「金額が金額だからねぇ‥‥‥」
「そんなこと無いよ! 旅行行ったときのお土産代にも満たないじゃん!」
くっ、金持ちめ。前世では、この世の金の八割は上位数パーセントの金持ちが握っているって聞いたことあるが、この世界でもそうなのだろうか。
羨ましいぜ。
俺が肩を竦めて、カガイヤさんの方を見る。常識人枠の貴方なら分かりますよね?
「イヴ坊ちゃん、貴族の貴方と、そうでないランデオルス様の金銭感覚には大きな齟齬があります。坊ちゃんのお土産代は、平民が三か月、必死に汗水たらして、下げたくない頭を下げて稼いだお給料と同等です。さらに言えば、実際には食費や住居のローンなどの生活費を覗くと、一年程しないと貯められないでしょうね」
完璧な説明をありがとうございます。心の中で拍手をお贈りいたします。
「一年‥‥‥」
イヴも衝撃を受けているようだ。うむうむ、これを機に正しい金銭感覚を身に着けてください。
一年苦しんで稼いだお金と同額をそうぽんぽん渡されたら怖いでしょう?
「受け取るにしても、それ相応の対価をこちらが支払わないと。‥‥‥友達として、対等とは言えないしね」
「うぅ~ん、でも、でも~。こ、今度からにしない? 今日は目一杯楽しめばいいじゃん!」
イヴが俺に詰め寄って来て、ゆさゆさと揺らしてくる。
「ダメだよ。俺は対価を支払えないから。魔道具だって、何かしらで返さないといけないなって思ってるんだから」
俺は腕を組んで、一歩も引かないという意志を見せる。
そんな俺の表情を見たイヴが、悲しそうにシュンとして、とぼとぼとカウンターに戻っていった。
何がイケないって、それは本来イヴのお金じゃなくて、サルマンさんのお金だからだ。イヴが自身で稼いだお金を用いてくれるのなら、それは気持ちとして、プレゼントとして、受け取りたいと思うけれど。
言ってしまえば、他人のふんどしで相撲をとっている状態に近いからね。
「わかったよ、じゃあ、今日は僕だけ貰っちゃうよ? 本当に? 本当だよ?」
何回もこっちに振り返らないで。決意がブレそうになっちゃうから。ジャンダさんも早くお会計してあげてください。‥‥‥ってあれ? なんか、ジャンダさん笑い堪えてない?
斜め上を見上げて、目を見開いている。唇もわずかに震えている。絶対笑いをかみ殺してるよな。人ってあんなにも眉を八の字にすることが出来るんだ。
「‥‥‥ジャンダさん?」
「っ!? ブフッぉ! いやあ、すまんすまん。ちょっと伝え忘れていたことがあってな」
声を掛けた事で、緊張の糸が途切れてしまったのか。思い切り噴き出して、目には涙を浮かべている。
どうしたんだろう。
「親方から、小僧の気に入った武器を一個渡してやれってな」
「うえっ!? マジですか? いや、でも流石に悪いです。こんな良い物を、それにそう簡単に作れるものじゃないでしょうに」
ダメだよ流石に。素人目でも分かるぐらいの出来の良さ。使う事さえちょっと烏滸がましいとさえ思ってしまっているのに。
「いや、いいんだ。合格だったからな」
「合格? いつの間にか試験でもされていたんですか?」
何かよくわからないけれど、合格と言われて嬉しくない訳ではない。小さく「ありがとうございます」と軽く頭を下げてしまったけれど、それでも受け取るには荷が重い。
「いやなに、お前さんが何を選ぶかって話だったが、身の丈に合わない得物を持ちだしたら不合格、ちゃんと扱えそうな物を選んだら合格だ」
「でも、それって結構簡単な試験じゃないですか?」
「って思うだろう? 金があっても無くても、大体一目見て気に入ったものを選んじゃうんだよな。不思議なことに、お前みたいな歳の子供はな」
「そりゃあ、まぁ、子供ですし」
「その子供のお前が、きちんと現実的な評価を下して、武器としてじゃなく、道具として選んだソイツは十分に合格だよ」
そういえば、俺子供か。未だに子ども扱いは慣れない。もうちょっと子供の特権を生かしたいところである。というか、不気味に思われないようにしなければ。
「いや、でも受け取れませんよ」
「クックック、じゃあそっちの刀を持っていくかい?」
「どういう理由ですか。それになんで刀なんですか、選んでないですよ」
「いやいや、その出来栄えに涙ながしてたじゃねぇか」
その時からいたんかい。音も無く戻って来て、子供の赤っ恥を持ち出して。さてはこの人、子供の扱いを心得てないな? やーい、独身者~。
「なんだかイラっとする表情だな」
「すみません」
圧出さないでください。ちゃんと怖いです。一度鏡をご覧になってはいかが? ほら怯えたイヴがカガイヤさんの後ろに隠れちゃったよ。
冗談ですやん。だからカガイヤさんも、その手を降ろしてね。一触即発の空気なんて嫌ですよ。
「おぉ~なんだか騒がしいな。何かあったか?」
「あ、親方。いやね、小僧が親方のつくった物を受け取れないって駄々こねるんですよ」
俺は天を仰いだ。来ちゃダメだって言ったのに。
のっそのっそと部屋に入って来たのは勿論、この工房の主、スベオロザウンである。