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言ってなかったっけ?


 海竜たちを竜舎に戻すと、新しい藁に早速ダイブして、ゴロゴロと自分の匂いを擦りつけている。こういうときの動物の胴体ってなんで、こんなに柔らかくなるんだろうな。関節ってスゲー。


「関節ってすごいねー」

「あ、イヴもそう思う? あんな硬い鱗とかがそれぞれちゃんと揃って体の動きを邪魔しないようになってるのも生命の神秘って感じ」


「「ほえーー」」


 二人して、しばらくその光景を眺めていた。

 幸せ空間とはこのことだろうか。生き物の生臭い匂いを除けば、欠点など見つかるはずもなく、頭を空っぽにしていた。



 十日後。


「夏休みだーーー!!」


「どうしたの? 急に大声出して」

「あ、すんません」


 だって、前世から数えて二十年以上ぶりの夏休みだよ? 大きな声も出したくなるよ。


「でも、そうだね。ランディは初めての夏休みだもんね、今日から一か月間は学校の授業はお休み! で、海竜のお世話も先生たちが交代で見てくれるから、学生の多くは家に帰るんじゃないかな。あ、でも宿題はちゃんとあるからね。サボらないよーに」


 人指し指を俺の前に突き出して、「めっ」と可愛いポーズをとるイヴに癒されながらも、心とは別に、頭の中では宿題という嫌なワードを思い浮かべていた。


「先生に渡された宿題、なんか俺の分だけ多くなかった?」


 それぞれの教科で、他の人がただ後ろの席の人に渡していく方式なのに対して、俺だけプラスアルファで教卓の方に取りに行ってたからな。なんか恥ずかしかったわ。


「ランディは三年分の取りこぼしがあるんだから、ちゃんと取り戻さないとね」

「でもさ、算数や国語まで宿題が出てるよ? 自分で言うのもなんだけど、授業の小テストでも間違えたことないのに‥‥‥」


「たしかにね。ふふ」

「何がおかしいのさ、こっちは本当に嫌なのに。あぁ、無駄な作業はもうほとんど拷問だよ」


 それでもイヴはまだ微笑むようにクスクスと笑っている。どうやらツボに入ってしまったようだ。


「ランディって、なんだかいつも困ったような顔してるよね。ふふ、それが、なんだかおかしくって‥‥‥」


「よせやい、そういう星の元に生まれてしまったんだ」


 そして俺たちは校門までたどり着いた。俺は海路なので、まだ出発する時間ではないのだが、イヴは便の頻度が多い陸路で行くため、朝のこの時間でもさほど待たずして馬車に乗れる。


 という理由で、イヴを見送るために校門まで一緒に付いてきたのだ。


「じゃあ僕は行くよ、ウチに来るのは二週間後でよかったよね。楽しみに待ってるからね。絶対だよ」

「あぁ、バイバイ。また夏休みに」


 大きく手を振って、何度もこちらを振り返りながら遠ざかっていくイヴを完全に見えなくなるまで見つめていた。


「さてと、それじゃあ俺はもうしばらくゆっくりしますか」


 そうして向かう先は勿論竜舎。フィオナとゆっくり過ごしながら、ちょっとでも宿題を進めておこう。



「フィーーーーーーオナッ」

「ぴぃ?」


 竜舎に顔をだすと、既にフィオナは巣穴から出ており、しきりに周囲を確認していた。いつもいるはずの人間が圧倒的に少ないことを、感じ取っているのだろう。外を覗きたそうに首を伸ばしていた。


「暇なら外に出よう」


 フィオナを引き連れて、浜辺に出ると、今日も暑い日差しに心地の良い風が吹いている。人がいないのを確認すると、落ち着きを取り戻したフィオナが、べったりと引っ付いて歩き辛い。


「そこで勉強してるよ」

「ぴぅい」


 だから自由に遊んできていいよという意味だったのだが、その意図は伝わっていないようで、俺が木の影に腰掛けると、その間に割り込んできて、自ら背もたれと化した。


「まぁいいか。俺は時間まで宿題やるから、そのまんま邪魔しないでね」

「ぴう?」


 俺が地理の宿題を広げていると、気になるようで、顔を覗き込ませてくる。見てもわかんないでしょ。

 そんなことを思いながらも、かわいい仕草に俺も気が乗ったので、紙に描かれている。大雑把な地図を見せてやる。


「ここが、今俺たちがいる場所。で、今日この後、俺は船に乗って、一旦この港町に寄ってから、そんでこの小さな島に行くんだ」


 丁度、俺の故郷であるククルカ島が乗っていた。王国の南部に重点を置いた地図だ。


「だからしばらくの間会えないな。一ケ月だから結構長いねー」

「ぴぃ!?」


 服の肩の部分を口で引っ張って、俺の意識を惹こうとするフィオナ。あれ? 言ってなかったっけ? 俺ククルカ島に戻るから、しばらく会えないよ。いい子にしててね。


「ほら、ここだよ。ここがククルカ島。こうやって船で行くんだけどね、そこの船長がこれまた怖い人でさー、ジェフさんっていう筋肉ムキムキの人で、拳骨教育の人なんだよ。痛かったな~」


 フィオナは俺の話を聞いているのか、聞いてないのか。恐らく聞いてないだろうけど、「ぴぃぴぃ」と駄々をこねて、俺の身体に自身の顔を押し当てる。


「がはは、そんなことをしても無駄なのだ。しっかりいい子にしてればまた会えるんだから。‥‥‥しょうがないなぁ、少しだけだけど、遊ぶか!」


 俺は服を脱ぎパンツだけになると、一人と一匹しかいない浜辺から走り出し、海へと駆けた。それについてくるフィオナ。そのまま海の中でフィオナの背に乗り、しばらくの間、海水浴を楽しんだ。

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