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巻ノ九十三

                 巻ノ九十三  極意

 望月は立花の修行を受け続けていた、そうして日に日にもっと言えば刻一刻と強くなっていた。その中で。

 気を自在に操られる様にもなっていた、全身に力を溜めて気を放ちそれで巨大な岩も一撃で砕いてみせたが。

 その望月にだ、傍らで見ていた立花は厳しい声で言った。

「まだじゃ」

「間合いが近いですか」

「百歩離れていなければじゃ」 

 そうでなければというのだ。

「駄目じゃ」

「左様ですか」

「今の気の大きさでな」

 己の身体程の大きさでというのだ。

「百歩じゃ」

「その間合いで、ですな」

「あれだけの岩を砕けぬと駄目じゃ」

「では」

「そう出来るようになる為にな」

「より、ですな」

「修行じゃ」

 それを行うべきだというのだ。

「それを続けようぞ」

「わかり申した」

「気を出せるだけでは駄目じゃ」

 そして岩を砕けてもというのだ。

「わかったな」

「では百歩で砕ける様に」

「そうなる、しかしな」

「はい、この気はですな」

「戦の場ではそうは使えぬ」

 そうしたものであることもだ、立花は望月に話した。

「気を練るだけの余裕はない」

「まさに生きるか死ぬかの場ですからな」

「一瞬でな」

「だからこそ」

「そうじゃ」

 まさにというのだ。

「ここまで練る余裕はない、しかしな」

「気を使うことはですね」

「覚えよ、気を練るのもより速くしてじゃ」

「戦の場に使うのですな」

「そうじゃ、そして身体自体もじゃ」

 体術そのものもというのだ。

「存分に使うのじゃ」

「これまで以上に」

「一人で多くの者を相手にするにはな」 

 このことは望月だけではない、幸村にしても十勇士達にしてもだ。彼等の戦は少数で大勢を相手にするものだからというのだ。

「速く気を練り体術もな」

「素早く確実にですな」

「攻めて倒すのじゃ」

「ですな、それでは」

「これまで以上に速くなり強くなれ」

「はい、では」

「次はじゃ」

 立花は望月をさらなる修行に連れて行った、そこには幸村もいてだった。実質三人での修行を続けた。そうしていってだった。

 望月は陸奥に来る前よりも見違えるまでに強くなっていた、そしてその強さはまさに鬼の様になっていた。その彼にだ。

 立花は唸ってだ、こんなことも言った。

「見事、これならばな」

「はい、あとですか」

「少しでじゃ」 

 まさにというのだ。

「免許皆伝じゃ」

「そこまで至りますか」

「うむ」 

 実際にというのだ。

「そしてじゃが」

「はい、その時は」

「帰ってもな」

「修行を続け」

「より強くなれ」

 こう言うのだった。

「わかっておるな」

「無論です」

 望月の返事は淀みがなかった。

「その時は」

「ではな」

「修行は続けます」

「何処までも強くなってな」

「そのうえで」

「真田殿をお助けせよ」

「我等十人はです」

 その幸村を見てだ、望月は答えた。

「殿とです」

「常にじゃな」

「いてお護りし」

「死ぬ時もじゃな」

「共と誓いましたので」

 それ故にというのだ。

「そう思っていますので」

「ではな」

「はい、お助けしていきます」

 免許皆伝となってもというのだ。

「修行を続け」

「そうせよ、ではな」

「はい、これよりですな」

「また修行をする、してじゃ」

「して、とは」

「こうした技は知っておるか」

 ここでだ、望月はというと。 

 立花を投げようと前に出た、しかし。

 立花は身を屈めた、それだけでだった。 

 望月は後ろに投げられた、その途中で宙返りをしてそのうえで着地をして難を逃れたがそのうえで立花に驚きの顔で言った。

「今のは」

「空気投げじゃ」

「立花殿は何も」

「しておらぬな」

「はい、何も」

「しかしじゃ」

「こうした技もあるのですか」

「相手の動きを見極めてじゃ」

 そうしてというのだ。

「その力を使ってな」

「手を使わずにですか」

「投げる技もあるのじゃ」

「危うく背から落ちるところでした」

「御主でなければそうなっておった」

 実際にというのだ。

「途中で着地するなぞもな」

「とてもですな」

「出来なかった」

 そうなっていたというのだ。

「よくそう出来た」

「いえ、しかし」

「それでもか」

「危ういところでした」

「しかし受身を取れたのは事実」

 立花はこのことを言った。

「それが出来たのは見事、そしてじゃ」

「そのうえで、ですか」

「それが出来たからにはな」

「その空気投げもですか」

「すぐに出来る様になる」 

 今の技もというのだ。

「あと少しでな」

「では」

「うむ、もう一度やってみるぞ」

「はい、それでは」

 二人で空気投げの修行もした、他の技もだ。望月は雪村と共に激しい修行を続けこの空気投げもまさにすぐにだった。

 空気投げが出来た、熊をそうした。それを見てだった。

「見事」

「確かに」

 立花も幸村も言った。

「出来たな、今」

「見事だった」

「はい、こうするのですな」

 望月も技の後で言った。

「空気投げは」

「熊に出来たならな」

 立花が言ってきた。

「それならじゃ」

「人にもですか」

「出来る」

 そうなるというのだ。

「だからな」

「はい、これからはですな」

「より確かにすることじゃ」

 空気投げをというのだ。

「わかったな」

「はい、この技も」

「そして気じゃが」

 立花はこの話もしてきた。

「先程見たが」

「如何でしょうか」

「そちらもじゃ」

「あと少しですか」

「百歩離れていてもじゃ」 

 それでもというのだ。

「岩を砕くことが出来る」

「そうなりますか」

「うむ」

「では」

「まさにあと少しじゃ」

「では」

「励むのじゃ」

 こう言って立花も共にだった、望月そして幸村と汗をかいた。そして彼が言った通りにこの時からすぐにだった。

 望月は免許皆伝となった、立花はこの時笑みを浮かべて言った。

「よくやった、これでじゃ」

「はい、それがしはですな」

「拙者から教えることはない」

「免許皆伝ですな」

「そしてじゃ」 

 望月にだ、立花はさらに言った。

「もう言っておるが」

「はい、これに安心せず」

「これからも修行に励むのじゃ」 

 こう言うのだった。

「よいな」

「承知しております」

「御主達の歩む道は厳しい」

「免許皆伝は目標ではありませぬ」

「ならばじゃ」

「これからも己を鍛えていきます」

「そうせよ、そしてその戦見せてもらう」

 立花は望月に強い顔でこうも言った。

「是非な」

「そうして頂けますか」

「敵味方に別れようともじゃ」

「さすれば」

「天下一の強者と言われる戦をしてみよ」

 ここでだ。、立花は笑って望月にこうも言った。

「長きに渡って語り継がれるまでのな」

「見事な戦をですか」

「してみよ、よいな」

「それがし達の腕を以て」

「真田殿と共にな」

「わかり申した、では」

「うむ、その時は見せてもらうぞ」

「お言葉に添いまする」

 望月も確かな声で応えた、そしてだった。

 幸村と共にだ、彼は立花に礼を述べてから別れを告げて陸奥を後にした。九度山に戻ったのもすぐだった。 

 そして九度山に向かった彼等を見届けてからだ、立花は自身の屋敷に戻ったがその彼にだ。家臣達はこんなことを話した。

「殿に加増の話が出ております」

「二万石にしたいとです」

「幕府が言っていますが」

「何と、二万か」

 その石高を聞いてだ、立花はまずは目を瞬かせた。

「拙者にか」

「はい、左様です」

「今の一万と少しでは足りぬだろうとです」

「そうした話が出ていますが」

「ははは、それはまたどうしたことじゃ」

 立花はその話を聞いて今度は笑った。

「拙者はかつて治部殿についたぞ」

「しかし殿の武を惜しんでだとか」

「幕府の中でそうした話が出ていまして」

「それでだとか」

「殿に加増をされるとか」

「御主達に禄を増やせるのはよいが」

 立花はこのこと自体はよしとした。

「しかしな」

「それでもですか」

「殿ご自身は」

「そこまでの者ではないと思うがのう」

 加増を受ける程にはというのだ。

「幕府も奇特なことをする」

「どうもです」

 家臣の一人がここでこんなことを言った。

「幕府としましてもこれからを考えて」

「次のか」

「はい、戦があれば」

「拙者が幕府の敵にならぬ様にか」

「そうしたいのかと」

「別にな」

 立花はその家臣の言葉を聞いて述べた。

「そのつもりはないが」

「幕府に歯向かうつもりは」

「そうした場所にもおらぬしな」

「だからですか」

「それはない、上様にもじゃ」

 家康、彼にもというのだ。

「それは言える」

「左様ですか」

「はっきりとな」

「では」

「うむ、加増は有り難く受けるが」

 それでもというのだ。

「幕府の敵になるつもりはない」

「そのお気持ちは変わりませぬか」

「最初からない」 

 変わるも何もというのだ。

「それはな」

「では」

「うむ、天下はこのままな」

「幕府の下にありますな」

「やはりそうなろう」

「では」

「御主達もその中で生きよ」

 こう言うのだった。

「よいな」

「はい、それでは」

「それでじゃが」

 立花は家臣達にこうも言った。

「御主達喉が渇いておらぬか」

「喉がですか」

「さすれば」

「茶を飲もうぞ」

 笑ってだ、こう言った。

「これよりな」

「はい、それでは」

「これより茶を淹れますので」

「我等も」

「共に飲もうぞ」

 立花は己の考えを述べてから家臣達と共に茶を飲んだ、そしてだった。彼は加増を謹んで受けたのだった。

 幸村は陸奥から九度山に戻った、そして。

 十勇士達と共に鍋を食べつつだ、こんなことを話した。

「空気が変わってきたか」

「天下の」

「それがですか」

「うむ、右府殿は大御所になられるとのことじゃ」

 将軍の座を退いてというのだ。

「どうやらな」

「左様ですか」

「将軍になられて間もないですが」

「もう隠居されますか」

「その様になられるのですか」

「そして江戸を中納言様に任されてじゃ」

 将軍の座を譲る秀忠にというのだ。

「ご自身は駿府で天下固めに勤しまれる」

「この天下を定める」

「そのことに励まれるのですか」

「そうされるおつもりですか」

「江戸は中納言殿が固められてな」

 そうさせてというのだ。

「ご自身は天下を固められるおつもりじゃ」

「ううむ、流石は右府殿」

「全くじゃな」

「そこまでお考えとは」

「常に先の先を広く見ておられる」

「そして政を執られる」

 十勇士達も幸村の話を聞き家康の見事さに唸った。

「伊達に天下人になられた訳ではない」

「我等とは器が全く違うわ」

「織田殿や太閤様にも引けを取られぬ」

「そこまでの方じゃな」

「拙者もそう思う、あの方の政を見る目は違う」

 幸村もこう言うのだった。

「器もな、これは太閤様もされたが」

「ですな、関白の位を譲られましたな」

「あの方に」

 秀次のことであるのは言うまでもない、彼等にとっては思い入れの深い人物だ。

「そうして天下を観ておられましたな」

「そうされていました」

「しかし太閤様は戦をされた」

 幸村はここで家康と秀吉の違いも話した。

「天下を定める政をされるのではなく」

「力を大きく使われる唐入りをされた」

「そこは太閤様とは違う」

「そうなのですな」

「うむ、ましてや中納言殿を切腹させはされぬ」

 家康はというのだ。

「尚且つ徳川、ひいては松平の血縁の御仁は多い」

「だから若し何かあってもですな」

「右府殿、中納言殿に」

「それでも安心ですな」

「すぐに将軍位を継げる方がおられるので」

「うむ、既に中納言殿にはご嫡男もおられる」

 幸村はこのことも指摘した。

「まだお生まれになってすぐじゃが」

「ですがそれだけで違いますな」

「それも全くですな」

「そうじゃ、違う」

 まさにというのだ。

「これが大きい、幕府そして徳川家にとっては」

「それだけいざという時に強いですな」

「豊臣家と比べ磐石という感じですな」

「しかもその磐石をさらに地固めをしておられる」

「さらによいですな」

「その通りじゃ、家は続いてこそじゃしな」

 それでこそ価値があるというのだ。

「豊臣家はそれがなかった」

「ですな、お拾様お一人ではです」

「どうにもなりませぬ」

「後見の方もおられませぬし」

「それでは」

「あの様になるのも道理じゃ、豊臣家は天下人から落ちるべくして落ちた」

 唐入りの戦をし秀次を殺してはというのだ。

「今も若しお拾様に何かあればどうなる」

「豊臣家は最早あの方お一人ですし」

「それでは、ですな」

「あの方に何かあれば」

「最早」

「それで終わりじゃ」 

 豊臣家自体がというのだ。

「そうした状況ではああなるのも道理、だからな」

「それで、ですな」

「あの様になっていきますか」

「一大名となる」

「それも道理ですか」

「その通りじゃ、徳川殿の天下はこれまでになく磐石で長いものになるやも知れぬ」

 幸村はこうまで言った。

「そこまでの見事さじゃ」

「では我等はどうすれば」

「これからどうしますか」

「天下がこのまま泰平になれば」

「その時は」

「その時は仕方ない、泰平の世に入る」

 そうするとだ、幸村は十勇士達に答えた。

「ここでな」

「この九度山に流されたままで、ですか」

「そうしてですか」

「修行と学問の二つをして」

「そのうえで」

「そうして生きる、拙者はな」

 幸村は自分はと言った。

「しかし大助は兄上に引き取って頂きたい、そして御主達は」

「ははは、言うまでもありませぬぞ」

「我等主従は義兄弟同士でもありませぬか」

「死ぬ場所は同じと誓ったではありませぬか」

「ではです」

「拙者と共にいてくれるか」

 幸村は十勇士達の明るい言葉を受けて一旦瞑目した、そのうえで微笑んであらためて彼等に対して述べた。

「有り難い」

「殿以外のどなたにも仕える気には毛頭なれませぬ」

「そして殿から離れることもです」

「このことは変わりませぬ」

「だからこそ今もここにおります」

 共に九度山に流されているというのだ。

「我等は離れませぬ」

「ここにずっとおります」

「殿がおられる場所にいますので」

「ご安心下さい」

「そうか、ではこれからも頼む」

 幸村は十勇士達に言った。

「ここから出られるかわからぬが」

「殿のお傍なら問題ありませぬ」

「我等にとってはそこが極楽です」

「ですからご安心下さい」

「我等のことは」

「そうじゃな、拙者には御主達がおる」

 十勇士達の温かい言葉を受けてだ、幸村は微笑んだ。そのうえで彼等に対して酒を出してあらためて言った。

「飲むか」

「おお、焼酎ですな」

「それを今からですか」

「皆で」

「うむ、今日はしこたま飲みじゃ」

 そのうえでというのだ。

「楽しく酔うか」

「はい、それでは」

「思う存分飲みましょう」

「我等十一人で」

「肴はこれじゃ」

 幸村はここで梅干を出した、壺に並々と入っている。

「これでな」

「はい、これを食いながらですな」

「皆で飲みですな」

「そして楽しく飲みますか」

「これより」

「そうしようぞ」

 こう言ってだ、幸村は早速だった。十勇士達と共に焼酎を飲み梅干を食べはじめた。そしてそのうえでだった。

 幸村はふとだ、窓から見える夜空を見た。そこには星達が輝いていた。

 その星達を見てだ、幸村はこう言った。

「今は穏やかだのう」

「星達もですか」

「左様ですか」

「実にな」

 そうだというのだ。

「よいものじゃ、しかしな」

「しかし?」

「しかしといいますと」

「あくまで今はじゃ」

 こう言うのだった。

「泰平に向かっていてもそれは長い目で見てもじゃ」

「それでもですな」

「一戦あるやも知れぬ」

「まだそれはありますか」

「なければよいとも思いあってそこで働きたいとも思う」

 戦になればというのだ。

「そうも思うが、しかし天下はやはりな」

「泰平が一番いいですな」

「民達にとっても」

「それに越したことはないですな」

「何といっても」

「そうじゃ、戦になればな」

 それこそというのだ。

「民達は逃げねばならんからな」

「ですな、その度に家も焼かれますし」

「時として人夫にも使われますし」

「民にとって戦はいいことはありませぬ」

「それは事実ですな」

「そうじゃ、戦はないに越したことはない」

 幸村もこのことはわかっている、それでだった。

 彼は戦を望まない気持ちも強い、しかし同時に戦を願いもする己の心のこともわかっていた。それで複雑に思うのだった。

「そう思うがな」

「しかしですな」

「戦があればまた一働き出来ますな」

「因果な考えですが」

「そう思うのもまた事実ですな」

「卑しいか、それは」

 幸村は己の心の中にそうしたものも見てだ、瞑目して言った。

「戦を望むのは。己の為に」

「それを言うなら我等も同じです」

「何時までもここにいたくもないとも思いますし」

「戦で世にも出たいですし」

「我等も同時に思います」

 十勇士達も俯いて言う、彼等も幸村と同じ考えである。それで誰も幸村に対してこのことを強く思うのだった。

 それでだ、彼等は言うのだった。

「ですから何もです」

「我等は申し上げられませぬ」

「どうしてもです」

「それは言えません」

「どうにも」

「そうか、そう言うと我等は全て卑しいか」

 幸村は瞑目したまま述べた。

「嫌なものじゃな」

「ですな、確かに」

「そうなりますな」

 十一人は酒を飲みつつ言うばかりだった、だがその話を聞いてだ。

 昌幸は幸村にだ、考える顔でこう言った。

「そうした風に思うのも人間だからのう」

「だからですか」

「うむ、そう思うこともない」

 卑しいと、というのだ。

「むしろ御主達は戦にならぬ方がよいと思うな」

「はい、どちらかといいますと」

「ならばじゃ」

「よいと言われますか」

「むしろ世には戦を求める者の方が多い」

 己の身を立てることを考えてというのだ。

「そればかりをな」

「それは」

「そうした者達と比べるとな」

「五十歩百歩では」

「しかしまた違う」

 その五十歩と百歩でというのだ。

「むしろ御主達は一歩位退いてじゃ」

「そこで、ですか」

「踏み留まっておる、五十歩や百歩よりもな」

「よいですか」

「遥かにな、そこまで己を卑下することもないわ」

「ならよいですが」

「それを言うとわしの方が卑しい」

 昌幸は自分から言った。

「常に戦を望んでおるわ」

「そうなのですか」

「戦でもう一度思う存分戦ってみたいわ」

 采配を振ってというのだ。

「一暴れしたいわ」

「そうなのですか」

「そう思っておる、己の為にな」

 まさにだ、そう思っているというのだ。

「実際にな」

「しかし父上は」

「いや、実際そう思っておる」

 昌幸は己を隠すことなく述べた。

「現にな」

「ですか」

「そのわしと比べればじゃ」

「それがし達は」

「よいわ」

「そうですか」

「戦なぞないに限る」

 昌幸はしみじみとした口調になっていた。

「武士はそれでも生きていけるしのう」

「治める者としてですな」

「そうじゃ、それがまことの武士じゃ」

「では戦でないと生きられぬ者は」

「それはいくさ人じゃ」

 こちらになるというのだ。

「武士であってもその前にな」

「戦の中で生きて死ぬ」

「そうした者ですか」

「そうじゃ、わしはどうもな」

「いくさ人ですか」

「そちらの様じゃ」

 こう我が子に話すのだった。

「だからな」

「戦がなければですか」

「血が踊らぬしじゃ」

「名を挙げることも」

「しにくい、しかし源三郎は違う」

 信之、彼はというと。

「あ奴は平時でも生きておられてな」

「兄上は確かに」

「国もわし以上に治めておるわ」

 今現在でというのだ。

「そうしていけばいいのじゃ」

「武士もですな」

「そうじゃ、これからはそれが出来る」

「そしてそれがしも」

「うむ、出来る筈じゃ」

 平時の中で武士とし生きることがというのだ。

「武士として、治める者としてな」

「そうなのですか」

「わし以上にな、しかし戦を求めておるのは事実とも思う」

「はい、確かに」

「そうじゃな、しかしな」

 その幸村であるがというのだ。

「御主も出来る、だからな」

「泰平の世ならば」

「そこで生きよ、よいな」

「それでは」

「その時になっても世を儚く思うことのなき様にな」

「そうですか、しかし」

 幸村はここまで聞いてだ、父に述べた。

「それがしもです」

「名を挙げたいともか」

「思います、しかし戦でなくともですな」

「御主なら名を挙げられる」

 戦以外のことでもというのだ。

「武芸でもな」

「十勇士達もですな」

「うむ、出来る」

 十勇士達もというのだ。

「それもな」

「では」

「御主達はあさましくないしじゃ」

「泰平でもですか」

「名を挙げられる、儚むな」

「そうしてですな」

「今は生きよ、必ず時が来るわ」

 我が子に言うのだった。

「よいな」

「はい、それでは」

「そしてこれからも修行は続けるな」

「学問も」

「そうするな」

「あの者達と共に」

 それは続けていくというのだ。

「そうしていきます」

「それは何よりじゃ、そうして己を高めていくのじゃ」

「わかり申した」

「そうせよ、それでわしが聞いた話じゃが」

「何でしょうか」

「やはり大坂は茶々様を止められぬ様じゃな」

 こちらの話もするのだった。

「どうにも」

「確かに。それは」

「その通りじゃな」

「はい、それがしもよく聞きますが」

「大野修理殿も片桐殿もな」

「どなたもですな」

「止められぬ」

 茶々をというのだ。

「あのあまりにも激しいご気質をな」

「止められず」

「振り回されてばかりじゃ」

「特に大野殿がですな」

「あの御仁は特に茶々様の乳兄妹じゃからな」

「余計にですな」

「絆が深いだけにな」

 それだけにというのだ。

「どうにもならぬ」

「そうですな、大坂ではです」

「その話はか」

「誰でも知っております」

「民達も言っておりますか」

「はい」

「そこまで知られておるか」

「そうです」

 こう父に話した。

「そうなっております」

「では天下にもな」

「広く知られています」

「では大坂につく者もな」

「然程はですな」

「おらぬ、ましてや大名ならばじゃ」

「多くの家臣や民のこともあり」

「無体なことは出来ぬ」

「そうなりますか」

「茶々様をどうにも出来る様では」

「天下なぞですな」

「どうにも出来ぬわ、あのまま一大名としてあるべきじゃ」

 今の豊臣家はというのだ。

「やはりな」

「そうですか」

「うむ、わしはそう思う」

「それがしもです」

「しかし茶々様はわかっておられぬ」

 こうしたこともというのだ。

「まだ天下人と思われておるわ」

「そういえばあの方は長い間大坂から」

「あの城からな」

「出ておられませぬな」

「ほぼ本丸から出ておられぬ」

「それだけこの世をご存知でない」

「だからじゃ」

 それでというのだ。

「非常に難儀な方じゃ」

「それだけに」

「まだ天下人と思われているからな」

 豊臣家、この家をだ。

「右府殿は謀反人と思われておるわ」

「逆臣ですな」

「豊臣家へのな、しかし豊臣家自体もじゃ」

「考えてみますと」

「逆臣となる」

 他ならぬこの家もというのだ。

「織田家へのな」

「そうなりますな」

「そうじゃ、因果は巡るというが」

「逆臣であるが故にな」

「逆臣とですか」

「しかし右府殿はそうは思っておられぬ」

 家康、彼自身はというのだ。

「自然とじゃ、豊臣家はもう天下人の資格を失っておったとな」

「思われてですな」

「ご幼少のお拾様では天下人にはなれぬ」

「この天下は」

「磐石ならばともかくじゃ」

 天下を治めるそれがというのだ。

「まだ磐石ではないからな」

「それではご幼少でしかも後ろ盾の方がおられぬと」

「天下人にはなれぬ」

「だからですな」

「右府殿が天下人となられたまで」

「むしろあの様になった豊臣家こそがまずいですな」

「大和大納言殿がおられればな」 

 秀長のこともだ、昌幸は話に出した。

「まず大丈夫であった」

「あの方が後ろ盾ならば」

「お拾様のな、若しくは治世の仕組みが出来ていればな」 

 幼君の秀頼でもというのだ。

「よかったが」

「どちらもないですな」

「最悪でも関白様がおられれば」

「あの方が後ろ盾ならば」

「右府殿も動かれなかった」

 秀次だけでもいればというのだ。

「そのどなたもおられず仕組みがなくては」

「天下人から落ちるのも道理ですな」

「そうじゃ、右府殿に移った」

「そういうものですな」

「今の豊臣家は一大名位じゃ」

「その領地を治める位ですな」

「それ位じゃ、しかし茶々様はわかっておられぬ」

 大坂から出ていないからだというのだ。

「そしてその茶々様を誰も止められぬ」

「しかし父上なら」

「出来る」

 昌幸は幸村の今の言葉に万全の声で言った。

「わしならばな」

「ですな、父上なら」

「それが出来る」

 大野達と違いというのだ。

「わしならな」

「では大坂の方に」

「時が来ればじゃな」

「そうされますか」

「そう思っておるわ、御主よりずっとじゃ」

 強く、というのだ。

「今もな」

「やはりそうですか」

「だからわしは御主達よりもな」

「卑しいとですか」

「自分で思っておる、御主達はわしとは違う」

 ここでだ、昌幸は笑って幸村に話した。

「そのよき心は忘れるな」

「何があってもですな」

「御主達の宝じゃかたな」

「だからこそですか」

「忘れずそしてじゃ」

「これからもですか」

「生きるのじゃ、しかし何かあれば」

 その時はというのだ。

「死力を尽くせ、そして大助もじゃ」

「我が子も」

「無事に育てよ」

「はい、必ずや」

「しかし御主達は甘い」

 昌幸は笑ってだ、幸村のこのことも指摘した。

「厳しいことはわしがしよう」

「そうして頂けますか」

「御主は厳しいことは出来ぬ」

 だからだというのだ。

「そこはわしがしよう」

「申し訳ありませぬ」

「よい、御主もやっと出来た男の子じゃ」

「どうもです」

「御主はな」

「男の子宝には恵まれず」

「そうであったな」

 昌幸もこのことは知っている。

「ようやくであるからな」

「はい、ですから余計にです」

 幸村の元の気質もあるがというのだ。

「可愛がってしまって」

「甘くなるな」

「それがしは」

「そうじゃな、しかしな」

「厳しいことはですか」

「わしがする」

 また幸村に話した。

「だから任せよ」

「それでは」

「子はどちらも知ってこそじゃ」

「甘いものも厳しいものも」

「それでこそよくなる」

「そう言われていますな」

「だから御主達はそれでよい」

 甘くともというのだ。

「それが出来ぬからな」

「そして厳しくはですか」

「わしがするわ」

「お願いします」

「その様にな、それで十勇士達じゃが」 

 この者達の話をさらにした。

「各地を巡って修行をさせておるな」

「その様にしています」

「そして鍛えておるが」

「それが何か」

「よいことじゃ、しかも御主も修行を受けておるな」

「そうしております」

 その通りだとだ、幸村は答えた。

「常に」

「そして御主自身もじゃな」

「強くなる様にしております」

「学問も忘れておらぬな」

「書も持って行ってです」

 そうしてとだ、幸村は昌幸に正直に答え続けた。

「そのうえで」

「そしてじゃな」

「書も読んでおりまする」

「よいことじゃ、そうしていかねばな」

「人は上に行けませぬな」

「そうしたものじゃ、だからな」

「これまで通りですな」

 幸村は確かな声で父に応えた。

「励めと」

「そうせよ、そしてわし以上に強くなれ」

「父上以上に」

「武芸だけでなく采配もな」

 こちらでもというのだ。

「わしを超えるのじゃ、全てのことでな」

「人として」

「わし以上になるのじゃ」

「それはとても」

「いや、出来る」

 謙遜した幸村にだ、昌幸はさらに言った。

「誰でもな」

「父上を、ですか」

「子は父を乗り越えるものじゃ」

 昌幸のこの言葉は淀みがなかった。

「わしなぞ普通にじゃ」

「乗り越えられると」

「そうじゃ、御主だけでなく源三郎もな」

「兄上もですか」

「わしを超えられる」

 二人共というのだ。

「そして御主達の子等もな」

「大助達も」

「御主達を超える、そうしてな」

 昌幸はさらに話した。

「人はよくなっていくのじゃ」

「そうしたものですか」

「そうじゃ、だからじゃ」

「兄上もそれがしも」

「必ずわしより大きくなれるわ」

「それでは」

「励め、そしてわしを超えてみせよ」 

 我が子に告げた言葉だった。

「よいな」

「それではその様に励みます」

「頼んだぞ、ではこれからじゃ」

 話が一段落ついたところでだった、昌幸はまた笑みになった。そしてそのうえで幸村に対してあらためて言った。

「わしも修行をする」

「そうされますか」

「まずは座禅をする」

「禅をですか」

「これが実によくてな」

「はい、座禅をしていますと」

 幸村も時折している、これもまた修行だ。

「非常にです」

「色々と感じるな」

「書でも学べぬものを」

「そうじゃ、だからな」

「父上もですな」

「うむ、座禅をしてな」

 そしてというのだ。

「他の修行もな」

「されますな」

「そうする、ではじゃ」

「はい、それがしもまた」

「共に修行に励もうぞ」

「そうしましょうぞ」

 二人で話してだ、そのうえでだった。

 昌幸は座禅に向かった、そして幸村も十勇士達のところに戻ってだった。そうして共に修行に励むのだった。人としてさらに高みに向かう為に。



巻ノ九十三   完



                        2017・2・1


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