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No.21 第7話『決心』- 2



「うわ、汚ねェ!こいつ土食ってやんの」

「うッ…」


校庭にある滑り台の近くで、俺のヒーローが砂をかけられて蹲っていた。


体の大きな年上の男が複数で俺のヒーローをイジメてる。

男の一人が大きく右足を上げて攻撃をしようとするのが目に入った時だった。


「姉ちゃん?!お前ら何やってんだよ!!」

「…ゆ、き?」


頭よりも先に体が動いていた。

俺の後ろで蹲ってイジメに耐えていたのは、ヒーローなんかじゃない。

ヒーローなんかじゃなくて、母親なんかじゃなくて…


「ゆき!ダメだよ、教室に戻って!」

「何でだよ!こいつら姉ちゃんのこといじめてたんだろ?!」


俺の、たった一人の姉弟だった。


「何だこいつ。1年か?やっちまおうぜ」

「…!ゆきッ」


ずっと守られるだけで守ろうとしなかった。

自分が幼くて弱くて、まだ誰かに甘えててもいい年齢なんだと本能でわかっていたから。


でも幼くても弱くても、そんなこと関係なかったんだ。

だって俺を守り続けてたヒーローは、幼くて弱くて誰かに甘えててもいい年齢だったんだから。


「もうやめて!ゆきを返して!ゆき!!」


じゃあ姉ちゃんの甘える相手は誰がいる…?


死んだ母さん。死んだ父さん。死んだじいちゃん。忙しくてたまにしか会えないばあちゃん。

何だもう…。大人って頼りないな。強くないな。


「ぎゃああ!」

「姉ひゃんに手出すな!!」

「わかった!わかったから離してくれ!」


俺しかいないじゃんか。


そう気付いた時には体の大きないじめっ子達を追い返していた。

地面に座り込んだまま放心状態になってる姉ちゃんに近づいて顔を覗き込む。

その瞬間…


「姉ちゃん…何で泣いてんの?」

「うっ…う゛ぅッ」

「もう、あいつら…行った、よ?」


生まれて初めて、姉ちゃんの泣き顔を見た。

この一瞬、この時まで…本当に一度も目にしたことが無かったんだ。


「ゆ、き…ゆきッ、ごめ…ね」

「何で姉ちゃんが謝んの?姉ちゃん悪くない、よ」


姉ちゃんの泣く姿。姉ちゃんの弱る姿。姉ちゃんの…子供らしい、年相応の姿。


「痛、い…?痛い…?」

「痛く、ないよ。でも、眠いから…家帰る、かも」

「ふッ…うう゛」


守らなくちゃいけないと思った。

これからもずっと、出来るだけ悲しませずに笑っていられるように、守っていかなくちゃいけないと思った。


「ぼくが…姉ちゃん、を…守ってあげる」


そう誓った約束は、絶対に手放したくなかった。

昔も、今も…春が俺を異性として好きなんだと悟った時も、手放したくなんて無かった。



「ねえ雪、何で演技なの?私は本当にヤッちゃっても良いんだけど」

「理由聞かない約束だろ。合図したら始めろ」

「はいはーい。今日ちゃんと払ってね現金で」

「わかった」


春を諦めさせるために部屋へ女を連れ込んだあの日。

春が二階へ上がってきた時に合わせて聞こえるように声を出すよう促した。


そうでもして諦めさせたかった理由はただ1つ。


「…ゅ、き……ぁッ」


俺のことを好きでいたって、春は幸せになんかなれっこない。

それは俺が春を受け入れても受け入れなくても同じこと。


春が俺を好きでいる限り、真っ当な幸せを掴むことは出来ないから。

いつか俺のことで傷つけてしまうのなら、いつか苦しむことになるのなら、早い方が傷は浅くて済む。


例え今が辛くても、きっと後からこれで良かったんだと思うはずだ。きっと後から…守ることに繋がるはずなんだ。

あの時はそう思って、春を深く深く傷つけてしまった。


結果はこの様。

俺の前から姿を消そうとした春を、俺が自ら探しだして自分の元に戻してる。


男として断ったまでは良くても、わざわざ俺の元に繋ぎとめたのは春のためでも誰のためでもない、自分のためにやったことだった。


「あとは望月が俺の家に来た時の話だな」

「……俺はあの時、雪が嫉妬してた理由は恋愛感情じゃないと思ってた」

「うん、俺もそう思うよ。けど嫉妬した」


俯きながら小さく答えた返事に、望月が黙ったまま視線を落とした。

そのまま視線を机の上へ向けて、また紅茶を手にとって口づける。


しばらくしてから返ってきた質問は、回りくどく無くて率直なものだった。


「その嫉妬はどんな感情から来るもんだった?」

「…母親を取られたって感覚と似てたかな」

「……そうか」

「あとはそうだな…。春がお前の誘い断って帰ってきたあの日、本当はすげェ嬉しかった」


春が俺のとこに戻ってきたって…単純に嬉しかった。

それから春って呼ぶことに抵抗あったのが、全くと言っていいほど無くなって素直に呼べるようになった。


前よりは春を姉じゃなくて一人の女として見れるようにもなった。

干されてる洗濯物見てニヤついてられるくらいには。


そこまで立て続けに自分のことを言い終えた後、スーッと大きく新鮮な空気を吸い込む。

ゆっくりと肺に循環させた空気を吐いて目を瞑った。


これでやっと、俺が知りたいことを望月に聞ける。

やっと、やっと全部を曝け出して、悩んでる問題の答えを聞き出せる。


「望月は敏感だし観察力あるし色々鋭いよな」

「…。」

「お前はさ。俺が春を想ってる感情は…」


恋愛だと思う?家族愛だと思う?


そう声に出した瞬間、握っていた両手と声が震えた。

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