巻ノ五十一 豚鍋
慎重にだ、幸村達は大隅の方言を使って注文をした。そうしてだった。
その豚料理を食べた、まずは豚肉を味噌漬けにしたものを焼いたものだ。その肉を食べてすぐにだった。
清海は唸ってだ、こう言った。
「これは」
「美味いな」
「うむ」
「猪に似ておる」
海野の言葉だ。そして幸村も言う。
「猪が穏やかになった」
「そうした味ですな」
「この味は」
その幸村に望月と由利が応えた、勿論彼等もその豚肉を食べている。
「猪の肉よりも柔らかく」
「そして匂いも穏やかですな」
「猪の肉はより固く匂いが強い」
幸村はまた言った。
「それがまたよいことでもあるが」
「豚の方がですな」
「食べやすいですな」
伊佐と穴山の言葉だ。
「むしろです」
「こちらの方が」
「そうじゃな」
幸村は二人の言葉に頷く、そして。
焼いたその肉の味を楽しみつつだ、こうも言った。
「鍋もあるからのう」
「豚鍋ですな」
「それもですな」
猿飛と筧が応えた。
「いや、ではそちらもです」
「楽しみにしております」
「鍋もあるしじゃ」
幸村は大隅の焼酎も飲んでいる、無論十勇士達も同じものを飲んでいる。
「酒もあるからな」
「この酒もですな」
「美味ですな」
霧隠と根津も酒を楽しんでいる、他の者達も豚肉を食べながらそのうえで酒をそれぞれ飲んで楽しんでいる。
「どうもこの焼酎は」
「強いですな」
「うむ」
主従は今は部屋の中にいる、だが幸村は小声で外に自分達の言葉が漏れない様に注意しながら答えた。
「他の国の焼酎よりもな」
「ですな、やはり」
「どうもこちらの酒は強い様で」
「美味いですが」
「これはすぐに酔いますな」
「しかも暑い」
幸村は気候の話もした。
「それだけにな」
「これはですな」
「すぐに酔いますな」
「他の国で他の国の焼酎を飲んでいる時よりも」
「さらに」
「そうなる」
間違いなくとだ、幸村はまた答えた。
そしてだ、十勇士にこうしたことも言った。
「だから気をつけようぞ」
「下手に酔ってはですな」
「尻尾を出してしまいますな」
「だからですな」
「ここは気をつけてですな」
「そうじゃ、尻尾を出しては終わりじゃ」
ここでもこう言うのだった。
「だからよいな」
「承知しております」
「では酒はここは然程飲まずに」
「豚肉を楽しみましょう」
「そちらを」
「そうしよう、あとこの味噌は」
幸村は肉が漬けられている味噌のことにも言った。
「麦味噌じゃな」
「麦から作ったですな」
「その味噌ですな」
「この九州の味噌ですな」
「味噌といっても違うな」
国によってというのだ。
「ここの味噌は麦からじゃな」
「米があまり採れぬ故」
「それ故ですな」
「麦味噌ですな」
「麦から作った味噌ですな」
「そうじゃな、この味噌も美味い」
幸村は味噌の味も楽しみつつ言う。
「近頃味噌も多く安く手に入る様になったがな」
「ですな、確かに」
「我等の国でも」
「味噌が安くなりました」
「よく手に入る様になりました」
「うむ、よいことじゃ」
幸村はこのことを微笑んでいいとした。
「やはり味噌はよい」
「美味いですな」
「これ一つで味が変わります」
「匂いも消しますし」
「実によいです」
「そうじゃ、それだけで酒の肴にもなるしな」
このこともというのだ。
「よいことじゃ、だからな」
「それで、ですな」
「今もですな」
「こうして味噌の味も楽しめる」
「そのこともですな」
「よいことじゃ、それでこの焼いた肉の後は」
次はというと。
「鍋じゃが」
「豚鍋ですな」
「それですな」
「そちらも楽しもうぞ」
「はい、是非」
「鍋の方もです」
「楽しみましょうぞ」
十勇士達も応える、そしてだった。
皆まずは味噌漬けを焼いたものを楽しんだ、そうしてその後でだった。
鍋となった、豚肉以外に茸や青菜等が入っている。その鍋の味もだった。
「いや、これも」
「鍋もまたよいのう」
「実に」
「煮た豚肉も美味い」
「こちらもな」
「焼いたのも美味いが」
「煮たものも美味いぞ」
「うむ、確かにな」
幸村も食いつつ言う。
「豚鍋も美味い」
「やはり猪に煮た味ですが」
「猪より癖がありませぬな」
「しかも柔らかい」
「よいものですな」
「そうじゃな、豚肉は他の国では食わぬが」
それでもというのだ。
「明等でよく食う訳がわかったわ」
「美味いからですな」
「だからこそですな」
「本朝以外では食べている」
「そうなのですな」
「そうじゃな、豚は南蛮でも食うという」
だからだ、先程幸村は明等と言ったのだ。豚を食うのは明だけではないということを知っているからである。
「それも昔からな」
「あちらでもですな」
「豚を食うのですな」
「今の我等の様に」
「そうしていますか」
「そうじゃな、あと羊も食うという」
幸村はこの生きもののことも話した。
「明でも異朝でもな」
「羊、ですか」
「干支にある」
「本朝には殆どいませんが」
「あの生きものもですな」
「美という字はな」
この字のこともだ、幸村は話した。豚肉を食いつつ。
「羊からきておる」
「確かに、美という字にです」
「羊が確かにありますな」
「羊の下に大きい」
「それが美ですな」
「味が後に来る、美味いというのは羊の味からじゃ」
そこからというのだ。
「きておる字なのじゃ」
「左様でしたか」
「羊は明るいにあったのですな」
「そうなのですな」
「まさに」
「うむ、思うにな」
それこそともだ、幸村はまた言った。
「本朝は小さいのう」
「異国では、ですな」
「色々なものを食しておるのですな」
「豚なり羊なり」
「そうしたものを」
「そうじゃ、機会があれば異国にも行ってみたい」
日本の外の国にというのだ。
「まあ機会があればだがのう」
「外は一体どんな国々なのか」
「ご覧になられたい」
「殿はそこまでお考えですか」
「ははは、あくまで機会があればでじゃ」
幸村は自身に目を向ける十勇士達に笑って返した。
「そうしたな」
「ではその時は」
「我等もです」
「共に大海原を越えてです」
「異国を巡らせて頂きます」
「うむ、我等は常に共におる」
このこともだ、幸村は応えた。
「ならばな」
「本朝の外でもですな」
「明も天竺も南蛮も」
「そういった国々も」
「共に行こうぞ、よいな」
主従でというのだ、こう話しながらだった。
幸村達は豚鍋も食った、鍋は実に美味く相当な量の肉も野菜も全て食ってしまった。そして食った後でだった。
勘定を払い店を出た、そしてその肉のことを話すのだった。
「骨に付いている肉がよかったな」
「うむ、あの部分が特にな」
「味わいがあったわ」
「脂のところも美味かったわ」
「いや、堪能したわ」
「全くじゃ」
「食い方も猪と似ておるが」
幸村がここでまた言う。
「しかしな」
「それでもですな」
「やはり猪より食いやすいですな」
「よい味でした」
「実に」
「全くじゃ、よい味じゃった」
満足している顔でだ、幸村はこうも言った。
「しかも滋養にもよさそうじゃ」
「ですな、何処となく」
「そんな感じがしました」
「ただ美味いだけでなく」
「そちらにもよいですな、豚は」
「どうにもです」
「そうしたものですな」
「そう考えるとな」
幸村はまた言った。
「猪も滋養によいし」
「それならば豚もですな」
「よくて当然ですな」
「左様ですな」
「そうじゃ、猪も食うが」
これからもだ。
「豚も機会があればな」
「食いますか」
「先程の様に」
「そうしていきますか」
「そうしようぞ、南蛮の食いものもな」
そちらもというのだ。
「よりな」
「これからはですか」
「食っていきますか」
「あの者達も豚肉を食いますし」
「それならば」
「そうしようぞ、ただ」
こんなこともだ、幸村は言った。
「あの者達の国には胡椒がないというのう」
「その様ですな」
「驚いたことに」
「生姜もないとか」
「山葵も」
「ましてや辛子なぞも」
「近頃本朝に唐辛子というものも入っておるが」
幸村はこれの名前も出した。
「南蛮にはそういった香辛料がない」
「醤油もないそうですし」
「それでどうして食っておるのか」
「塩や酢ばかりですか」
「そうしたものだけで食えるのか」
食いものがというのだ。
「こうした獣肉には胡椒が合いますが」
「醤油もいいですが」
「それがないとなると」
「辛いですな」
「最近入っていてな」
南蛮にも胡椒がというのだ、幸村はそのことも聞いている。だがここで幸村は顔を曇らせてさらに言ったのだった。
「随分と高いらしい」
「そして聞くところによると」
「胡椒を手に入れる為に海に出たとか」
「多くの犠牲を払い」
「そうしているとか」
「南蛮は豊かで派手に見えるが」
これは彼等の身なりからの推察だ。
「しかし実はな」
「そうではないやも知れぬ」
「そう言われますか」
「そうやもな、鉄砲や大きな船は持っているが」
それでもというのだ。
「国としての豊かさはな」
「本朝の方が上ですから」
「むしろ」
「そうやも知れませぬか」
「そのことをこの目で確かめたい」
是非にという言葉だった。
「拙者のな」
「殿ご自身が南蛮に赴かれ」
「そのうえで、ですか」
「その目で南蛮がどの様な状況か確かめられる」
「そうされたいのですか」
「そうも考えておる、しかし南蛮は遠い」
だからともだ、幸村は言った。
「それは無理やもな、しかし南蛮のことも知っておこう」
「あらゆる手を使い」
「そのうえで」
「そうもしたい、少なくとも南蛮を知らずして」
そうしてはというのだ。
「何も出来ぬからな」
「だからですな」
「ここはですな」
「南蛮を知る」
「そうされますな」
「そうも考えておる、しかしまずはここじゃな」
あえて多くは言わなかった、そうしてだった。
主従は大隅を見て回ってから薩摩にも入った、薩摩は三国の中でも島津家の本国とも言っていい国だ。それだけに。
他の二国よりもさらにだった、独特の言葉で。
非常に強い個性があった、その薩摩を見て。
幸村はその目を引き締めてそうして十勇士に言った。
「この国はな」
「特にですな」
「島津家の力が強いですな」
「それが伺えますな」
「うむ」
その通りとだ、十勇士達に答えた。
「ここは凄いな」
「ですな、何かです」
「日向や大隅よりもです」
「余所者を寄せ付けぬ」
「そうした空気を感じます」
「本朝の中でもかなり独特じゃ」
幸村はこうも言った。
「まさに空気が違う」
「少しでも尻尾を出せば」
「その時はですな」
「やられますな」
「そうなりますな」
「そうなる」
こう言うのだった。
「だからこれまで以上に慎重にな」
「見て回りますか」
「幸い主力は出ていますし」
「四兄弟をはじめ主な家臣達もいませぬ」
「これは好都合ですな」
「そうじゃな、このことを幸いとしてな」
そのうえでというのだ。
「慎重に見て回るぞ」
「そしてそれが終われば」
「去りますな」
「それも素早く」
「うむ、そうする」
まさにというのだ。
「その時は道を通らぬ」
「忍道ですな」
「大殿が見付けられた」
「それを使いますな」
「その道を使ってな」
そのうえでというのだ。
「博多まで去るぞ」
「すぐに」
「そして、ですな」
「大坂に戻り」
「関白様にお伝えしますな」
「そうする、そして関白様のご出陣までにな」
その時までにというのだ。
「大坂に着くぞ」
「その道を通り」
「一気に戻りますか」
「そうする、あの道はまさに我等の切り札」
そう言っていいものだというのだ、幸村はただ戦においてだけでなく忍のことについても切り札を見ているのだ。
「それを使うぞ」
「わかりました」
「それでは」
「帰りはその道を使い」
「帰りましょう」
「まずは博多まで」
十勇士達も応える、そしてだった。
一行は薩摩も見ていた、その中で幸村はあることに気付いた。その気付いたことは何かというと。
「城があってもな」
「はい、そうですな」
「さして大きな城はなく」
「本城もです」
「大きくせぬ」
「これといって」
「うむ、甲斐と同じじゃな」
幸村はこうも言った。
「それは」
「ですな、言われてみれば」
「武田家もそうでしたな」
「人は城、人は堀、人は石垣」
「そうした考えですか」
「島津家もな、だからな」
「それで、ですか」
「この家も堅城を築くのではなくですか」
「攻める」
「そうした家ですか」
「その様じゃ、これも一つの考えじゃ」
まさにというのだ、幸村はこうも言った。
「武田家と同じくな」
「大坂城の様な堅城もありますが」
「こうして人は城、人は石垣もですな」
「考えですな」
「そういうことですな」
「薩摩隼人は猛者揃いじゃ」
まさにというのだ、薩摩の者達はよくこう言われる。
「その猛者揃いの者達だからこそな」
「城にも石垣にもなる」
「堀にもですな」
「なる」
「そういうことですな」
「確かに城は必要じゃ」
幸村も否定しない、彼の真田家にしても上田城という決して大きくはないが相当な堅城を持っている。そのうえでこうも言うのだ。
「しかしその城もな」
「人ですな」
「人がどうかですな」
「人がいなければ守れぬ」
「そうなのですな」
「そうじゃ、確かな者が守らなければ」
到底というのだ。
「どの様な城も守れぬ」
「左様ですな」
「やはりまずは人ですか」
「人がどうであるべきか」
「そのことが大事ですな」
「そういうことじゃ、つまり島津家には人がおる」
間違いなくというのだ、このことは。
「そしてその者達が守っておるのじゃ」
「この薩摩を」
「そして大隅、日向も」
「そういうことですな」
「そうじゃな、土地は痩せ貧しいが」
島津家はだ、だが幸村はこれで言葉を終わらせはしなかった。
共にいる十勇士達にだ、こうも言うのだった。
「しかし人はおる」
「そしてその人が守っている」
「そういうことなのですな」
「そしてその島津家がですな」
「戦うのですな」
「そして強い」
幸村はこのことをまた言った。
「相当にな」
「ですな、貧しいが人はいる」
「城であり石垣である者達が」
「まさに人が国ですな」
「そのことがわかったわ、しかしここまで回ってな」
ふとだ、こんなことも言った幸村だった。
「如何に慎重に進んでいるにしても」
「はい、一度もですな」
「怪しいと思わませんでしたな」
「関は避けていたにしても」
「山を中心に進んでいたとしても」
「島津家の者達に気付かれていません」
「一度も」
「このことはな」
実にというのだ。
「僥倖でもあるか」
「見付からなかったこと」
「そのことが」
「一度は見付かることを覚悟しておった」
これが幸村の本音だ、実は彼もそうなることを考えていたのだ。そうしてそれからどうなるのかも考えていたのだ。
しかし一度も怪しまれることがなかったのでだ、こう言うのだ。
「そうならなかったからな」
「よしとしますか」
「そしてそのうえで、ですな」
「薩摩を見るのを終えて」
「大坂に戻りますか」
「そうしよう、間もなく終わる」
その薩摩を見ることがというのだ。
「いよいよな」
「多くのものを見てきました」
「関白様にはよい報を届けられますか」
「そうなりますな」
「無事に帰られればな、ではな」
幸村は明るく話した、そしてだった。
薩摩も見て回ってだ、いよいよ帰ろうとしたが。
ふとだ、清海と猿飛がこんなことを言った。
「殿、その前にですが」
「宜しいでしょうか」
「もう一度です」
「豚を」
「待て、そこでそう言うか」
海野がその二人に呆れた顔で言う。
「御主達は」
「全くじゃ、帰ろうという時にじゃ」
根津も海野と同じ顔で二人に言う。
「豚を食いたいか」
「そんなことを言っておる場合か」
望月も言うのだった。
「全く、食い意地が張っておるな」
「いや、最後にな」
「いいのではないか」
穴山と筧も言う。
「豚は美味いからな」
「味を知るのも学問じゃぞ」
「そういう訳ではないと思いますが」
伊佐は苦い顔で兄達に注意した。
「早く帰るのがよいかと」
「わしもそう思うが」
霧隠は腕を組み難しい顔になっている。
「豚を食うよりもな」
「わしは食う方か」
最後に言ったのは由利だった。
「そちらか」
「五人と五人か」
幸村は十勇士の意見を聞き終えて述べた。
「まさにな」
「食いたいです」
「我等は」
「しかしここで食いますと」
「見つかるやも知れませぬが」
双方再び言った。
「食うべきです、最後に」
「見つかったらどうする」
「見つからねばよい」
「いや、そうもいかぬぞ」
「このままでは決まらぬな」
十勇士それぞれの言葉を聞いてだ、幸村はこのことがわかった。
それでだ、幸村はこう彼等に言った。
「よし、では決めた」
「はい、どうされますか」
「ここは」
「食いますか」
「それとも去りますか」
「どっちにしてもこのままでは話が分かれたままでじゃ」
それでというのだった。
「だからここは賽を使おう」
「賽ですか」
「それを使ってですか」
「決められるのですか」
「そうされるのですか」
「うむ、今からこれを投げる」
こう言ってだ、幸村はその懐からだ。
賽を出した、それは六面でありそれぞれの面に穴が一から六までそれぞれ空けられ一は赤、他の字は黒に塗られている。
その賽を出してだ、彼は言った。
「偶数なら食う、奇数なら食わぬ」
「その様にされますか」
「ここは賽の目ですか」
「それで決められますか」
「戦の時は己の頭で決めるが」
しかしというのだ。
「こうした時はこれもよい」
「賽に任せる」
「その目に」
「そうされますか」
「そうしようぞ、白河院も言われていた」
平安の末の帝である、だが帝であられるよりも院政を敷かれそのうえで法皇として政を執られた方である。
「僧兵と鴨川の流れと賽の目はどうにもならぬ」
「そうですな、では」
「その院ですらどうにもならぬ賽にですな」
「全てを任せ」
「そしてですな」
「これからのことを決めるとしよう」
こう言ってだ、そしてだった。
幸村は賽を空高く投げた、そうして。
地に落ちて転がった賽が止まったのを確かめその目を見た。目の数は。
「二じゃな」
「偶数ですか」
「偶数となりますと」
「行く」
「そうなりましたか」
「うむ、では行こうぞ」
こう言ってだ、そしてだった。
主従は豚を食いに行った、店に入り。
豚を頼んだ、そして部屋の中でだ、幸村は十勇士達に言った。
「ではここでもな」
「はい、我等もですな」
「ここは、ですな」
「慎重に」
「怪しまれぬ様に」
「食うが」
それでもというのだ。
「我等はな」
「そうしましょうぞ」
「落ち着きそのうえで」
「ばれぬ様にですな」
「していきましょう」
「そこは気をつけよ」
くれぐれもというのだ、こうしてだった。
主従は豚を食ってだ、その後でだった。
薩摩の山に入り幸村が知っている道を進んだ、十勇士達はその秘密の忍道を進みながら幸村に対して言った。
「いや、ああしてです」
「賽で決めるとは」
「よい決め方ですな」
「ああした決め方もあるのですな」
「確かな」
幸村は十勇士達に話した。
「南蛮でな」
「あちらの話ですか」
「それでか」
「何かあったらしい」
こう言うのだった。
「カエサルという者がおってな」
「カエサルですか」
「その者がですか」
「そうした決め方をした」
「賽を使ったのですか」
「うむ、それでな」
幸村はさらに言った。
「拙者もやってみたのじゃ」
「賽を投げてですか」
「その目を見て決める」
「そうされたのですな」
「まさに」
「そうじゃ、それで拙者もやったが」
それでというのだ。
「今回してみたが」
「よかったですな」
「左様ですな」
「これで、ですな」
「豚を食いそしてですな」
「素早く去った」
「そういうことですな」
「うむ、これでよい」
まさにというのだ。
「後はな」
「はい、これでですな」
「この道を通って」
「そしてですな」
「やっていきますな」
「そうしていこうぞ」
こう言うのだった、そして実際にだった。
主従はその忍道を通り薩摩を出た、そのうえで風の様に博多に向かう。その途中で十勇士達はこうしたことを言った。
「まさかこの様ば場所にまでです」
「こうした忍道を見付けられるとは」
「流石は大殿です」
「天下の名将と言われるだけはありますな」
「うむ、奥羽にもあるしな」
こうした忍道がとだ、幸村は十勇士達に答えた。
「それにじゃ」
「無論近畿や山陰、山陽にもですな」
「四国や東海、北陸にも」
「道があるのですな」
「関東にもじゃ」
そこにもというのだ。
「父上は天下の至る場所にもうけられておる」
「ではいざという時は」
「この道を使ってですな」
「天下の中を動く」
「それが出来ますな」
「この道を知っておるのは我等だけじゃ」
幸村は十勇士達に話した、その道を共に進みつつ。
「真田家でも僅かな者達だけじゃ」
「大殿と若殿、それにですな」
「殿ですな」
「そして主な重臣達とな」
真田家の、というのだ。
「御主達だけじゃ」
「殿の直臣である」
「我等だけですか」
「この道を知っているのは」
「天下でも」
「そうじゃ、他言せぬ者達だけじゃ」
まさにというのだ。
「わかったな」
「はい、それでは」
「我等もですな」
「この道のことは言わぬ」
「絶対にですな」
「御主達は言わぬ」
十勇士達を理解してだ、心から信じている言葉だった。
「誰にもな」
「いや、我等もです」
「迂闊ですぞ」
「それで言わぬとは」
「それは」
「ははは、御主達が最初から言う様な者達ならな」
それこそとだ、幸村は謙遜する十勇士達に笑って述べた。
「最初から召し抱えぬ」
「左様ですか」
「我等のそうしたところも見てですか」
「殿は我等を家臣とされたのでした」
「そうだったのですか」
「そうじゃ」
その通りという返事だった。
「御主達はそれぞれ口が固い」
「言われてみれば」
「我等も確かにです」
「よく喋りますが」
「秘密は言いませぬな」
「誰にも」
「それが忍じゃ」
まさにというのだ。
「拙者もそれは同じじゃ」
「殿も忍だからこそ」
「この道のことは言われぬ」
「そうなのですか」
「そうじゃ、拙者もそのつもりじゃ」
絶対にというのだ。
「誰にも言わぬ」
「そしてその道だからこそ」
「我々はですな」
「この道を通り」
「そしてですな」
「これよりですな」
「博多に戻りますか」
「素早く」
十勇士達も言う、そしてだった。
そうした話をしてだ、そのうえでだった。
幸村は道を進みつつだ、ふとだった。
足を止めてだ、十勇士達に言った。
「一つやることがある」
「と、いいますと」
「島津の軍勢ですか」
「筑前を攻めんとする軍勢」
「あの軍勢も見ますか」
「それもせねばな」
まさにというのだ。
「いかん、だからな」
「はい、それでは」
「筑前に向かいましょう」
「これより」
「そうしましょうぞ」
「ではな、行くぞ」
こう言ってだ、そしてだった。
主従は島津家の本来の領国から去ったうえで今度は島津の軍勢を見に行くことにした。幸村はそのことを決めてだった。
そのうえでだ、十勇士達に言った。
「ただ、敵の数は多い」
「だからですな」
「これまでで最も用心し」
「そうしてですな」
「じっくり見ますか」
「そうしますか」
「皆よいな」
その十勇士達への言葉だ。
「迂闊に近寄ってはならぬ」
「はい、相手が相手です」
「五万の薩摩隼人です」
「下手に近寄っては気付かれます」
「そうなりますから」
「そうじゃ」
だからだというのだ。
「よいな」
「はい、わかりました」
「それではですな」
「ここは、ですな」
「行きましょうぞ」
「その様にな」
幸村は十勇士達と共に博多に行く前に島津家の将兵達が集まっている場所に向かうことにした、その上で彼等の軍勢も見るのだった。
五万の兵が集まる場所はすぐにわかった、最早気配が違っていた。
「筑紫の方ですな」
「岩屋城に向かう方からです」
「凄まじい気が起こっています」
「これ以上はないまでに」
「間違いない」
幸村もだ、その気がする方を見て言った。
「あそこにおる」
「ですな、普通の者ではわかりませぬが」
「忍の術を精進しているとです」
「気もわかってきますな」
「まさに」
「武術も同じじゃ」
そちらを極めてもとだ、幸村は十勇士達に話した。
「やはりな」
「気がわかる」
「気を発することが出来る様にもなりますし」
「十八般を精進していきますと」
「そうなりますな」
「うむ、それでわかったが」
それがというのだ。
「あの気はな」
「ですな、気が違います」
「凄まじいです」
「九州を飲み込まんばかりの」
「壮絶なものです」
「あの気の方向じゃ」
幸村は断言した。
「そこに向かうぞ」
「はい、そうして」
「あそこに行き見ましょうぞ」
「薩摩隼人の軍勢を」
十勇士達も応える、こうしてだった。
彼等はその気がする方に向かった、それは只の五万の気ではなかった。九州を制圧せんとする五万の猛者達のそれであった。
巻ノ五十一 完
2016・3・27