目次
ブックマーク
応援する
6
コメント
シェア
通報

No.22 第7話『決心』- 3



俺は、自分の感情が何一つわからなくなっていた。


自分がどう思っているのか、何をしたいのか、今俺の心の中を占めてる物は何なのか。

人に聞くことでしか判断出来なくなっていた。


いくら悩んでも出てこない。いくら考えても見つからない。正確で、的確な…答えが欲しかった。


「なあ、望月。わかんねェんだよ。俺が春のことを今どう想ってんのか」

「…。」

「お前ならわかるんじゃねェのかって…客観的に見たら俺ってどうなんだろって…」

「悪いけど俺にはわかんねェよ。観察力はあるけど…恋愛に関しては敏感じゃないし、愛情の判別なんてつかない」


力になれなくて悪かったな…。


望月はそう一言呟いた後、また何かわかったら連絡するとだけ伝えて家を出て行った。

一人残されたリビングで紅茶を飲み干してからゴロっとソファへ寝転がる。


自分にもわからねェ感情を人にわかってもらおうって方がどうかしてる。

自分自身で答えを見つけ出さないと何の意味も無い。


そんなことは十分わかっているのに、どうしても今の不安定な状況が落ち着かなくて怖かった。


どうすればいいのか…答えが欲しい。

そう強く強く願いながら、スッと目を閉じて眠りの中に入っていった。




目を覚ました時、辺りが真っ暗になっていて少し驚いた。


寝過ぎて夜になってた。今日俺寝れんのかな。つーか、春はまだ帰ってないのか…?

疑問に思ってゆっくりと上体を起こす。その瞬間、俺の寝てたソファと机の間で座りながら眠りについてる春が視界に入ってきた。


机に頭を乗せて狭い場所でわざわざ眠ってる。

ふと自分の体を見てみれば、薄い布団が下半身に掛かっていた。


「…春」


小さく小さく、起こさないように呟きながら春の頭を触る。

自分に掛けてくれた布団をそのまま春に返そうかとも思ったけど、起こして布団に寝かせた方が良いと思った。


「おい…、おい春。起きろって」


肩を少しだけ強く揺らす。その時にふわっと香った春独特の良い匂いが俺の鼻をくすぐった。

もしも…もしも春に迷っていることを伝えたら、春はどんな反応をするんだろう。


期待を持たせるだけだろうか。少しは喜んだりするんだろうか。

色んな反応を想像しながら、寝ている春に向かって囁いてみる。


「春…」



俺が、春のこと好きだって言ったらどうする?



誰も聞いていない質問に応えが返ってくることは無い。

当たり前のことで、やたら緊張した状態で囁いた自分が馬鹿らしくなった。


もう一度ゴロッとソファに寝転んで真っ暗な天井を見つめる。

ぼーっと今日あった出来事について考えを巡らせようとしたその時…



「…泣いちゃうよ」



右の方から、か細い春の声が聞こえた。


「え…?」

「雪が私のことを好きだって言ったらどうする?って言ったよね」

「春?!起きて…」

「もし…もしも、雪が私を好きになったりなんかしたら…」


私は、悲しくて泣いちゃうよ。


その時振り向いた春の顔は、悲しそうで辛そうで……欠片も、想像していた嬉しそうな顔なんかじゃなかった。


何でだよ…。何で、そんな顔すんだよ。

なあ、春…


「私を好きになっちゃったら…雪が、幸せになれないじゃない」

「ッ…」

「雪が幸せにならなきゃ…ちっとも嬉しくなんかないんだよ」


わかった。

もうわかったから…


「そんなの絶対にだめ。絶対に嫌。雪は……こっち側に来ないで」


指一本で、俺と自分の間に線を引く春を見つめる。

前へ伸ばして春を抱きしめようとした右腕が、力無く下へ垂れ下がった。


守らなくちゃいけないと思った。

これからもずっと、出来るだけ悲しませずに笑っていられるように、守っていかなくちゃいけないと思った。


今でもそう思うんだ。


「わかってる。別に好きだとか思ってねェよ」

「…うん。それが嬉しい」


笑わせて、危ないものから守って、幸せにしてやりたいと思うんだ。


「あと…そうだなぁ。贅沢言うと、素敵な人と出会って好き同士になってほしいなーとも思います」

「まあ、そのうち出会うだろ。急がなくても」


自分の手で、全てを叶えてやりたいと…今でもそう思うんだ。


「問題なのは向こうが雪を好いてくれるかどうかって所で…」

「はあ?俺のモテっぷりを甘く見てるな」

「すぐ調子に乗るとこ直そうね雪」


でももう、それが無理なんだってことは薄々気付いていた。


俺が春の恋人になることは出来ない。ずっと春の隣を歩くことは出来ない。

一生側にいて、守り続けることは出来ないんだ。


「…それで?望月とはどうなってんの?」

「ど、どうもこうも…何もないよ」


じゃあ俺に今出来ることは何なのか。

春を守る、春を笑顔にする最大の方法は何なのか。

それはきっと…


「もうちょっと前向きに考えろよなー。望月のことさ」


守る役目を、他の人に託すことだ。


「今日も望月来てたぜ」

「え?そうなの…?今日は会ってないや」


春に寄せた感情は気のせいだと言い聞かせて、他の人を見つける。

春が心から安心出来るような、笑顔で見届けてくれるような、そんな相手を見つける。


それがきっと…答えなんだ。



『決心』

悩み抜いて手放すと決めた、感情のこもった心



「…つーか何で春までここで寝てんだよ」

「きょ、今日は忙しくてあまり雪としゃべれてなかったから…」

「…俺が起きんの待ってたのか?」

「そ、そうです」

「…もう。マジで勘弁して」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?