メインは、男性陣がなんだかおかしいな、ということに気づいた。特にレンカは何か遠慮がちだし、アシュランはぼんやりしている。まるで精神的に何か起こっているかのような感覚だ。
まさか、と思ってメインはこの国に来てからのことを考えた。何があった。自分と彼らの違いは何か。何か、ではない。明らかに違うことがあったはず。それは。
「……食事」
彼らが大量に食事をしていたこと。魔力を有する2人は、食事量が多い。それは通常の人よりも多い上に、それによって肥満になることもない。すべては自然と魔力に回されてしまうからだ。
しかしクイードが出してくれた料理に何か細工されていた、とも考えにくい。彼はいい人であるし、きっと出してくれた料理は常にこの店でも出していて、家族も口にするものだ。では、なぜ。
「魔力に、反応している……?」
メインは彼らが少しおかしくなったことの理由が知りたかった。もしかしたら、これがきっかけで何かが起きてしまうのではないか、とも思ったのだ。
「クイードさん、この店で使っている食材はどこで手に入れていますか?」
「そりゃ、このあたりの店で仕入れてるよ。野菜や果物なんかは、腐りやすいしな。魚は海のもので比較的安く手に入るが、肉はちょっと高くてな。だからうちの売りはその日に仕入れた新鮮な魚の料理だ」
「魚……魚は海だから、野菜?収穫の周期を考えれば、果物よりも野菜の方が早い……」
「どうしたんだい?」
「あの2人、少しおかしいなって思ったんです」
「え?」
「少し精神的に不安定と言いますか、今までと違うんです。その理由がもしかしたら、この国の野菜に問題があるのではないかと思って」
クイードはそれを聞いて、すぐに貯蔵庫を見に行った。そこにはごく普通の野菜しかない。セインが買って来たものも見たが、特に見た目に変化はなかった。だが、国花選定師であるメインが見れば、すぐに違いが分かる。
「この国では、肥料などの支給がありませんか」
「肥料?」
「国から特定の肥料を安く仕入れることができたり、特定のものならば無料で配布されるようなものです」
「俺は詳しくは知らねぇが、年に何度か国から田畑の点検があるとは聞いたことがある。それが厳しくってな、海に出る方が楽かもしれないと、客が言っていたのを聞いたぞ」
それだ、とメインは思う。国は点検と称して、その時に田畑に改良された肥料か何かを撒いているはずだ。植物の育ちをよくするという名目や、虫がつきにくくなる、などいいことを言っているはず。
「……野菜が改良されています。正確には、改良というか、肥料のようなものに精神異常をきたすような成分が混入されているのでしょう」
「な……」
「クイードさん、あなたはそれに気づきませんでしたか?」
「……少しは、感じたことがある。最近の若い奴ら、うちの息子も含めて、正直あまりやる気がないというか、集中力が散漫で、事故や怪我も多い。それに比べて国家に所属する役職の人間はまったく違うんだ」
「大きな違いは、海に出ているかどうかじゃありませんか?」
「ど、どういう意味だい、そりゃ……」
「海に出る人たちは、自然と野菜の摂取量が減ります。特に漁に出る人たちは、自分たちがとってきた魚を先に食べるでしょう。海に出ない者、街で働き、ここで生まれた人たちと海に出る者には明らかに差がある」
クイードは、息を飲んだ。この国が何をしようとしているのか。それは国花選定師を使って、国民を操ろうとしているのだ。海の国には田畑が少ない。しかしそもそも国民が国外へ出ることが少ないので、それでも間に合っていた。
国が考えていることは、国民を国外へ出さないこと。その為に、国家に所属する優秀な者は優秀に育て、そうではない者は洗脳する。
「……だから俺は船から降りたんだ」
「クイードさん……」
「一等航海士なんざ、名ばかりだ。一等航海士と言う名の殺戮者。国家の船は、小さな島を襲っては奪えるものを奪う。先住民が降伏し、傘下に入れば良しとする。そんなことの繰り返し。海を旅するなんて、いいものじゃない」
「海の国は使える国土が少ない分、海へ出ますからね。でも漁業だけでは、国は持たない。『国土』を増やす為に、新たな島を占領するしかなかったんでしょう」
植物の研究は、メインにとって日常茶飯事だ。しかし生きている植物を改良したり、それに近い行いを勝手にしていいとは思っていない。同時にそれで国民を操るなど、もってのほかだ。
国花選定師は、国民を操ってはならない―――それが母の手記に残っていたこと。薬の生成をすることはある。流行り病に効く薬を作ることは、重要なことだ。しかしそれだけが目的であってはならない。
どうして病が流行ったのか、何が原因であったのか。そこまで考えていくのが国花選定師の重要な仕事だ。だから母は、国民と同じ病になって死んでしまった。薬を作ったのに、自分の手元には残さなかったのだ。すべてを苦しむ人に与え、娘を置いて死んでしまった。
だからこそ、メインは強くなれた。真っすぐに成長し、旅に出るまでになれた。父はまだ心配しているだろうけれど、彼女はもっと優秀な国花選定師になりたいのだ。
「……それを嫌ったのが人魚だよ」
「え?」
「海の国が、海を荒らす。自然豊かで静かな島を占領し、汚し、荒らし回る。だから人魚たちはそれを嫌い、人との接触をやめた」
「昔はそんなに接触がたくさんあったんですか?」
「………海の民は、本来はほとんどが人魚との交配なんだ。本来なら、海を愛し、海と陸の両方で生活することを望む。それがこの国に生まれた、俺たちなんだ。妻のように、はっきりと数代前に人魚との交配が分かっている人間もいるが、そうでなくとも俺たちには人魚の血が流れている」
クイードの目を見て、メインは気づいた。その瞳の形は、と口にすると、クイードは笑ってごまかした。
「あまり一点を見つめるとな、俺にも出るんだよ。人魚の目が。魚によく似た目なんだ。瞳孔の形が人魚でな。そんな奴、このあたりにはゴロゴロいるよ。でも国がそれを滅茶苦茶にしたんだ」
「この国の国花選定師に会うことはできないでしょうか?」
メインがそう言った時、表の方で争う声がした。アシュランとレンカが喧嘩を始めてしまったのだ。2人の力は強いので、店の椅子やテーブルが壊れていく。
急いでメインは自分の荷物の中から、何かを取り出した。そして、2人の間に入り、それを飲ませる。
「メイン様?」
「なんだよ、これ!毒か!」
「そんなんじゃありません!ただの水です!」
ただの水、と彼女は言った。しかし2人は飲むことを強要され、仕方なく口にする。しかし飲んだ途端に強い尿意を感じた。急いで2人はトイレへ駆け込む。
「お嬢ちゃん、あの水はなんだい?」
「あれは、東の国近くにある、山岳地帯で採取できる水です。本当に水なんですけれど、解毒作用が凄まじくって、当分トイレからは出られないでしょうね」
「はぁ!?」
「体内の毒と作用して、排泄を促すんです。作用する毒が多ければ多いほど、更に排泄が進みます。とんでもないことになるかも」
そうと分かっていてもそれを使うあたり、やはり国花選定師なのか、とクイードは思った。同時にその水の残りを見て、言う。
「その水は、貴重なもんなんだろう」
「そうですね……。国に戻れば定期的に仕入れていますが」
「売ってはくれないか、俺に」
「クイードさんが飲むわけじゃないんですよね」
メインは分かっていた。この水を飲ませたい相手が誰なのか。