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No.18 第6話『first』- 3



他の客がたまたま居なくて本当によかったなと今になって思う。

あの時あのままレジを挟んで長く会話を出来たのは、本当に偶然以外の何ものでもなかったから。


俺の人生にとっては、奇跡みたいなもんだったから。


「冗談だって!マジでやんないで笑い死ぬ」

「じょ、冗談でしたか!」

「つーか必死過ぎ。オレンジ見極めんのにそんな至近距離から凝視しなくてもわかんだろ」

「そ、そうですよね!」


老人並の格好で飴を凝視するこの子の姿を思い出してまた腹を抱える。

失礼過ぎる自分の行動にやめろと言い聞かせても体が言うことを聞かなかった。


涙目になりながら目の前の子を覗き見れば、彼女も下を向きながらフフッと笑いを漏らしている。

その直後、彼女の呟いた言葉に俺の目が大きく見開かされた。


「フフッ……面白い人」

「…!」


そう、彼女が一言漏らした瞬間、手から足先までビリッと電流が走った。

あ、今のは単純に…


「面白いのは…あんただろ」


嬉しかった。


「わ、私は全然…。あ、あとすごく元気が出ました。あなたの笑顔で」


初めて感じた嬉しさだった。

初めて自分が、褒められたような気がした。


「…なんか、凹むことでもあった?好きな男のこととか…」

「…!そ、そうです」


少し俯きながら呟いた返事を耳に入れながらビニール袋を広げる。

その好きな男へ作るための材料をビニール袋に入れてじっと考えた。


彼女の悩みについてのことじゃない。

俺自身の疑問や好奇心について、ぐるぐると考えを巡らせていた。


この子なら、何て答えるんだろう。この子なら、俺に答えをくれるんじゃないか。

そんな思いを込めて、今までずっと疑問だったことについて一言だけ呟いた。


「その人の…どこが好きなの?」


人は、人を好きになる時、何を基準で好きになるんだろう。


容姿だけでも上げていけば数多く存在する。顔、身長、体格、肌、声。

性格だけでも上げていけば数多く存在する。優しい、男らしい、面白い、お人好し。


俺の基準は、どこに位置付ければ良いんだろう。


人を好きになったことが一度も、掠りさえもしなかったから、ずっとずっと理解が出来なかった。

異性を好きになる感情とか、人を恋しくなる感情とか。だから知りたかった。


今目の前にいるこの子が、他の人とは違う、俺の探してた答えを出してくれそうな気がしたから。

けれど、出てきた言葉は俺の想像していたものとはかけ離れたものだった。


「……わかんないや」


困ったような悲しいような、そんな表情でへらっと笑ってみせる。

その後続いた話は何となく…本当に何となくだけど、薄らわかるような気がした。


「私にもどこが好きなのかはわからないよ」

「じゃあ…好きじゃないんじゃない?」

「ううん、わからないけど…たぶん一言で表せないから好きって言葉で簡単にまとめてるんだと思う」


言葉だけで全てを表現出来ない気持ちを好きって言うんだよ、きっと。

だから、好きな理由も言葉では表わせないや。自分にだってわからないんだから。


そう笑顔で呟いた後、悩んでたことは解決しましたか?っと首を傾げて問われる。

いつの間にか心の内を読まれていた。何で悩んでいたことや思っていたことを当てられたんだろう。


「あ、うん……何となく、わかった」

「良かったお役に立てて。あなたの笑顔で元気にさせてもらったから、これがお礼で良いですか?」

「あ、はい。良いです」

「ふふッ」


その時笑った彼女の顔が、脳裏に焼き付いて離れなかった。


袋を受け取って、飴を手渡して、じゃあ…と手を振ってコンビニを出ていく姿。

それを見つめながら思ったことは、今まで生きてきた中で初めて思ったことだった。


また、あの子に会いたい。


「次、いつ来んだろう。また半年後とかだろうな」


また会って、もっともっと話をしたい。どんな話でも良い。

笑ったり、真剣になったり、困らせたり、色んな顔を見たい。


初めてだった。こんな風に人へ思ったのは。

それなのに、彼女はあれから一度もコンビニへ来ることは無かった。


名前も知らない。家も知らない。顔は…2回会っただけだけどちゃんと覚えてる。


ああ、そうだ…。たったの2回だ。俺とあの子が顔を合わせて、ほんの少し会話をしたのは。

今まで自分のことは捻くれてて複雑で、物事を難しくばっかり考える堅苦しい奴だと思っていたのに…


「何だ、俺って結構単純…」

「さっきから呆けてると思ったら第一声がそれか」


教室で後ろの机にもたれながら真上を見上げて呟く。

横の席に座っていた雪が苦笑しながらこっちを見つめていた。


高2の冬。1年経ってもコンビニに現れなくなった女の子について考える日々が続いた。

たった2回しか会ってないんだからもう忘れても良いはずなのに、俺の頭の中にはいつの間にかあの子の笑顔だけが住みついていた。


「ほら、中学の卒アル」

「あ、俺忘れた」

「お前が見せ合おうって言ったんだろー?ったく」


雪が持ってきた卒業アルバムを俺の机に乗せて2人で覗き込む。

中学の時の雪はどんな奴だったのか。そんな興味本位で発案したことが、あの子の情報に繋がるとは思わなかった。

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