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No.19 第6話『first』- 4



アルバムを縦にした拍子に隙間からヒラヒラと落ちてきた写真。

それを悪かったと拾い上げた瞬間、あの笑顔が俺の目に飛び込んできた。


「ヤバい俺、幻覚見てる」

「は…?」


目頭をぎゅっと強く摘んでからもう一度写真を見つめてみる。

それでもそこにあったのは、俺の求めていた笑顔だった。


雪の…兄妹だったのか?どう見ても家族写真にしか見えない。

雪と彼女と、おばあちゃんらしき人が3人でケーキを囲んで写っていた。


「おい、何だよ望月。写真返せって」

「あと5秒待って」

「だから何なんだよさっきから」


1年前、彼女と最後にあった日を思い出す。

コンビニでレジを挟んで大声で笑って、その後俺の疑問を打ち明けた。


『その人の…どこが好きなの?』


「ハハッ、ほんとだ。わかんねェや」

「…俺はお前がわかんねェ」


写真を持ったまま机にへろへろと崩れ落ちて困ったように笑う。

左手で額を抑えながら、ずっと想い続けてる相手の写真を見つめた。


2回しか会ったことの無い、会話をしたのも一瞬だけの人。

それなのに何で、こんなに特別だと思うのか。


『好きな理由は言葉では表わせない』

『自分でもわからないから』


本当に、その通りだった。


俺の行動に苦笑しつつ黙って見守ってくれてる雪へ視線を移し、またいつもの通り考える。

今までの彼女の行動、家族写真から考えて……1つ、導き出せてしまうことがある。


「雪…」

「んー?」

「お前さ……」


家で食べる飯は美味い?


そう小さく小さく聞いた質問に、何の疑いも無く言葉が返ってくる。

元気で、明るくて、何も知らない楽観的な声が…


「美味いよ普通に。何で?」

「…そっか。良かったな。…坂本と付き合ってた時って高一の冬だっけ」

「坂本?…そう。一週間くらいで別れたけどな。だから何で?」

「……教えない」


俯きながらした返事は、小さ過ぎて聞こえたかどうかもわからなかった。


『…なんか、凹むことでもあった?好きな男のこととか…』

『…!そ、そうです』


あの子と二度目に会った高一の冬。


俺の笑顔で元気が出たと言ってくれた時のことを思い出した。

俺のことを、面白い人だと言ってくれた時のことを思い出した。


ほら、やっぱり…観察力があるっていうのは決して良いことなんかじゃない。

見たくないものまで見えたり、知りたくないものまで知ってしまうから。


会える手段を見つけた時には、もっと厚くて高い壁を見つけてしまった。

どんな相手なのかを知ってしまった時には、決して勝つことのできない力量の差まで知ってしまった。


「あ、なあ望月。今日俺ん家でゲームし…」

「俺の部屋の方が良いだろ。ゲーム機多いし」

「ああそっか。んじゃ望月の家行くわ」


今はまだ、お前の家に行く勇気が出なかった。

今はまだ、お前を超える自信が俺には持てなかった。


「また、今度行かせて」

「おお、おっけー。いつでも来いよ」

「ああ…必ず行く」


俺が、現実を目の前にして壁へぶち当たっても、簡単に砕けなくなったら…

その時は、必ず会いに行く。






「佐上家の俺への影響力って尋常じゃないよな」

「は…?」

「え…?」


佐上家のリビング。そこにあるソファで寝そべりながら言い放った一言は、雪と春の行動を一瞬止めさせた。


「お前はいっつも唐突過ぎんだよ。つーか人ん家でくつろぐな」

「春、もう雪に尽くすの止めて俺のとこ来てよ」

「無視すんな口説くな居座るな!」


寝起きのスウェットのまま俺へ一喝する雪と、その隣で掃除機を持ちながら苦笑する春。

朝早く来過ぎてソファで寝ていたら、1、2年前の出来事を夢で見てしまっていた。それでこの状況。


「あのなぁ望月。来る時言えっつーの」

「お前に会いに来たんじゃねェの。春に会いに来てんの」

「どっちにしろ言わなきゃ入れねェだろーが!鍵はどうした!」

「春に合鍵もらった」

「はあ?!」


慌てて雪へ事情を説明する春を横目に、入れてもらった紅茶を飲み干す。

何度も何度も連絡を入れずに家へ来ては開けてもらうのを待っている俺を見て、一昨日春が同情して鍵をくれた。


玄関の前で座り込んで寝てたのが、追い出された大型犬に見えたらしい。

それからは2人が起きてくる前にソファで寝て待つ日々が続いていた。


「春が1人暮らしに戻ったらどうする気だよ望月」

「同じ作戦で鍵ゲットする」

「絶対渡すなよ春!!」

「わわわわかってます!」


声を荒げる雪をじっと見て、春に紅茶のおかわりを遠慮しながら要求する。


雪の反応は、難しい。

こいつのラインを計るのは、普通の奴と同じ尺では計れない。恋愛に関しては…だけど。


「ゆ、雪、それより朝ご飯は?」

「バイトあるから、遅刻気味だし食べずに行く」

「そ、そっか……」


それに比べて春は嫌ってほどわかりやすい。

何事も行動を起こすきっかけは雪。


何でもかんでも雪のために動いて、雪のいない時も頭ん中は雪。

あれも雪、これも雪、それも雪、全部雪!


「雪がバイトに行ったまま帰って来ませんように」

「あいつブッ殺しても良い?」

「け、喧嘩しないで……」


ゴロっと寝返りを打って2人を視界に入れないよう背中を向ける。


現実ってのは、上手くいかない。

唯一信頼出来た友達が、唯一好きだと思えた女の想い人。


両方大切だからこそ何よりも悩むし苦しいし、どうしようもない。

俺の人生に影響を与えまくる佐上姉弟をちらっと覗き見て、また無意識に考えを巡らせる。


いつの間にか、雪に心を開いていた。

いつの間にか、春に心を奪われていた。


雪をライバル視して、春に想いを告げて、無理やり虚勢を張る。

なあ、俺は……未だにこれが正解なのか、わからないんだ。



『first』

人生で初めて出会えた、かけがえのない人達



「望月、今日何時に帰んだよ」

「…何で」

「俺今日遅いから春と夕飯食ってやって」

「……わかった」

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