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支払いの代わりに

「おい、小僧。ワシの作った武器がいらんとはどういう要件だ。その歳で酒に目覚める感性がありながら、ここにある武器の良さが分からんとは言わせんぞ?」


 ほんの少しだけ、悲しそうな表情をしながらも、釣りあがった目と、ギリギリと音が鳴るほどに握りこまれた拳は、怒りを前面に押し出している。


「違う違う! スベオロザウンの作った武器の良さは十分に理解しているよ。そうじゃなくて、俺にはそれを支払う対価が無いんだよ!」


「だからお父さんから貰ったお小遣いがあるのに。‥‥‥あと、お酒に目覚めたって。どういうこと?」


 イヴがこちらをじーっと見てくるが一旦スルーさせてもらおう。ちなみに後半部分だけに絞って言えば、成人するまでスルーさせてもらおうか。あと、スベオロザウンはお説教です。


「それを見越して、タダでやる条件も出しただろう」

「ちゃんと合格にしたぞ」


 スベオロザウンがジャンダに目配せすると、腕を組み、こちらから目線を逸らさずにジャンダが答える。


 こんな大男二人が並ぶと、店の中が狭く感じるな。などとどうでもいいことを考えてしまうのは、この現状から目を逸らしたいからだろうか。


 思考を元に戻し、目の前に立ちはだかる双璧を見上げる。


「それでもだよ、こんな良い物を何の対価も無しに受け取ることが誠実じゃないって思うんだよ! 気持ちはありがたいけど、俺が納得できないんだよ!」


「刀を見て涙流してたから、本心からの言葉だと思うぜ? 親方」

「ふ、ふむぅ」


 だから、その恥ずかしい出来事を言わないでくれよ。よりによって作った本人に。

 俺の感情とは裏腹に、ジャンダの言葉を聞いたスベオロザウンが機嫌を良くして、鼻の穴を広げた。一旦は場が和んだので良しとしよう。


「そ、そうか。対価か‥‥‥では、こうしよう。ワシからの依頼を頼まれてくれんか?」


 依頼か、それなりに武器に見合うものであれば、受けてもいいとは思うけど。なんだか冒険者みたいだな。まだなってないけど。


「い、依頼‥‥‥ゴクリ」


 イヴに至っては、冒険者らしいそのワードを聞いただけでちょっと興奮している。大丈夫か? 貴族としての抑圧が強すぎて、禁断症状みたいになっている気がする。


 もう少し、自由に遊ばせてあげたほうがよろしいのでは? 


 カガイヤさんの方を見ると、我関せずといった様子で、目をつぶっている。仕方ない、俺がもう少しやんちゃなことでも、イヴを遊びに誘ってあげよう。このままでは、イヴが変なことに巻き込まれて、誘拐される未来が見える。


 定番のお菓子買ってあげるとかでも、ほいほい付いていってしまいそうな危うさを、イヴから感じながら、改めて、スベオロザウンの視線を正面から受ける。


「で、その依頼っていうのはいったいどんな‥‥‥」


「そうじゃな、簡単なものでは頷かんだろうし」


 うんうん、よくわかっているじゃないですか。


「そうじゃ、こうしよう。ランデオルスには、とある素材を取ってきてもらうことにしよう」

「素材依頼ってことか。いったいど――」

「どんな素材なの!?」


 イヴが横から入ってきた。店内の全部の視線が集まるが、誰も口を開けない。だって、イヴはこの話とは関係ないはず。それに簡単な依頼であったとしても、貴族のご子息にそんなことを頼めるはずも、引き受けさせるはずもないのに。


 さて、この事実を一体誰が伝えるのか。‥‥‥そんなのは、一人しかいない。


 カガイヤさん、出番ですよ。イヴ以外の全員の視線が集まる。あ、イヴも釣られてカガイヤさんを見たから全員になった。

 ほら、この沈黙を破るのは、あなたですよ。


 俺たちの無言の圧力に耐えられなくなったのか、意を決したカガイヤさんがスゥっと大きく息を一回吸って、背筋を正した。


「イヴ坊ちゃん、今回の依頼はご友人のランデオルス様への依頼でございます。ですので、イヴ坊ちゃんが素材を探しに行くことは無いかと」


「うえッ!?」


 驚いた様子のイヴは、助けを求めるように、俺たちそれぞれに目線を合わせては、縋るように見てきたが、皆、頷いたり、視線を逸らしたり、イヴの期待に応えることは出来ない。


 そして、最終的に辿り着いた答えがこれだ。


「ランディ~、僕も一緒に行きたいよ~。付いていっていいでしょ? ね? ね?」


 可愛い攻撃してきやがって、思わず我を忘れて頷いてしまうところだったぞ。カガイヤさんがイヴの視覚外から全力で首を振っていなければ、意識を呑まれるところだった。


「だ、だめだよ。危険なことにイヴを巻き込むわけにはいかないよ」

「そうじゃ、これはランデオルスへの依頼じゃ。それにワシは貴族というものがあまり――」


「それでぇ!!! 依頼の内容は!!! 何ィ!!??」


 おい、イヴの真正面から貴族を否定するなよ。心の中で思っとけ、言ったらダメなんだって。


 忘れかけていたけど、こういう人物だった。油断も隙もあったもんじゃないな。


「お、そうだな、で依頼の内容はじゃな。この街の東に広がる森にある鉱山洞窟で、鉄を取ってきて欲しいのじゃ、ここ最近ちょうど少なくなってきていたからな」


 思ったより、ちゃんとした駆け出し冒険者の依頼っぽいな。だが、それでは難易度が低くないか?


「おっと、簡単だと思ったじゃろ。ところがどっこい、その洞窟は森の中層に存在し、道中では魔物が出ることもあるだろう、それに鉄を運ぶ帰りの方がしんどいぞう?」


 まぁ、確かに。道中の護衛を雇ったり、鉱脈の場所を調べたり大変は大変。それはそうなんだろうけど、それ一回で支払いの対価としては等価交換になっていない気がする。


「‥‥‥」


 それだけ? という意図を込めて、口をへの字にしていると、むむむっと、スベオロザウンが目を見開いた。


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