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巻ノ百五

           巻ノ百五  祖父との別れ

 猿飛は山中で修行に励み続けていた、相変わらず猿達と共にいる。

 その猿飛の動きを見てだ、共に修行をする彼の祖父大介は唸ってその後で笑顔でこう言った。

「よい、徐々にであるがな」

「猿を超えてきておるか」

「まさに猿以上にじゃ」

「動きがよくなっておるか」

「そうじゃ」

「そうか、ではな」

「そのままいけ、しかしな」

 ここでこうも言った大介だった。

「お主は子供の頃から調子がよい」

「そのことを言うか」

「だから調子に乗らぬ様にな」

 このことも言うのだった。

「よいな」

「やれやれ、わしは性格も気にせねばならぬか」

「それは誰でもであろう」

 それこそというのだ。

「それぞれの性格があってじゃ」

「それでか」

「その性格をよくわかってな」

「性格が悪く影響せぬ様にか」

「気をつけねばらなん」 

 こう言うのだった。

「誰もがな」

「わしにしても同じか」

「お主の明るい気質は場を和まし明るくするがじゃ」

「調子に乗るとか」

「思わぬしくじりをする」

 そうしたものだからだというのだ。

「くれぐれもな」

「調子には乗らぬことか」

「そうじゃ」

 まさにというのだ。

「わかったな」

「そういうことか」

「ではよいな」

「うむ、確かにわしはすぐに調子に乗る」

 猿飛は野山を駆けつつ祖父の言葉に頷いた、それも真剣な顔になり。

「そこを気をつけてな」

「そのうえでじゃ」

「免許皆伝になってもじゃな」

「無論」

 今度の返事は一言だった。

「言うまでもなかろう」

「それはそうじゃな」

「だからな」

「常にそれは気をつけてじゃな」

「やっていくのじゃ」

「調子に乗らぬことか」

「舞い上がっては見えなくなる」

 何もかもがというのだ。

「よいな」

「わかった、ではな」

「そこは気をつけよ、それでじゃが」

「動きはどんどんよくなっておる」

 大介だけでなく幸村も言う。

「そのままいけばな」

「猿以上にですな」

「猿の動きになってじゃ」

 そしてというのだ。

「山の神の域になるわ、さすればな」

「戦でもですな」

「これまでよりも遥かに強くなる」

 こう言うのだった。

「これまでも強かったがな」

「そのこれまでよりもさらに」

「強くなってじゃ」

「戦でも戦える」

「だからじゃ、目指せ」

 こう猿飛に言った。

「よいな」

「猿を超えた動きになれば」

「それこそ彫も壁も何でもない」 

 城のそうしたものもというのだ。

「乗り越えてじゃ」

「そして進めますな」

「そうじゃ、山の中も猿以上に進められるならば」

「それならですな」

「城もじゃ」

 そこの堀や壁といったものもというのだ。

「何でもないわ」

「ですな、では」

「このまま修行を積むのじゃ」

「そのうえで猿を超える」

「そうなるのじゃ、ただくれぐれも言うが」

 幸村もこのことを言うが大介のそれとは違い穏やかな口調で言うだった。この辺りは幸村の気質のせいか。

「お主の悪いところはな」

「調子に乗りやすいことはですな」

「注意するのじゃ」

 そこはというのだ。

「そうすればよい」

「では」

「拙者も気付けば言う」

 注意するというのだ。

「だからな」

「拙者自身もですな」

「注意するのじゃ、自分で気付くのが第一じゃ」 

「ですな、では」

「よいな」

「はい、そこは気をつけます」

「そうせよ」

 こうした話をしつつだ、猿飛は大介そして猿達と共に縦横に動いていった。それはその動きごとに猿を超えていっていた。

 その中でだ、大介は山の中で穴を掘りそこに先の飯の時に焼いた石を入れて湯にしたところに三人で入りつつ猿飛に言った。

「この風呂は知っておろう」

「うむ、真田家でもよく入る」 

 猿飛は大介に答えた。

「そもそも祖父殿が子供の頃よくわしと一緒に入った風呂ではないか」

「そうじゃ、しかし真田家でも入るとは」

「当家は山の中の家、忍として山の民とも付き合いがあり」

 二人と共に入っている幸村の言葉だ、実にいい湯であり三人共修行の疲れをその湯で取っている。

「こうした湯も知っておる」

「左様ですか」

「左様、しかしこの風呂が佐助も知っておることに最初はこれはと思ったでござる」

「ははは、我等は山の民とも親しいので」

 猿飛が笑って応えた。

「それで、です」

「この風呂もか」

「入っておりました」

「左様か」

「はい、むしろ真田家がかなり山の民のことを知っておったのが」

「むしろか」

「最初驚きました」

 そうだったというのだ。

「真田家は只の忍の者ではないと」

「そうでなければ天下に忍道をもうけられぬ」

「それもそうですな」

「我等も昔から山の民達と付き合いがある」

「そうした忍ですな」

「そう考えるとお主達と近いな」

「ですな、我等はです」

 猿飛は己の身の上の話もした。

「祖父一人孫一人で」

「伊賀や甲賀、風魔とはそこが違うな」

「はい、ああした大所帯ではなく」

「家族でやってきたか」

「そうでした、山では修行ばかりで」

「山の民や猿達とじゃな」

「共におりました」

 そうして修行をして暮らしていたというのだ。

「左様でした」

「ふむ、この山の中でか」

「日々そうしておりました」

「そうであったか、それであの術であったか」

「そうです」

「成程な、そして拙者と会い」

 幸村は猿飛とはじめて会ったあの時のことも思い出した、彼等にとっては懐かしい時である。

「今に至るか」

「あそこで殿にお会いせねば」

 猿飛も思い出して言う。

「どうなっていたか」

「拙者もお主達に会わねばな」

 幸村にしてもというのだ。

「十一人揃わねば」

「とてもですか」

「今には至っていなかったわ」

 こう猿飛に言うのだった。

「やはりな」

「そうですか」

「運命じゃ、お主達に会ったのは。そして運命はな」

 それ自体の話もするのだった。

「変えることも出来る」

「その者の動きと力次第で」

「それも出来る、だからな」

「これから何があろうともですな」

「備えた力でな」

 それを使ってというのだ。

「変えていこうぞ」

「それでは」

「そしてその力はな」

「拙者もですな」

「この度の修行でさらに備えられる」

 猿を飛び超える今の修行でというのだ。

「そうなる」

「それでは精進します」

「あと少しじゃ」

「猿を超えるのも」

「山の神になるのもな」

 その域に至るのもというのだ。

「あと少しじゃ、だからよいな」

「はい、励んでいきます」

「そして拙者もな」

「殿もですな」

「お主達の修行に共におってな」

 十人全てのというのだ。

「得るものがあったわ」

「そうなのですか」

「うむ、兵法の書も読んできたしな」

 学問も励んできてというのだ。

「そこからも得た」

「まさか殿は」

「拙者もといったな」

「はい、確かに」

「奥義に辿り着けるやも知れない」

 こう猿飛に言った。

「真田忍術のな」

「真田忍術の奥義ですか」

「そうじゃ、奥義といっても色々あるが」

「その奥義は」

「奥義の中の奥義、秘奥義じゃ」

 そうしたものだというのだ。

「我が真田家の初代殿が身に着けられたが」

「その後は」

「誰も身に着けておられぬ」

「そうした奥義ですか」

「それを見に着けられた者は初代様だけだという」

「そして殿も」

「若しやだが」

 真剣な顔で猿飛に話した。

「出来るやも知れぬ」

「そうなのですか、しかし」

「その奥義が何かじゃな」

「はい、何でしょうか」

「それはわからぬ」

 幸村にしてもというのだ。

「だが父上が巻物を持っておられてな」

「その巻物にですな」

「その秘奥義のことが書かれていてじゃ」

 そしてというのだ。

「使える域に達していればな」

「その書かれていることがわかりじゃ」

「出来る様になる」

「その様じゃ」

「左様ですか」

「だからじゃ」

「殿はお帰りになられれば」

「父上にお話してじゃ」

 そのうえでというのだ。

「その巻物を読ませてもらう」

「そしてですか」

「その秘奥義を備えたい」 

 こう言うのだった。

「拙者もそう考えておる」

「そうですか」

「うむ、お主達十勇士もそれぞれ修行を行ってじゃ」

「強くなられて」

「拙者もじゃ」

「忍術の秘奥義をですか」

「備える、そして出来れば兵法もじゃ」

 そちらについてもというのだ。

「より究めていきたい」

「兵を使うそれを」

「出来ればな」

「そうですか」

「あくまで出来ればじゃがな」

 兵法の話もするのだった。

「そう考えておる」

「忍術も兵法も」

「そのうえで時に備えたい」

「何か我等よりもです」

 幸村のその言葉を聞いてだ、猿飛は唸ってこう言った。

「殿は備えるべきものが多いですな」

「そう思うか」

「はい、何か」

「そうやも知れぬな」

 幸村自身もそれを否定せずに言葉を返した。

「拙者は将でもあるからな」

「一軍を率いられるが故に」

「お主達も動かす」

 将であるが故にだ。

「だからな」

「備えるべき者も多いですか」

「己の武に加えてじゃ」

「将としてもですな」

「備えるべきものを備え」

 そうしてというのだ。

「時を迎えたい」

「ですか」

「そしてそれもまた拙者の望みにもつながろう」

「武士の道を極める」

「それにな」

 猿飛にこうも話した。

「そうも思うからな」

「秘奥義備えられますか」

「是非な」

「左様ですか」

「兵法も極める」

「では」

「拙者もより一層修行じゃ」

 幸村は笑って返した。

「そして強くならねばな」

「そういうことですか」

「さもなければ望みは果たされぬわ」

 こう言ってだ、幸村は今は風呂を楽しんだ。そのうえで猿飛と共に修行をしていったのだが。 

 猿飛はその腕を極めていってだ、遂にだった。

 猿よりも素早い動きをした、その動きは。

 まるで風の様だった、大介は孫のその動きを見て言った。

「これは」

「はい、超えましたな」

「はい」 

 共にいる幸村にも答えた。

「佐助め、遂に至りました」

「猿を飛び超えたな」

「山の神の域に達しました」

 目指すその域に至ったというのだ。

「遂に」

「それでは」

「どうした山も谷も崖も問題なく」

 越えることが出来てというのだ。

「城もです」

「越えられる」

 そうなったというのだ。

「これで遂に」

「では」

 猿飛も祖父に言ってきた。

「わしはじゃな」

「うむ、免許皆伝じゃ」 

 まさにというのだ。

「よくやったな」

「そうか」

「それではな」

「これからも調子に乗らずじゃな」

「さらに強くなることじゃ」

「神の域に達してもまだ先があるということじゃな」

「こうしたことに終わりはない」

 大介は孫に彼の免許皆伝に喜んでいるがそれでも締めるところは締めて彼に言うのだった。

「ひたすらじゃ」

「強くなることにじゃな」

「道は終わらぬ」

 まさに何処までもあるというのだ。

「だからじゃ」

「神の域に達してもか」

「神も色々じゃな」

「うむ、かなり色々な神がおるな」

 八百万の神についてだ、猿飛も知っていて言う。

「確かに」

「そうじゃな、だからな」

「神になってもか」

「さらに上の神を目指すのじゃ」

「そうすべきか」

「そうじゃ、お主もここで終わるつもりはないな」

「これで終わるものか」

 実際にだ、猿飛もこう返した。

「もっとじゃ」

「強くなるな」

「そうなるわ」

「ではよいな」

「うむ、必ず強くなる」 

 こう言ってだ、彼は祖父に約束した。そうして言うのだった。

「明日は今以上に、そして明後日はな」

「その明日以上にじゃな」

「強くなるわ」

「その意気じゃ、ではわしはな」

「ここにおってか」

「お主達の話を聞こう、もっともな」 

 ここでだ、大介は飄々と笑って猿飛にこう話した。

「明日にでもぽっくりとな」

「死ぬか」

「そうなるやもな」

「その様なこと言われると困る」

「しかしわしはもう歳じゃからのう」

「百歳まで生きてみてどうじゃ」

 猿飛は笑って祖父に返した。

「このままな」

「百歳か」

「そうじゃ、そして仙人になるか」

「そうしたものは目指しておらぬが」

「いやいや、しかしな」

「それでもか」

「そうじゃ、どうせ生きるならな」 

 長生き、それをするならというのだ。

「百歳までじゃ」

「生きてか」

「そのうえで大往生してはどうじゃ」

「それは並大抵では出来ぬぞ」

「だからこそ目指してはどうじゃ」

「それでか」

「そうじゃ、目指してはどうじゃ」

 これが猿飛の祖父への言葉だった。

「これからな」

「お主がそう言うならな」

「そうじゃ、もうここまで来たらな」

「百歳までじゃな」

「生きてそしてじゃ」

「大往生か」

「そうしてわし等の天下での働きを聞いてな」

「そう言うか。ではな」

 大介は孫のその言葉に頷いた、そうしてから言葉を返した。

「百歳、目指すぞ」

「ではな」

「ここで猿達と共に暮らしつつな」

「風や虫の噂からじゃな」

「お主達の話を聞こうぞ」

 大介もまた約束した、そしてだった。

 幸村もだ、大介に微笑んで言った。

「ではこれで」

「はい、九度山にですな」

「帰ります」

「そうされますな、しかし」

「はい、九度山に何時までいるかといいますと」

「そのつもりはなく」

「時が来れば」

 その時はというのだ。

「働きます」

「その時を待っていますぞ」

「ご祖父殿もですな」

「はい、先程佐助に話した通りです」

 まさにというのだ。

「待っております」

「そうですか、それでは」

「期待しております、そして」

「そしてですな」

「百歳まで生きますぞ」

 大介は幸村に自分から話した。

「必ず」

「そうして頂きますか」

「是非、人間天命というものもありますが」

「その天命もです」

「その者の働き次第ですな」

「はい」

 その通りだというのだ。

「ですから」

「生きようとすることですな」

「そうです、長生きをしようと思えば」

「長生きも出来ますな」

「ですから」

「それがしもそう思います」

「ですな、では」

「それがし、百歳を目指します」 

 そこまで長生きすることをというのだ。

「是非」

「そのこと、拙者も願います」

「そう言って頂きますか」

「心から」

「ではまことに養生し生きる様にしていきます」

「気も溜めてですな」

「仙人を目指し」

 そしてというのだ。

「百歳まで」

「長生きをされるか」

「そうしましょうぞ」

「では果心居士殿の様に」

「話は聞いておりまする」

「あの御仁の様になられるか」

「目指します」

 仙人とも言われている彼をというのだ。

「一体何時から生きておられるかわからぬとは」

「うむ、実は修行にも付き合ってもらいましたが」

 都においてだ、筧の修行にそうしてもらった。

「しかし」

「それでもですな」

「拙者もあの御仁の歳は知り申さぬ」

「真田殿も」

「一体幾つなのか」

 それこそというのだ。

「残念ですが」

「左様でありますか」

「しかし長生きは事実」

「ではあの御仁の様に生きることは」

「よいかと」

「ではまさに仙人の様にして」

「長生きをされて」

「殿もこ奴も他の十勇士もです」

 猿飛を笑みを浮かべて見て述べた。

「ここで見守ります」

「それでは」

「さて、ではこれで」

「また機会があればお会いしましょうぞ」

「さすれば」

 双方笑顔で言葉を交えさせてだ、そのうえでだった。 

 幸村は猿飛と共に伊予を後にした、そのうえで然るべき場所になってそうしてだった。

 二人は九度山に戻った、すると幸村はこれまで以上に武芸と書に励む様になりさらにだった。

 座禅も増えた、十勇士達は休む間もなく心身の修行をこれまで以上にしている幸村にこう問うた。

「あの、どうもです」

「近頃の殿はやはり」

「真田の秘奥義をですか」

「それを備えんとされていますか」

「その通りじゃ、お主達も強くなった」

 それぞれの修行を経てだ。

「しかしお主達だけでなくじゃ」

「殿ご自身もですか」

「その様にされてですか」

「そのうえで、ですか」

「備えられる」

「来るべき時に」

「そう思ってな」 

 それでというのだ。

「父上にもその巻物を授かりたいと思ってじゃ」

「これまで以上にですか」

「修行に励まれていますか」

「その秘奥義を備えられる為に」

「そうお考えですか」

「うむ」 

 その通りという返事だった。

「今の拙者はな」

「では、ですな」

「大殿にも申し出られますか」

「真田忍術の秘奥義」

「それを授けて欲しいと」

「明日父上にお願いする」

 実際にというのだ。

「そしてな」

「巻物を授けられたら」

「その時はですか」

「その秘奥義も以てして」

「戦われますか」

「そうする、お主達も強くなったしじゃ」

 それにというのだ。

「次は拙者じゃ」

「ううむ、流石は殿です」

「ご自身まで強くなられ様とは」

「我等十人だけでなく」

「ご自身もとだ」

「さもなくてどうする、真田は小さき家故にな」

 だからこそというのだ。

「いざという時は将も戦ってきたわ」

「槍や刀を取られ」

「忍術も使ってですな」

「そのうえで戦われていましたな」

「その様に」

「そうじゃ、だからな」

 それ故にというのだ。

「拙者も然りじゃ」

「戦においての武芸、忍術も備えられている」

「そして今も」

「では、ですな」

「明日大殿のところに行かれますか」

「そうする、そして巻物を授けられたなら」

 幸村は意を決した顔で十勇士達に応えた。

「必ずじゃ」

「その秘奥義を備えられる」

「ですな」

「それでは」

「それに備えて今は身も慎んでおる」

 修行だけでなくだ。

「酒も飲んでおらぬな」

「はい、確かに」

「殿は酒好きでありますが」

「今はですな」

「酒を飲まれていませぬな」

「うむ、飲まずにじゃ」 

 そしてというのだ。

「今はそうしたところも精進してな」

「そして、ですか」

「その術を備えられるまでは」

「酒も飲まれませぬか」

「そのつもりじゃ、時としてこれもよかろう」

 酒を断つ、このこともというのだ。

「だからじゃ」

「それでは」

「今はですな」

「このまま練られますか」

「そうされますか」

「うむ、そうじゃ」

 まさにというのだ。

「そして明日じゃ」

「大殿のところにですな」

「赴かれますか」

「そして父上じゃが」 

 今度は昌幸のことも話した。

「このこととは別にな」

「別に?」

「別にとは」

「うむ、どうもな」

 怪訝な顔をして十勇士達に言うのだった。

「近頃お元気だと思うか」

「別に変わりないのでは」

「特に」

「悪いところはないかと」

「お元気では」

「ならよいがな。父上もお歳じゃ」

 それ故にというのだ。

「何時までもとなって欲しいが」

「人は必ず死にますからな」

「そして生まれ変わります」

「六道のその中で」

「そうなりますからな」

「だからですな」

「大殿についてもですか」

「人は必ず死ぬが死ぬべき時がある」

 幸村は確かな声で言った。

「想いを遂げてな」

「そのうえで、ですな」

「満ち足りたままで死にたい」

「それは幾らで亡くなろうともですな」

「まずは願いを果たしてからですな」

「そうでありたい、それは父上も同じであろう」

 昌幸についてもというのだ。

「だからな」

「大殿はご自身のお願いを旗されてですな」

「そして、ですな」

「大往生されて欲しい」

「そうお考えなのですな」

「そうじゃ、拙者はな」 

 幸村としてはというのだ。

「そうして頂いて欲しい、しかし人は何時死ぬか」 

「それはわかりませぬな」

「誰にも」

「人は必ず死ぬにしましても」

「それが何時かはですな」

「自分では決められぬ」

「そうですな」

「だからじゃ、父上はもう一度戦の場に出られ思う存分戦われたいのじゃ」 

 それが昌幸の願いだというのだ。

「そしてさらにな」

「幕府にですな」

「一泡と考えておられますな」

「むしろその一泡以上」

「そうお考えですな」

「うむ、だから戦が起こって欲しいと考えてはならぬが」

 民達のことを考えてだ。

「しかしな」

「大殿のことを考えますと」

「それは果たされて欲しいですな」

「このまま朽ちては無念」

「だからこそ」

「そう思うが天命はわからぬ」 

 つまり何時死ぬかはというのだ。

「だからな」

「大殿もお歳故」

「そこが不安でありますか」

「確かに。人間五十年ですし」

「五十を過ぎますと」

「人は実にあっさりと死ぬ」 

 死ぬ時はというのだ。

「それこそあっという間じゃな」

「はい、それこそです」

「人の命なぞ呆気ないものです」

「死ぬ時はあっさりです」

「死ぬものです」

「そのこともあってですか」

「その通りじゃ、果たしてどうなるのか」

 このことはというのだ。

「どうにもわからぬからな」

「殿もご心配ですか」

「どうにも」

「そうなのですか」

「長生きしてもらいたい」

 是非にという言葉だった。

「そしてな」

「願いを適えて頂きたい」

「そのことはですな」

「殿の願いですな」

「うむ、是非な」

 幸村の言葉には強い願いがあった、父昌幸に是非長生きして戦の場でむ一働きしてもらいたいというのだ。

 しかしその願いが果たされるか、このことは誰にもわからなかった。まさに天命のみぞ知るものだった。



巻ノ百五   完



              2017・5・1


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