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No.20 第7話『決心』- 1



今思ってることは、普通の弟でも思ったりすることなんだろうか。


「…いつの間に色気づいてんだよあいつは」


斜め上でヒラヒラと舞い続けるピンク色の物に目を向けながら呟く。

両腕を枕にして仰向けになりながら、目の前の物をじっと凝視した。


朝から忙しなく洗濯をして家事をこなしていた人物。その人物がこれを一生懸命干していたのかと思うと、自然と口角が上がり始めた。


「何のための勝負下着だよこれ…俺に見せる用か?」


そう口から漏らした時には笑い声も一緒に口から飛び出していた。

そしてその時感じた感情は、普通の弟が感じるようなことじゃないとも思った。


自分のことを好いてる女が、色気と可愛さが伴う下着を身につけている。

その事実に嬉しいという感情が湧き上がってどこか落ち着かない自分がいた。


普通の、ごく一般的な弟なら、干してある姉の下着でこれだけ感情が乱れるもんなんだろうか。

庭に通じる渡り廊下で何十分も寝そべりながら、ヒラヒラと舞う姉の下着を見て暇を潰せるもんなんだろうか。


「やっぱ俺ただの変態なのかな」

「自覚があんなら何も言わなくて良いよな。殺すぞ雪」


頭上から聞こえた声に寝たまま視線を向けてみる。

そこにはどす黒いオーラを放ちながら俺を見下している望月がいた。


機嫌を直すためにハハッと笑ってみせても、望月は眉間に皺を寄せて反応を示さない。

仕方なく上半身を起こして、春のためにも例の物が望月に見えないように扉を閉めた。


「……雪、話あるからこっち来いよ」

「…了解」


俺の予想では扉を閉めた後もグチグチと説教が続くと思っていた。

なのに目の前にいる望月は、何事も無かったかのように真剣な表情で俺へ話しかけてくる。


マジで、真剣な話されんだろうな…。そう思った瞬間、両手が微かに震え始めた。

それを望月に悟られないように平静を装って一端台所へと向かう。


望月が家へ来たら必ず飲む紅茶を入れて、リビングの机にゆっくりと置いた。


ソファで前のめりに座りながら何かを考えてる望月。

真面目で良い奴なこいつのことだから、必死に言葉を選んでるんだろう。


なあ、望月。

ずっと俺に聞きたいことあったんだろ?

…聞きにくいなら、俺から言ってやろうか?


「俺が春のことどう思ってんのか…知りたいんだろ」

「…!」


突然俺から切り出したことで望月の体が大きく反応を示す。

目を見開いて、俺へ勢い良く目線を向けていた。


望月が俺と目を合わさないように俯いていたから、一瞬でも目が合ってほっとする。

目は、合わせてほしいんだよ。軽蔑されてるんじゃなかって…不安になるから。


「望月が春のこと好きだってわかった時、正直嫉妬した。望月に取られんじゃねェのかって…焦りまくった」

「…ああ。それは…わかってた」

「やっぱな。お前そういうの敏感だし観察力っつーか色々鋭いし、すぐバレてんだろうなってのは俺も思ってた」

「…俺が聞きたいのはそこじゃない。お前が春を想ってる感情は…」

「あー、ストップストップ。ちょっと待って」


急ぎで本題に入ろうとする望月を静止して自分の分の紅茶に口をつける。

望月が知りたいと思ってることを問われる前に、俺が先に聞きたかった。


俺が知りたいと思ってることを。俺が、俺自身が、一番欲してる答えを。


「悪い。俺から先に聞いてもいいか?ちょっと長くなるけどさ」

「…わかった」


少しの間黙った後、低い声で返事が返ってくる。

望月は真剣な眼差しを一度俺に向けて、すぐに目線を逸らして紅茶のカップに口をつけた。


どこから話をするべきか考えながら、ギシッとソファに背中を預ける。

膝の上に無造作に置かれてる自分の両手を見て、思い出した昔のことから話をしようと決めた。


「両親が亡くなったのは、俺が幼稚園で春が小2の時だった」

「…。」

「親の記憶は薄らとしかないけど、すっげェ悲しかったことは鮮明に覚えてる」


毎日毎日、小さい両手で顔を覆って泣きじゃくってた。何回母さん母さんって呼んだのかもわからない。


ずっと手を握られて守られていたのに、突然手を離されて1人ぼっちにされる感覚。

温もりがいきなり奪われるっていうのは、まだ幼い俺にとってはかなりの喪失感だった。


子どもってすっげェよく泣くだろ?そんなに泣いたら干からびるぞって言いたくなるくらい…俺なんかは典型的なそれだった。

24時間どころか半年くらい泣き続けてたし。でも、干からびるどころか一向に涙は止まらなかった。


「男のくせに情けないだろ?」

「…まだ雪は幼かった。それが普通だろ」

「ところが。両親が死んでもまだ幼くても、一度も泣かない奴がいました」

「ッ…」

「うん、そう」


春だよ。


そう言い放った瞬間、俺の体に異変が起きた。


ぐっと喉に熱いものが込み上げてきて目から水が漏れ始める。

笑いながら言ったはずが、感情の方が勝って涙に出てきてしまっていた。


「そん時は俺ッ…馬鹿過ぎてさ。姉ちゃんはすっげェ強いんだって…何よりも逞しくて強い奴なんだって…思ってた」

「…。」

「本当はすっげェ泣き虫で弱くて、我慢強いだけの奴なのに、俺その当時は全然わかんなかったんだ」


ずっと泣き続ける俺の頭を撫でて笑ってた。

いつでも笑って手を握って、俺を元気づけようと色んなことをしてくれてた。


俺を喜ばせるためにチーズケーキを買ったり、公園で砂の城を一緒に作ったり、人形でヒーローごっこしてくれたり…それでもふとした時に母親を思い出して突然泣きだすことが多かった。


でもその度に姉ちゃんは笑ってこう言ってくれてたんだ。


「雪が寂しくないように、お姉ちゃんがいつも側にいてあげるからねって。守ってあげるからねって…」

「…その時雪にとっては春が母親代わりだったわけだ」

「そう、その時はな。完全にそうだった」


その完全な母親だった春が姉になったのは、俺が小学一年になった時だった。

まだピカピカのランドセルで入学したての頃、初めて…強くて頼りになるヒーローが完璧なヒーローじゃなくなった。

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