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No.17 第6話『first』- 2



「いらっしゃいませー」


コンビニのバイトで商品を陳列させていた時、パタパタとサンダルを響かせて走ってきた人物。

エプロンをつけたまま制服姿で何かを探しているのが珍しかった。


見た感じは俺よりも下の年齢くらいで見たことのない制服。

その女の子のエプロンをつけて忙しくしている姿が色んな想像をかきたたせる。


中学生が料理。母子家庭か父子家庭。または両親がいない家庭。

両親が共働きで夜が遅かったら兄弟に作るための料理の可能性もある。1人っ子では無さそうだな。


急いでいる様子とは対照的に表情は穏やか。料理を作ることに対して嫌がるどころか嬉しそうにも見える。


好きな男に作るって線も拭えないな…

そこまで考えた所で、また悪い癖が出てることに気付いて首を横に振った。


考えんの止そう。

そう思ったのと同時に、女の子のポケットから低いバイブ音が響いた。


「あ、もしもし?うん、今ねコンビニに卵を買いに来てて…」


その話しぶりから一瞬で察知する。好きな男に作るの線で決定だな。

柔らかく笑いながら電話越しの相手へ向かって話しかける女の子を横目に立ち上がった。


陳列が終わり、レジの方に向かってからぼーっと店内を眺める。

これ以上見ていたらまた余計な思考を働かせてしまう。


そうならないように出来るだけ人を視界から外して遠くの飛び回る虫を見つめていた。


「あ、あの…あの、お願いします」

「…!あ、すみません」


気付けばあの子が卵を差し出して下から覗きこんでいた。それを慌ててレジに置き会計を済ます。

俺が淡々と金額を伝えるのとは反対に、目の前の女の子は始終楽しそうに卵を見つめて微笑んでいた。


コンビニのバイトを始めて約半年。今まで色んな客を見てきた。

男性客は至って普通。でも女性客はいつも俺の顔を見て反応を示す。


必ず二度見をして、それからじっと凝視してくるか、明らかに目線を逸らして照れ始めるか。

その2パターンしか無かった世界に、1人だけ全く反応を示さない女の子が現れた。


今、目の前にいる女の子。俺のことを視界に入れても全くと言っていいほど反応を示さなかった人。

たったそれだけのことなのに、目の前にいる女の子が何か特別なもののように感じた。


彼女の頭の中はたぶん、相手の男のことでいっぱいなんだろう。

その恋する乙女って感じのオーラがほんの少しだけ可愛く見えた。


自分に向けられていない恋。

とてつもなく安心して、それと同時に応援してあげたいとも思えた。


「…若い男はオムライスとか作ったら結構落ちるよ」

「え…?」

「好きな男に作るんだろ?」

「す、好きな人じゃありませんよ!」


顔を真っ赤にしながら否定をする女の子にお釣りとレシートを手渡す。

言葉で否定したって俺には何の意味も無いのに…っていうか俺じゃ無くてもこの反応は嘘だってわかるだろ。


この人も、何となく雪タイプって気がする。


「ふ~ん。そうなんだ」

「で、でも…今日はせっかくだからオムライスにしますね」


そう言いながらふわっと笑った女の子に、おお…と心の中で声を漏らす。

今のは可愛かった。3歳児くらいの子に微笑まれた気分。


ビニール袋を手渡していつものありがとうございましたを言い終わると、向こうも繰り返すようにお礼を言って笑顔で出ていった。




あれから一向に見かけなかったあの子が二度目に来店したのは、夏から冬に変わった時だった。


「ぎゃっ!」

「…。」


前と同じく急いで走ってきたのは良いものの、開いてると思ってたのかいきなり扉に突進してきた。

前を見て走りましょう。そう心の中で呟いてから無表情で扉を開けて、大丈夫?と聞いてみる。


涙目になりながら、大丈夫です、すみませんと頭を下げる姿を見て、尚更3歳児くらいの子に見えてしまった。


性格とは似合わない制服にエプロン姿。

エプロンだけが妙に浮いていて、それが何故か他とは違う特別なもののように見えてしまう。


ああ、俺ってもしかしたら変わってる物に目がいくのかもしれない。

そんな風に思っている間に、彼女が店内を走って卵を手に取りレジへと持ってきていた。


何でいつもエプロン外して来ないんだろうとか。何でいつも卵だけ買い忘れるんだろうとか。

…好きな男はその後どうなったんだろうとか。


興味本位で聞きたいことは色々あったけど、わざわざ自分から口を開いて聞くほどのことじゃない。

だからただいつも通り黙ってお釣りとレシートを手渡した時だった。


「あ、さっきのお礼に飴…どうですか?」

「ブッ」


エプロンのポケットからてんこ盛りの飴を取り出してくる女の子に思わず噴き出してしまう。

エプロンから飴?しかも大量?何だこの子熟女か?熟女なのか?


鞄の中に常に飴忍ばせてる熟女と同じ感覚なのか?

それともあれか。二次元ポケット的なあれか。大量過ぎるもんな。


「え、あの…!え?!何で笑ってるんですか?」

「ごめん、ちょっと…わからな過ぎて」

「え?!あ、種類ですか?種類なら何でもありますよ!」


種類ー?!

ドッと我慢してた笑いがここで爆発した。すごいなこの子。雪の遥か上を越えてる変人。

真っ直ぐでわかりやすい時もあれば何考えてんのかさっぱりわからない時もある。


「クッ…あー、腹痛い」

「あ、あの…やっぱりいりませんか?」

「あー、じゃあ悪いからオレンジだけ全部もらえる?」

「オ、オレンジ全部ですか?!ははははい今探します!」


レジの上へ飴を広げて必死に探し始める彼女を見て、またドッと笑いが押し寄せてくる。

ひとつひとつ丁寧に飴の群衆からオレンジを摘み上げる仕草に、バイト中だということも忘れて大いに笑った。

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