してしまう程普段と違っていた。
商店街は浮かれていたけれど、私もそんな雰囲気に少しはウキウキしていた。いつもは窓ガラスの向こう側にある玩具やお菓子が、大小のワゴンに入れられて店先に並べられていたから。特に、お菓子屋さんのワゴンに積まれた飴玉の瓶は、少しオレンジを帯び始めたお日様をキラキラ反射させて私の目を引いた。
「ミヨ、お帰り」
買って、兄妹に送ってあげたら喜ぶかな? と思いながら見入っていたら聞きなれた声に名前を呼ばれた。
「ただいま帰りました。勇一様、お買い物ですか?」
振り返ると、黒い詰襟の学生服にコートを羽織った勇一さんが立っていた。
「修二が客間の窓ガラスを全部割た」
よく見ると、勇一さんの後ろはガラス屋さん。注文を終えて店を出たら、たまたま私が居たのだろう。
「全部って?」
「5部屋ある客間の窓ガラスを全部だ」
聞かされている予定では、明日からお客様がひっきりなしにお見えになるはず。12月の気候で、窓にガラスの無い客間にお客様をお通しするわけにもいかない。
「ガラスって、そんなに早く入れて貰えるんですか?」
チラッと勇一さんの後ろ、ガラス屋さんのお店を見ると、厚いガラスドアの向こうでワタワタと動き回るお店の人達が見えた。どうやら、入れて貰えそうだ。
「急ぎだし、枚数が枚数だから、電話よりも直に頼みに来た方が良いだろう。それと…」
勇一さんは、コートのポケットからメモ用紙を取り出した。差し出されたメモ用紙には、見慣れた字で肉や魚、アルコール類の名前がずらりと書いてあった。
「窓ガラスの片づけ等で、サヨ達の手がふさがっていたから、買い物を買って出た」
「えっ!! 奥様が知ったら、怒られますよ?」
タカさんも怒る。
「修二の尻ぬぐいだ。それに、母もタカも明日からの準備で忙しくて、そんな事も言っていられないだろう」
確かに、新しく入ったマリさんは戦力外どころか足を引っ張っているのが現状で、そんな中で修二君のしでかした後始末も足されたら、猫の手も借りたい状態だろう。
「ミヨの帰る時間だと思ったから、ミヨに買い物を手伝ってもらう事は伝えてある。メモを貰っても、買う店や同じものならどれがいいのか、判断に迷うからな」
なるほど。私が帰宅した後に再び買い物に出るより、時間の節約にもなる。
「じゃぁ、このお店から行きましょう。一番近いです」
そう言いながら私が指さしたのは、味噌・醤油・塩の文字だった。
「重い物は最後の方が良いのではないか?」
「配達してくれるので、大丈夫ですよ。確か、どれも明日のお夕飯を作る分はあったはずなので、明日中に持って来てもらえば大丈夫です」
「そうか」
お屋敷は大所帯だから、一食用意するにも調味料を使う量は普通の家庭の倍。仕入れの時は大量になるので、お店の人が配達をしてくれる。これから年末年始で、使う量は普段の何倍にもなるから、仕入れもいつもの倍だった。
「でも、お肉とかも、明日の午前中に配達してもらうので大丈夫そうですよ。買って帰るのは… お客様用の茶器セットですね」
メモを見ながら、文字の頭についているマークを指さした。買い物リストの前に、丸や半丸が付いている。何もついていないのは、『お客様用茶器セット』だけだった。
「これ、丸は『明日中に』。半丸は『明日の午前中に』。黒く塗った半丸は『明日の午後以降』。って、時間指定の記号なんです」
不思議そうな顔をした勇一さんに説明しながら、私達は目的のお店に向かった。
「お客様用の茶器セットは、確かに勇一様に見繕って頂くのが正解ですね。
ミヨでは無理ですもん」
お客様用の茶器セット、今朝、朝食準備中にマリさんが派手に割っていたのを思い出した。しかも、朝食の準備をしているのではなく、おかずのつまみ食い用の取り皿を探していてだった。忙しい時間だったので、タカさんも一言二言怒っただけだった。たぶん、もう怒るのも疲れていたんだろうと思う。それほどマリさんの仕事ぶりは、この頃の私から見ても目に余るものがあったから。
私と勇一さんは、メモに書かれた品物の配達手配を済ませて、瀬戸物のお店に入った。商店街のメインストリートから外れた所にある、古臭い店構えのそのお店は、私一人では絶対に入る事の出来ないお店だった。
勇一さんは重そうな入り口のドアを開けて、臆することなく入って行く。その後ろを、私はランドセルを前に抱えなおして、体を出来るだけ小さくして付いて行った。
勇一さんがお店の人と話しながら茶器を選んでいる間、私は所狭しと並べられた瀬戸物を見て回っていた。引っ掛けて割ってしまわない様に、気を付けながら。